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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第一章 魔術師強制収容所
31/398

page.31

       ***

 


 講堂には佐和達と同時に入った新人魔術師だけでなく、先輩魔術師たちも全員並んでいる。

 始めに案内された時と同じ。学校の朝礼みたいだ。ただ違うのは講堂内に漂う空気が妙にぴりぴりしている。

 新人の列の後ろにそっと並び、改めて辺りを見回した。佐和が並んだ列の右斜め前の先頭にSクラスのメンバーが並んでいる。そこにマーリンが立っているのが見えた。

 今なら渡せるかも……。


「全員整列!!イグレーヌ様よりお話がある!」


 足を踏み出そうとしたちょうどその瞬間響いてきた声のせいで、動き出せなくなった佐和はしぶしぶ列に並び直した。

 コンスタンスに続いて壇上にイグレーヌが登場した瞬間、魔術師達が色めきだった。

 まるでアイドル……!

 ぎょっとして辺りを見回すと全員恍惚とした表情でイグレーヌを見上げている。男女問わずまるで恋をしているかのように。よく見ればその中にはブリーセンも混じっているではないか。

 最初、あんなに噛みついてたのに!?

 すっとイグレーヌが手をあげた瞬間ざわめきが波のように引いた。


「皆さん、今日集まってもらったのはみなさんにとても大切なお話があるからです」


 目を伏せたイグレーヌは悲痛な面持ちで一度ため息をついた。


「現在、我が国は戦争状態にあります。その戦況は……現在芳しくありません」


 授業で習ったことを佐和は頭に思い描いた。この世界にはいくつもの国があるが、それらの国々とはかなり深刻な状況らしい。特に北にある国とは折り合いが悪く、向こうは豊かな資源を求めて侵略を繰り返してきているという話だったはずだ。

しかもこの国自体その中身は連合国家なようなもので、各領地の領主が権力を持ち、あくまで王は単なる代表。授業で聞いている限り、戦争となってもうまく連携を取れていないようだった。


「相手の国は非人道的な手法をとり、こちらの兵士は思うように戦況を進めずにいます」


 イグレーヌの話に何人かが感極まり頷いている。

一体どのように非人道的なのかわからないのに、どうしてここまでイグレーヌの話に傾倒できるのか佐和には不思議だった。


「私は悩みました。どうすれば自国の民を守れるのか。しかし、なかなか答えを見いだせずにいました。そんな時,彼らが私に名乗り出てくれたのです」


 イグレーヌの手のひらがSクラスに差し出される。その瞬間騎士のようにSクラスの魔術師たちがイグレーヌに膝をついた。


「彼らならば、民を救える。私は改めて魔術の力に感謝いたしました」

「……いいえ、イグレーヌ様。消えゆくはずだった我らの命をお救いくださったのはあなた様です。現在使える魔術があるのもあなた様が慈悲によってお与えくださったこの施設があればこそ。我らはその恩義に報いるだけです」


 膝をついたマーリンがすらすらと述べる答辞は堂々としている。とても孤児院出身の農民だった少年には見えない立派な訓辞だった。


「マーリン、あなたはこの施設でも一、二を争う魔法使い。あなたならば皆を救えるでしょう」


 呆気にとられる佐和は少し離れたところにミルディンが立っていることに気付いた。ぼんやりとマーリンとイグレーヌのやりとりを見ている。


「皆、聞いてください。彼らSクラスの魔術師たちは畏れ多くも私のために戦地へ赴いてくれると言ってくれました。……しかし厳しい戦いになるでしょう。そこで皆にも彼らの無事を祈ってほしいのです」


 そう言ったイグレーヌが胸で手を組むと、全員が同じように手を組んだ。沈黙が広がっていく。佐和もとりあえず同じように手を組みながらそっと薄目でマーリンを盗み見た。

 全員の祈りを一身に受けたマーリンは優しげに微笑んでいる。

 これが創世の魔術師の姿。彼は今、歴史の変換点に立とうとしているのだ。きっとこの争いでマーリンの力が認められれば魔術師に対する偏見もなくなるかもしれない。その時にはこれが必要になる。

 佐和はギュッとローブの上から杖を握った。

 なんとかして戦いまでには彼に渡さないと。

 長い祈りの後、Sクラスの魔術師たちがすぐに旅立つことが発表された。

 ――――機会は限られている。



       ***



 とにかく、何がなんでもマーリンが戦争に行く前に会わなくてはならない。

 佐和は講堂から出ながらこれからの流れを懸命に考えた。Sクラスのメンバーは打ち合わせがあるらしく、別の出口から出てしまっていて、今、追いつくことはできない。

 どうすれば会えるか考えながら歩いていると、人ごみの流れが悪くなり始めた。どうやら列の前の方が詰まっているようだ。

 ……何事?

 よく聞くと何かを大声で訴える声に賛成の意を示す歓声が聞こえてくる。

 声の方に視線を向けると、講堂から先に出た魔術師たちが中庭に集まっていた。その中心にいるのは噴水の台の上に立ち上がった青年だ。


「イグレーヌ様はあぁ、おっしゃったが、お前たち!今こそ我らが天から授かりし力を使うべき時ではないのか!?」


 佐和も中庭へ向かい、人ごみの後ろでつま先立ちで青年を見上げた。

 青年が噴水のふちに乗り、集まった人々を見下ろしながらの宣言に、何人かがそうだ!そうだ!と拳を突き上げた。


「ずっと虐げられてきた我らが、どれだけ優れた存在なのか、示すべき時ではないのか!?」


 高々に演説する人とそれを取り囲む人々の波に揉まれていた佐和は、群衆の中で高々と拳を突き上げるブリーセンを見つけた。

 あのふてくされた性格からは想像もつかない興奮した様子で叫んでいる。


「よってこれから我らはコンスタンス先生に直談判をしに行く!此度の闘いでSクラスだけではなく、我々一般の魔術師に出陣の許しを!」


 中心になっていた何人かの生徒が移動し出すと、他の生徒は「頑張れ!」や「頼んだぞ!」と声援を送っている。送り出された人達は勇み足で職員室のある方向へ歩いて行った。

 残った人々が解散し始めると、それまで集会に加わっていたブリーセンと目が合ってしまった。

 ……うわ、一気に機嫌悪そうな顔になった。


「……何?」


 相変わらず佐和に対しては、冷たい反応だ。

 さっきまでの熱気はひとかけらも感じられない。でもそれよりも気になるのは。


「ブリーセンも戦争に行くつもりなの?」


 さっきの人々の意見に賛成してたということはそういうことだ。この前までただの農民だったブリーセンが。


「そうだけど、何か文句ある?」


 当たり前だ。戦争に加担しようなんて考え、捨てた方が良いに決まっている。

 最近の授業で少しずつ魔術を使えるようになってきているのは知っているけれど、この前まで数人の兵士にすらぼこぼこにされていたブリーセンが戦地に行って何になるんだとも思うし、それにそもそも知り合いが戦争に行くなんてという気持ちもある。

 止めた方がいいんじゃない?と言ってあげたいけど、言った所で絶対、ブリーセン、聞く耳持たないよね……。あぁ、でも戦争に参加なんてしたら……死んじゃうかもしれないのに。

 悩んだ末に佐和はおそるおそる切り出した。


「……死んじゃうかもしれないんだよ?」


 上目遣いでブリーセンを見ると、ブリーセンは不服と言わんばかりに鼻を鳴らしている。


「いいのよ!イグレーヌ様のお役に立てるなら。本望だもの」

「そんなにイグレーヌ王妃に恩義を感じてるの?」


 ここで過ごした時間は決して長くない。それなのにブリーセンはイグレーヌをずっと昔から憧れていたアイドルのように、キラキラとした目で思い浮かべてこう言っている。崇拝するのはさも当たり前だという空気がどうしても佐和には理解できない。


「むしろ、どうしてあんたはイグレーヌ様を敬ってないの!?」


 佐和の言葉にブリーセンの語気が荒くなって行き、問い詰めるように距離を縮められてしまった。


「え……尊敬してるよ……」


 ここで別にどうとも思ってないなど言えば、火に油を注ぐことは明白なので言葉を濁しておくが、佐和の言いぐさが不満らしいブリーセンは引き下がろうとしない。


「それなら!イグレーヌ様のためにこの命を捧げることなんて当たり前でしょう!?」


 胸倉を今にもつかみそうな勢いで迫ってきたブリーセンの顔は真剣そのもので、佐和と彼らとの温度差を物語っているようだ。

 佐和は魔術師ではない。だから、彼らの気持ちを本当の意味では理解していない。

 そこにこんなにも差が出るものなのだろうか。自分の命を投げ出すほど、彼らを認める人は一人もいなかったのだろうか。彼らにとってそれだけイグレーヌの存在は大きいものなのだろうか。

 鼻を鳴らしたブリーセンは佐和を一瞥すると、踵を返した。その背中をただ見送りながら立ち尽くす。

 自分に置き換えて考えてみる。魔術師という特殊な立場ではないけれど、孤独を感じたことなら佐和にだってある。

 もしも、もしもその時、佐和の本心を理解してくれる唯一の人が現れたら、命を捧げてもいいと思えるほど心酔するだろうか。

 いいや、答えはノーだ。

 たぶんきっと、その人がすごく大切な存在になることは間違いないけれど、自分の命の問題とは別な気がする。それなのに、ここにいる魔術師たちは皆、命を捧げるほどイグレーヌに救われたと思っている。

 そこまで考えてようやくこの施設に入ってからずっと感じていた違和感の正体がわかった気がした。

 ああ、わかった。ようやくこの気持ちの正体が。

 ずっとここにいる間感じていた気持ち。

 イグレーヌの言葉に耳を傾け、そしてその言葉に涙する人を見た時に感じた気持ちを表す的確な言葉。

 私、気持ち悪いんだ。

 イグレーヌを好くことが気持ち悪いんじゃない。

 個人の意思などないように、皆が一様に傾倒しているのが気持ち悪いんだ。

 中庭にはもう佐和以外いなかった。それこそが佐和と魔術師たちの考えの相違の証明に他ならない。


「……何をしてるんだ」


 背後から聞こえた声に振り返ると、渡り廊下からミルディンがこちらを見ている。佐和のいる中庭も天気が曇りはじめたせいか暗いが、屋根の影の下にいるミルディンはもっと濃い暗闇に立っているようだった。


「ミルディン……ブリーセンが自分も戦場に行くって……」

「そうか……」

「そうかって……それでいいの?」


 陰ったミルディンの瞳は何も感じていないように光なく佐和を見返してくる。


「なぜ?」

「なぜって……」


 苦しげに佐和に告白したミルディンの表情を思い出す。

 だって、ミルディンにとってマーリンとブリーセンは残された大切な家族じゃないの。それなら家族が戦争に行くなんて、反対するものじゃないの。


「だって、戦争だよ?ブリーセンが死んじゃうかもしれないんだよ?」


 佐和には無理でもずっと一緒に過ごしてきたミルディンならブリーセンを止められるかもしれない。

 それどころか、ここでブリーセンを止めなかったら、きっとミルディンは一生辛い思いを抱えて生きていくことになるに違いない。

 助けられなかった。そんな贖罪を背負って。


「……仕方ない」

「何……それ」


 ミルディンの口から飛び出した信じられない言葉に呆然とする。

 佐和の頬に冷たいしずくが当たった。降り出した雨が佐和だけに降り注ぐ。


「イグレーヌ様のために命を捧げることはいたって普通のこと。本望だ」

「……本当にそんなこと思ってるわけ?」


 信じられない。

 どれだけ自分の心を救った恩人だったとしても、その人のために大切な人の命を明け渡すなんて佐和にとっては信じられない決断だ。

 海音の笑顔が佐和の脳裏をよぎる。

 そうだ。誰かの命を命の代わりにするなんて、そんなことはあっちゃいけないことなんだ。だから佐和は今、運命に抗っているんじゃないか。それなのに。

 ミルディンがそんな事言うなんて……。

 見た目も、佐和を助けた勇気も、魔術師としての才能も、持ち合わせたミルディンが。

 主人公になれるような素敵な人が。

 そんな風に諦めてしまったら。

 ねえ、私は、私なんか、どうしたらいいの。

 あなたみたいに素敵な人ができないことを私なんかができるの。


「……付いて来てほしい場所がある」


 悲しむ時間もなく、朦朧とした足取りで歩きだしたミルディンの後ろを、佐和はもやもやしたままただ付いて行った。




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