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「……マーリン!?どこだ!?」
気が付けばアーサーは一人、島に降り立っていた。
船を下りた記憶も無ければ、マーリンと別れた自覚も無い。
どうやらもう試練というのは始まっているらしいな……。
降り立った場所は島のどこらへんに位置しているのかもわからない。ただ下は青草が瑞々しく生え、朽ちた神殿の庭のような場所だった。
となればここは島の外側という事か……。まずは中央を目指し、目印となる建物や建造物に当たりをつけてから探索領域を広げて行った方が安全だろう。
こう霧が濃くてはどこが自分の通った道なのか、探索済みなのかそうでないのかわからなくなりそうになる。まずは目印になりそうな基点を探してアーサーは歩き出した。
この島のどこかにある聖剣さえ手に入れれば……あの男にも太刀打ちできるはず。
ゴルロイスにやられた傷はまだ完全には癒えていない。奴は剣も使わずに、ただひたすらアーサーをなぶった。
今も腹部は大きく変色し、痣になっている。
無意識にそこを撫でると、まだ少し傷むような気がした。
だが、本当に傷むのはそこではない気がして。
……母上……父上……。
蘇るのは両親の顔。
思い返してみれば二人とも、本当の笑顔をアーサーに向けた事など一度も無い。
裏切っていた。いや、母の裏切りも衝撃的ではあったが、それ以上に今までの言動や行動、全てが偽りだったということの方が耐え難かった。
それに……父上も……。
気がつけば島の中心部ぐらいまでは来たのだろうか。神殿の残骸の壁に囲まれた大きな場所に出た。勿論そこも御多分に漏れず、青草が生い茂っている。
濃い霧で周囲はやはりよく見えない。だが手をこまねいているわけにもいかない。
ここを中心に付近から探索していくか……。
『何のために?』
唐突にそう聞こえた。
いや、聞こえたという表現は正しくはない。
この声は、言葉は、アーサーの意思に反してアーサーの心の中から語りかけてくる。
『一体何のため?』
「決まっている。キャメロットの民のためだ」
今もなお彼らは疫病や凶作に悩まされている。
それを救うためにここまで来たのだ。
『何故だ?』
「俺が王子だからだ」
何を当たり前の事を。
それなのにふざけたその問いかけを無視する事が、アーサーにはできなかった。
『それが偽りだったとしてもか?』
背筋に悪寒が走る。周囲を素早く見渡すが、誰かがいる気配は無い。
『自らの汚点。産ませなければ良かったと父は考え続けていた。
無理矢理に作らされ、笑顔を余儀なくされた、求めていなかった子だと母は言った。
そんな間に生まれたお前は、人々が本当に求めた王子か?』
「……当たり前だ!俺はアルビオン王国第一王子アーサー・ペンドラゴンだ!」
『過ちの王子であったとしても?』
「―――っ!黙れっ!」
手を振り払い、まとわりつく声を追い払う。しかし声は影のように付きまとう。
輪郭の無かった声がアーサーの知っている人物の物へと変わっていく。
『御可哀想に』
「……ゴルロイスっ!!」
すぐにアーサーは腰にある剣を抜いた。しかし、その姿は霧に隠れて見えない。
『あなたもまた被害者ですね』
……いや、これは……
『全てはそこの哀れな愚王のせい。この者が自分の欲望の赴くままにイグレーヌを手に入れた時から悲劇は始まった。けれど、勿論ウーサー以外にもあなたが今苦しい目に遭うのには理由があるのですよ』
あの時の言葉だ。
あの時、謁見室でゴルロイスが数々の暴力と共にアーサーに刻みつけた言葉。
『そもそもイグレーヌに心の安らぎを見い出し、手にしたいと渇望したウーサーを手助けした魔術師。そいつが最も罪深い。その魔術師さえいなければあなたは産まれなかった』
これほど痛い目に遭う事も。
産まれを揶揄される事も。
重圧を押し付けられる事も。
母親に捨てられる事も。
父親に恨まれる事も。
苦しみ、葛藤し、悩み、傷つく事もなかった。
止めろ……。
あなたがいくら省みようとも周囲は省みない。いつも魔術師はあなたを裏切った。
人も魔術から生まれたあなたを遠巻きにした。
言うな。
そして今あなたを痛めつけている我々もまた魔術師。なぜあなたが魔術師に傷つけられるか、理解できていますか?
それは―――あなたが許されない存在だからですよ。
魔術師からすれば、あなたの存在は汚点と冒涜。
魔術によって人が生まれ、そんな人間が王になる?不義の子が?
人間からすれば到底異形。
魔術師さえいなければ、俺は産まれなかった。
こんな風に苦しむ事もなかった。
ひたすら後ろ指を指される暮らしをすることもなかった。
「止めろ……!」
頭を抱え、耳を塞いでも声はやまない。
それがもうゴルロイスの声なのか、ウーサーの声なのか、王宮にいる貴族たちの声なのか、イグレーヌの声なのか―――自分の声なのかわからなくなる。
あなたは何も悪くない。
そなたは何も悪くない。
殿下は何も悪くない。
お前は何も悪くない。
―――俺は何も悪くない。
恨むのならば、愚かな父と、それを助けた魔術師と、これからあなたを殺す私を恨めばいい。
違う。違う。違う。違う。違う―――はずなんだ……!
父が魔術師になんて頼らなければ。
魔術師が父に助力なんてしなければ。
父に皆が重圧を押し付けたりしなければ。
皆を魔術師が困らせたりしなければ。
母は幸せだった?
キャメロットに不幸は降り注がなかった?
呪うとするなら―――自分の運命を。
「―――っ!」
声にならない悲鳴が、漏れた。