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「……行ったのか」
「はい、殿下」
先程まで湖の妖精が作り上げていた水の柱は全てマーリン達に降り注ぎ、洪水のような勢いで地面へと吸い込まれていった。
その跡にあの二人の姿は見当たらない。
「……そうか。ならば俺は俺にできる事をしなければな」
アーサーは湖の乙女に正式な騎士の礼で謝辞を表した。
「貴方の助力に感謝します、湖の妖精」
「ふふっ、いえいえ。どういたしまして」
「では、母上。僕もキャメロットに戻ります」
「お待ちなさい、ランスロット」
アーサーが一人、キャメロットに戻るために踵を返す。それに続こうとしたランスロットをダーム・デュ・ラックが引き留めた。
アーサーは先に一人でぐんぐんと進んで行ってしまう。
あまり待たせないようにランスロットは小走りで母の元へと戻った。
「何でしょう?母上」
不思議がるランスロットの頬をそっと手で包み込んだダーム・デュ・ラックの瞳が滲んで見えるほど優しく細められる。
「……あなたは、あなた自身の心に従いなさい。それが、母の願いです」
「母上……大丈夫ですよ、僕と殿下の心は同じ元にあります」
そう。美しく気高いあの姫君の元に。
ダーム・デュ・ラックはランスロットの返事になぜか涙目になり、おでことおでこをこつんと優しくぶつけた。
「おーい!ランスロットー!何をしている!?速くキャメロットに戻るぞ!」
「……!少々お待ちください殿下!今参ります!では母上、またいずれ」
キャメロットの都へと戻るランスロットに、ダーム・デュ・ラックはひたすら眼差しを向け続けた。
***
「うっ!ごほっ!!ごほっ!!」
バシャーンと大量の水が落ちた時の音。
滝のように降り注ぐ水の中で溺れるかと思ったが、どうやらかろうじて生きてる。
うっ……し……死ぬかと……思った……。
大波に揉まれたような感覚。ようやく浮上できた気がして身体が勝手に酸素を取り込もうと咳き込む。
「うっ……!はぁ、はぁ……」
「サワ!!大丈夫!?」
ずぶ濡れの自分の肩をマーリンが掴む。涙目で見上げると、座り込み力尽きかけている佐和と違ってマーリンはただ濡れているだけだ。
心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「ま……マーリン……」
佐和が反応したのを見てマーリンがほっとしている。さっきまでと明らかに景色が違う。どこかの森の中、広場のようにここだけ木がない小さな場所。
そこに陰が射した。
「……ったく、本当に予言どんぴしゃの時間、場所に現れやがった……ダーム・デュ・ラックめ……」
陰の主は座り込む佐和達の前に仁王立ちし、腕を組んでこちらを見下ろしている。
不機嫌そうな飴色の瞳がぎろりと佐和達を射抜いた。
「無駄骨にならないよーに先に言っておいてやる」
30代か40代くらいだろうか。鋭い目付きの黒髪の男は不機嫌にこう吐き捨てた。
「ブレイズなら死んだ。つまりお前らが来たのは無駄足だ。わかったらさっさとクソして帰れ」




