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初めて訪れた時の清々しい晴れ渡った景色が嘘のように周囲は霧で覆われている。
それだけじゃない。船が進めば進むほど、霧はさらに濃くなっていく気がした。
小さな小舟は魔術で動いているのかオールを使わなくとも静かに進む。作業が無い分、静寂が余計に耳につく。
……アーサー……。
進行方向に背を向けて座っているアーサーは、身体を捻って進む先を見つめている。正面に座ったマーリンの方を振り返ろうともしない。
今から行く方向を見るのは当たり前の事だと言えばそれまでだけど……。
それにしても今日のアーサーの様子は、どこかおかしいような気がした。
いや、正確に言うと昨日、ウーサーが危篤状態の時からずっと。
……身内が亡くなった時の身体を引き裂かれるような悲しみをマーリンもよく知っている。
マーリンは、先生の時は残ったミルディンに、ミルディンの時は佐和に、それぞれ心を救ってもらっている。
でも、アーサーは違う。
昨日今日で癒える傷ではないし、その悲しみを誰かに話している様子も見ていない。
もしかしたら、いや確実に昨日の事を引きずっているに違いない。
だからといって……俺が聞くのもおかしい気がするし……。
そうこうしている内に霧に包まれていた島の概要がだんだんと見えてきた。
朽ち果てた何かの神殿跡というのが一番近いだろうか。といっても残っているのは僅かな壁や井戸だけで、なんとなくの大きさや間取りがわかる程度だ。石の状態からして相当の年月が経っている。
ここにエクスカリバーが……。
ゴルロイス、いやインキュバスの力はマーリンも肌で感じた。
あれに普通の武器で挑んでも無駄だ。
……ブリーセンを助けるためにも、アーサーの夢を叶えるためにも、ミルディンとの約束を果たすためにも……サワのためにも。
必ず、アーサーと一緒にエクスカリバーを手に入れてみせる……!
「アーサー」
マーリンの呼びかけにアーサーが振り返る。
ダーム・デュ・ラックは気になる事を言っていた。エクスカリバーを手に入れるためにはマーリンとアーサーそれぞれが剣と鞘、どちらか片方ずつ手に入れなければならないと。そしてどちらがどちらを手に入れるかよく考えるようにと。
その事について話し合おうとした瞬間、
「アーサー……?」
小舟の上からアーサーの姿が消えていた。