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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十一章 聖剣エクスカリバー
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page.304

       ***



「……ここで降りろって、意味なのかな」


 アーサーが消えた後も小舟は止まらず、マーリン一人だけを乗せて島の岸に乗りつけた。細い石作りの階段がそこから続いている。

 きっとアーサーは先にこの島に送られたに違いない。

 霧深い島だけれど、不思議と嫌な雰囲気を感じない。ただ神聖で身が引き締まるような静寂な空気が満ちているだけだ。

 多分……もう試練は始まってるんだ。

 マーリンはそっと小舟から島に降り立った。小舟はロープを結んでおかなくとも離れていく気配はない。そのまま階段を慎重に昇る。

 剣か鞘。どっちか見つけて、アーサーと合流しないと……。

 ゴルロイスの強さはマーリンも目の当たりにしている。このままでは太刀打ちできない事は肌で感じた。

 それに、あいつの目的はアーサーの時代の破壊。

 だとすれば、マーリンとは相容れない。

 器だなんだ言ってたけれど、それは話半分ぐらいにしか聞いていなかった。

 いや、もしかしたら心のどこかで納得してしまったのかもしれない。


 だって、そうだとしたら……俺が他の人とは『何かが』違うって感じてる理由に説明がつくから。


 階段を昇り切ると神殿の残骸の一部や所々に朽ちた壁の残る場所に出た。


「マーリン」


 瑞々しい青草を踏み、声の主の正面に立つ。

 優しくて、酷く、懐かしい声。


「……先生」


 そこには微笑んだ院長先生が立っていた。いつもの修道女の服に丸いメガネ。何もかもあの頃と変わらない。


「大きくなったんだね」

「先生のフリは止めてくれ」


 マーリンは感動の再会をしようと手をひろげた『それ』を制止した。先生の姿を借りた『それ』は目を丸くしている。


「……よくわかったね」

「前にもやられたから、もう慣れた。ワンパターンだ」


 試練の内容とやらはよくわからない。けれど、聖剣の持ち主を選ぶ試練ならばそれを持つのにふさわしいかどうか見極めるのは、きっと力よりも心の在り方を問うてくる気がしていたのだ。

 だからマーリンの前に姿を現し、真価を見極めに来るならきっと心の一番奥深いところ……院長先生かミルディンの姿で現れると思っていた。

 きっと昔の自分なら動揺した。でも今は違う。

 先生は死んだ。

 ミルディンも死んだ。

 それは覆らない事実だ。


「それでも全くの平常心というわけではないようだ」

「当たり前だ。お前がやってるのは死者への冒涜だ。はっきり言ってこう何度も幻とはいえ先生を利用されるのは、俺の心の問題だとしてもムカつく」


 マーリンの返答に『それ』は何故だが嬉しそうに笑った。


「驚いた。ここに来るまでにまだもう少し未熟な精神状態を想定していたのだが……」

「……俺一人だったらそうだったと思う」


 けれど、マーリンは違う。

 ……独りじゃない。


 仲直りしたいと望んでくれている幼馴染がいる。

 信用してくれている仲間がいる。

 馬鹿だと罵るけど優しい主君がいる。

 涙に塗れているけれど、将来を任せてくれた約束がある。

 何より―――どんな時も見守ってくれる佐和(ひと)がいる。


「……そうか。君は随分と強くなったようだ。ならば試練を始めよう」


 『それ』は院長先生の姿から次はミルディンに姿を変えた。

 柔らかい茶色の髪、素朴な笑顔とそばかす。記憶に残っている優しかった頃の姿そのままだ。


「……マーリン、君は僕との約束を果たしてくれるんだよね?」

「……当たり前だ」


 『これ』はミルディン本人ではない。

 けれど、心のまま答える。


「なら、どうしてアーサー王子を殺さないんだい?」

「どうしてアーサーを殺す必要がある」

「だって、彼は王族だ。僕たちから何もかもを奪っていった王族だ。君だって散々恨んでいたじゃないか」

「それは否定しない」


 王族が魔術師淘汰のお触れなんて出さなければ、先生もミルディンも死ぬ事はなかった。

 ブリーセンが危険に晒されているような状態になる事もなかった。


「そうだろ?なら、君は僕の(かたき)を取るべきだ」

「……正直に言えば、最初は何度も殴ってやろうって思ったよ」


 我儘で自分勝手で人の言う事も聞かない理不尽な王子。

 魔術師を忌み嫌い、しかもその理由は自らの過ちから目を背けるためだけの王。

 何度殺してやりたいと思ったかわからない。


「何でこんな奴らが生きてて、先生とミルディンが死ななきゃいけないんだって何度も思った」

「なら……」

「だけど」


 マーリンはミルディンの言葉を遮った。


「お前が、そう望まなかったから」


 マーリンの断言にミルディンは不思議そうにしている。


「どういう事だい?マーリン」

「ミルディン。お前の最期の望み。俺は絶対に忘れない。お前は言った。……こんな世界を変えてくれって。魔術師に生まれただけで、たった一度レールを外れただけで、名前を、居場所を、役割を、将来を、友達を、失くさなくてもいい。そんな世界にしてくれって」


 マーリンの脳裏に今まで過ごしてきた時間が流れて行く。

 幼い頃、人と違う自分を呪った事。ミルディンとブリーセンと遊んだ事。院長先生の優しい眼差し。血にまみれたその姿。ブリーセンの叫んだ否定の言葉。

 佐和との出会い。ミルディンとの約束、雨に打たれた感触。

 バリンとバランを救えなかった悔しさ。ボーディガンの事件で知った裏切られる絶望。迎えに来てもらった時の嬉しさ。

 ガウェインやイウェイン、ランスロットと仲間が増えていった事。ケイに信頼されて任された事。

 何度もサワの言葉に、笑顔に、温もりに救われた事。

 何よりも、何度も傷つきながらもがくアーサーの背中。


「人も、魔術師も、関係ない。俺だって間違った!そのせいでミルディンや先生が死んだ!アーサーだって間違った!そのせいでカーマ―ゼンは苦しくなったし、バリンやバランも死んだ!ケイだって、ガウェインだって、イウェインだって、ランスロットだって、間違える……!誰だって間違えるんだ……!間違いなく生きていけたらいいけど、そんなのは無理なんだ……!」


 サワに気持ちを伝えた時、マーリンも間違えた。

 でもそんな時、サワはもう一度マーリンと真正面から向き合ってくれた。

 アーサーはそうするようにサワを助けた。


「誰だって間違える!誰だって失敗する!その罰は苦しくて、重たくて、潰れそうになる。何で俺だけ、何であんな奴は良い思いをして、そう思ったけど……でも!その相手に仕返しして欲しいなんてお前が望まなかったから……!お前が望んだのはそんなやつでも誰でもがやり直せる世界だったから!」


 苦しい事も。辛い事も。悔しい事も。理不尽な事も。

 憎む気持ちも。蔑む気持ちも。見下す気持ちも。嫌う気持ちも。

 持ったまま―――生きる。

 何度だって立ち上がれるように、誰だって歩き出せるように。

 そこに理不尽な壁が無い事。

 それがミルディンの夢見た世界だったから。


「だから、俺はアーサーを殺したりなんてしない!ウーサーが死んでざまあみろなんて思わない!苦しくったって、辛くったって、俺は踏ん張るよ!それで必ずアーサーを王にする。お前の望んだ世界をあいつとなら創れる!そうして色んな人が立ち上がって幸せになれる世界にする!そしたらその幸せを生んだのは、他ならないお前だ!ミルディン!」


 マーリンはミルディンに近付いた。


「俺はお前との約束を果たす。だからアーサーは殺さない」


 目の前のミルディンはマーリンの言葉に静かに耳を傾けていたが、やがて目をゆっくり閉じた。


「……驚いた。君がそこまで考えられるようになっているなんて」

「俺の力じゃない。皆がそうしてくれたんだ」

「……そうだろうね……マーリン」


 ミルディンが真っ直ぐ瞳を覗き込んでくる。


「……もう一度誓えるかい?どんな絶望にも負けず……いや、例え負けたとしても、泥沼に足を取られようとも、何度でも立ち上がると。何度でも立ち向かうと」


 あの時、ミルディンの最期の瞬間。ミルディンの願いに直接頷く事も、返事をする事もできなかった。

 ―――今なら、ようやく言える。


「約束するよ、ミルディン。俺が、お前の生きた証を証明する。何度だって立ちあがってみせる―――アーサーを連れて」


 マーリンの返答に―――『それ』が輝いた。


「満点だ。創世の魔術師。受け取ると良い。これが君の望んだ聖なる力の結晶だ」


 ミルディンの姿が光になる。その光の中にマーリンは手を差し入れた。

 ……あたたかい。

 光の中に確かな感触を感じて、マーリンはそれをゆっくり引き寄せた。

 同時に光が淡く空に還っていく。


 ……もしかしたら、あいつは本物のミルディンだったのかも。


 天へ昇っていく魂のようなそれを見送ったマーリンは手にしたものを見つめた。

 漆黒に輝く優しくしなやかな鞘。

 それを胸元でもう一度握りしめる。


「―――約束だ」


 もう一度、マーリンは幼馴染に誓いを立てた。




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