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佐和は勢いよく自室のドアを開けて閉めると、ベッドの下から杖を引っ張り出した。
「会えたのに!渡せなかった!あんた持ち歩けるようにならないの!?」
「貴様の過失を押し付けてくるとは」
杖にけだるそうに答えられた佐和は一気に頭に血が上った。
「あんたが他の魔術師に我を見られてはならんとか言いだすからでしょ!どうやってマーリンに渡せばいいのよ?」
この施設に入った最初の夜に杖からそう言われていた。力あるものが見ればこの杖の存在に気が付かれると、それはよくないことだと。だから佐和はずっと杖を隠してきたのだ。
「……たく、ここまで我に注文をつけてくる娘も初めてだ」
「悪かったわね。注文多くて」
確かにこの世界の女性は自己主張などあまりしなさそうだし、佐和みたいに歯向かったりはしないだろう。
「致し方ない」
ため息でもついたのではないかと思った次の瞬間、杖は佐和の手のひらに収まるほどのサイズに縮んだ。単なる大きなペンダントトップのようなサイズだ。
「……できるなら最初からやれよ!!」
「頼まれなかったからな」
佐和の盛大なつっこみもどこ吹く風だ。杖のあきれ返った空気が伝わってくる。
「そもそも我にここまでさせるとは、なかなか類を見ない……」
「そもそも私は例外なんでしょうが……」
駄目だ。押し問答だ。
頭を抱えた佐和は杖を支給されて着ているローブの懐にしまった。
「どこへ行く?」
「なんか、生徒は全員講堂に集まるように言われてるの。もしかしたら、マーリンに会えるかもしれない」
歩き出した佐和は講堂に向かうために、始めてこの施設に来た時に目にした庭に面する渡り廊下を歩き出した。
昨日の夜とは違う暖かい日の光が庭に降り注いでいる。その光景を見ていたらふいに昨日の晩のミルディンの丸まった背中を思い出していた。
「変わらない。俺が化け物なことに」
そう言ったミルディンの言葉はかすれていて、悲しそうだった。
佐和の住んでる現代よりもきっとこの世界の価値観は閉鎖的だ。
王様は王様。農民は農民。そんな世界で魔術師として生まれてしまったら、どれだけ苦しい目に合ってきたか想像にかたくない。
生まれた時から差別の対象として見られ、その上信頼してた母親代りの人が殺人鬼だったなんて、いやもしかしたら自分のせいで殺人鬼になってしまったかもしれないなんて知って、余計拠り所をなくしたに違いない。そして唯一の理解者も自分のせいで失って恨まれるようなことになって……。
て、今、私が考えなきゃいけないのはマーリンのことなわけで!
頭を振って雑念を追い払った佐和は講堂へ向かう足を速めた。