表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 創世の魔術師とアーサー王
308/398

page.307

       ***



「アーサー!」

「黙れ!気安く名を呼ぶな!魔術師!」


 アーサーは今すぐにマーリンに斬りかかろうとはしていない。だが、向けられた刃の先は確実に自分に向けられている。


「俺はお前を嘲笑うためにお前の側にいたわけじゃない!」

「結果は同じだ!」

「違う!」


 そんな事がしたかったんじゃない。

 ……ただ、アーサーに真実をそのまま伝えれば、こうなるかもしれないと……

 でも、それは自分も同じはずだった。


 王族を嫌う魔術師。


 けれど王子としてでなく、アーサー本人と言葉を交わして、ぶつかって、ケンカもして。

 アーサーのことを知れば知るほど、マーリンの考えは変わっていった。

 だからアーサーにも同じようになってほしかった。魔術師ではない自分を知って、その上で選んで欲しかった。

 でも……これがアーサーの選んだ答え……。

 手元の鞘を握りしめる。

 その中身の空洞が今はただひたすらに……空しい。


「……ふざけている。俺は……魔術師のせいで……魔術師(おまえら)のせいで……!!」


 アーサーの答えは全身の拒絶。

 ……やっぱり、俺にそんな力は無かった。アーサーに俺を認めてもらえるかもしれないなんて、とんだ思い上がりだったんだ……。

 少しばかりサワがちやほやしてくれたからといって、アーサーもそうなってくれると勝手に期待した。

 現実はどうだ。

 かつて心を通わせた瞬間があったと思ったはずの相手は、魔術師(マーリン)に剣と憎しみを向けている。

 それでも……

 脳裏を(よぎ)るのは、たくさんもらった笑顔と暖かい信頼の言葉。


『マーリンはすごいね』

『誓えるかい?何度だって立ち上がると』

『マーリン。アーサーを、頼んだ』


 サワ、ミルディン、ケイ……。

 もう、俺は……一人じゃない。だから……諦められない。

 ――――諦めたくはなかった。


「……っ、アーサー!聞いてくれ!俺は、王族が嫌いだった。両親のいない俺にとって家族代わりだった人達は皆、ウーサー王の魔術師への圧政で死んだ。一人は魔術師だったかどうかも怪しい人だ。だけど、俺を庇って死んだ」


 自分はサワのようにうまく話す事なんてできない。

 だから精一杯の気持ちをただひたすらぶつける。


「俺はすごく……すごく王族を憎んだ!何で戦争なんかしたんだ!そんな事しなきゃ、疫病なんて流行らなかったし、その原因にされて先生が殺される事もなかった!だからお前に初めて会った時、単純に貴族だってだけでムカついたし、王子だって知ってからはもっと複雑だった。だけど、俺は約束したんだ。死んだ幼馴染と。お前は―――新しい時代の王様になる。魔術師も人も関係ない。誰だって幸せになれる世界をお前は創る!俺はそれを導くんだって!」


 あの日の雨の匂いはきっとずっと忘れられない。

 血に濡れた大切な約束。


「以前、似たような事をサワから聞いたな。壮大な夢物語だ」

「夢で終わらせたりできない!」


 吐き捨てたアーサーにマーリンも食ってかかる。


「俺は託されたんだ!命を持って!ミルディンに、バリンに、バランに、犠牲になったたくさんの人に!何より……」


 大義名分など、どうでもいい。

 本当は、


「俺がそのために生まれたんだって思ったら、すごく嬉しかった……!」


 幼い自分。

 両親もいない。親戚もいない。家族も知らない。

 他人とは違う。何かが決定的に違う。

 後ろ指を指され異物だと恐れられ、生まれなければ好いた人達を不幸にせずに済んだと嘆いて。

 どうしてこんな風に生まれてしまったんだろうって悩んで。

 もしも、これが答えだったとしたなら。


「嬉しかったんだ……!」

「だから、何だ」


 アーサーは冷たくそう言い放った。


「それはお前の理屈だ。お前の幸福だ。俺に押し付けるな」

「勿論、お前が最悪で最低でやる気がなくて王になる気もない奴だったら俺だって()めた。だけどお前は違う」


 奴隷売買事件で降りかかる火の粉をも恐れずに、民を助けるために屋根に飛び移った背中。

 泥棒を裁きながらも、飢える兄弟に麦を与えたそっぽを向いた横顔。

 絶えず訓練を重ね、自分よりも巨大な敵に立ち向かう姿勢。

 軍勢を率いて、味方から非難されても公平であろうとする意志。

 亡き者へ哀悼を示し、身分区別なく丁寧に死者を弔う思いやり。

 我儘で、傲慢で、意地っ張りで、口が悪くて、態度がでかくて、偉そうで、厭味ったらしい―――誇らしい王の器。


「お前は、王子だ。誰が何て言おうと、お前は王子としての責任をきちんと果たそうとしてた。曲がった事に立ち向かってた。そんなお前だから、導きたいって思った。手伝いたいって……!こいつの創る世界ならきっと、誰もが幸せになれる。そう思った。だから俺は俺の意志で、お前が王の器の持ち主だと思う」

「笑わせるな!俺が王の器のわけがない!!」


 必死のマーリンの言葉にアーサーは剣を持ったままマーリンにずかずかと歩み寄った。空いた手でマーリンの胸倉を掴みあげ、睨みつけてくる。


「俺は―――魔術によって生まれた子供だぞ!?(あやま)ちから生まれた子。散々その揶揄はお前も耳にしてきただろうが!そんな人間が、人の上に立てると本気で思っているのか!?」

「思ってる!」

「馬鹿かお前は!そんなわけがないだろう!」

「なら何でお前は今まで王子をやってきた!?」

「―――認められたかったからだ!!」


 その声にアーサーの瞳の奥が揺れた。


「父上に、母上に、ただ、認めてもらいたかった……!だが、そんなものは全部無駄だった!母上は、俺を生んだ事自体を間違いだと言った!そんな人間が、生まれるべきでは無かった人間が国を背負う?とんだ笑い種だ……!」

「でも、ウーサーは」

「ああ、父上か。あの人こそ笑わせてくれる……!散々自分の子ならと価値観を押し付けるだけ押し付けて……!」


 アーサーの顔が歪んだ。

 そう思った瞬間には突き飛ばされて尻餅をついていた。


「最後に、父上が俺に何と言ったか教えてやる……!父上はな、最期に俺に『王にはなるな』と言ったんだ!!」


 見上げた先、アーサーの目から涙が零れた。

 その姿はあまりにも……痛々しい。


「ふざけているだろう?あれほど自分の息子なら、王子ならと言っておきながら最期には王になるな、などと。今際(いまわ)の際に残した言葉がそれだ!」


 バンシーの水晶でマーリンもウーサーの最期を見届けている。

 確かにあの時、ウーサーは最期の最後にアーサーにだけ何か伝えていた。水晶では聞き取れなかった言葉。

 それが本当に今、アーサーの言った通りの言葉なら―――なんて、酷い。


「結局、俺のやってきた事は最初から意味などなかったんだ!認められるはずがなかった……最初からあの人達に俺を認める気なんてなかったんだ!」


 酷い。

 酷すぎる。

 けれど、


「じゃあ、何でウーサーはお前にカリバーンを渡した!?」


 立ち上がり、今度はこちらからアーサーの胸ぐらを掴む。


「本当に王になるな、なんて思ってるならそんな事しないはずだ!」


 マーリンの反論にアーサーの動きが一瞬だけ止まった。しかしすぐにマーリンを睨み付け、襟を締め上げ返してくる。


「最低だな!そんなところまで盗み見ていたのか!魔術師!」

「あぁ!そうだ!覗き見した!見届けなきゃなんないって思ったんだからしょうがないだろ!」

「そんな謎の義務感で父の最期を汚したのか!」

「違う!……いや、違わない!何とだって言っていい!ムカつくなら好きなだけ殴れ!でも俺は―――俺が見たかったのはお前だ!アーサー!お前が……心配だったんだ!」


 瞬間、景色が回った。

 地面に倒れた感触、遅れて頬に痛みがじんわりとにじむ。


「都合のいい言葉で人心を惑わすのは魔術師(おまえら)の十八番だな……!」

「……こんの、わからず屋が!」


 マーリンも立ち上がり、アーサーの頬を殴った。

 倒れはしなかったが、アーサーの片足が下がる。

 伊達にアーサーに毎日しごかれてきたわけではない。


「考えてみろ……!本当に王様になるな、なんて思ってたらウーサーはお前にカリバーンを渡すか!?王様の(つるぎ)だぞ!」

「俺が受け取ったのはカリバーンじゃない!カリバーンは粉々に砕け散った!俺に授けられたのは―――偽物だ!偽者に相応しい偽物だ!」

「ウーサーの気持ちまで偽りだって本気で思ってるのか!?」


 取っ組み合い、至近距離で睨み合う。


「そうじゃなかったのだとしたら、あの言葉は何だったんだ!王になるなと確かに父上は言ったんだ!」

「そんなの俺にわかるわけないだろ!」

「はあ!?お前散々都合の良いことを言ったくせに!何だそれは!」

「死んだ人間の気持ちなんてわからない!!」


 ……先生だって、そうだ。

 どうして俺を庇ってくれたのか。どうして俺とミルディンの名を入れ替えたのか。どうして血だらけだったのか。本当は何が起きていたのか。

 マーリンにはわからない。

 だけど。


「でも、全部が全部演技だったのかどうかじゃない!俺は嬉しかった……!優しくしてくれて、家族だって言ってくれて、守ってくれて!俺の中にいる先生は、そういう存在なんだ!理屈じゃない!嫌いになんてなれない!偽りの関係だったとしても俺が嬉しかったのは嘘じゃない!感じた気持ちに嘘はない!お前は違うのか!?アーサー!そういう瞬間はなかったのか!?」


 アーサーの瞳孔が開く。

 その手にした剣が、マーリンに振りかざされた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ