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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 ウーサー王の死
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       ***



 ウーサーの死は王宮に仕える者のみで秘匿し、葬儀は後日執り行う。

 それがウーサーの死後、緊急で集められた会議で最初に決定した事項だった。


「今、陛下が身罷(みまか)った事が民に露見すれば、新たな混乱の引き金となる可能性が考えられる。今しばらく陛下の死はこの場の者のみの知る所とし、施策に当たる」


 使用された会議室には窓もなく、機密性の高い話し合いである事が部屋の造りからしてよくわかる。薄暗い部屋の中、大きな長方形の卓の上座に座ったアーサーの静かな宣言に同席した騎士達が皆押し黙った。

 空気が重い。何でこんなところに私いるんだろう……。

 場違いにもほどがある。

 末席、入口脇に立っているだけとはいえ、重鎮ばかりのこの会議のメンバーの中でマーリンと佐和だけが浮いていた。

 アーサーに出席しろって言われたからいるけど、居心地悪っ……。

 周囲の騎士も何故一介の従者がこのような重要な場所にいるのかと眉を潜めているのがよくわかる。今はウーサーの死で騎士達が皆ぴりぴりしているから余計だ。


「当面の間、私が指揮を執る。何か異論はあるか」


 アーサーの静かな問いかけに騎士達が息をのんだ。

 そこにいたのは皆が良く知るアーサーではなかった。


 アーサー……?どうしちゃったの……?


 明らかにいつもと様子が違う。

 ただ淡々と事務作業のような確認の仕方に温度の無い声。

 いくら父親が亡くなったからだとしても信じられない王子の豹変ぶりに他の騎士も戸惑っている。


「……ありますなぁ」


 久しぶりに聞くねっとりとした声の主に出席者の視線が一度に集まった。

 異議を唱えたのは最近なりを潜めていたカンペネット卿だ。嫌らしい顔つきで立ち上がりアーサーを(ゆび)さす。


「いくら殿下とはいえ、陛下の遺言を無視して事を進める事はできますまい!陛下の遺言を先に!陛下はボードウィン卿やエクター卿に後の事を頼んだと聞き及んでいますが!?」


 どこから情報を仕入れたのか。そう言い放ったカンペネットは将棋で相手を最後の一手まで追い詰め確信を得た時のような嬉々とした表情で興奮している。


「陛下は明確に国家の覇権を我らに継承されたわけではない。さすれば殿下が指揮を執られるのは当然の事」

「甘いですぞ、エクター卿。貴殿はアーサー殿下の養父ですから?その方が何かと都合がよろしい事はわかりますが、陛下の意志を尊重せずに為政者を選ぶなど!もしも明確な遺言が無いのであればこの場で今後を導くに相応しい者を選出すべきです!」


 カンペネットの提案に騎士がざわつく。こんな時に何て事を言っているんだという声と、もしかしたら覇権を奪えるかもしれぬという野望を秘めた声。

 あいつ!まだ諦めてなかったのか!!

 救いがたい阿呆だ。こんな時にそんな事で揉めてる場合じゃない事ぐらいわかんないの!?


「皆さんもそう思うはずだ!そうでしょう!?しかもイグレーヌ王妃が、いや『元』王妃が裏切った!そんな状況で誰が指揮を執らざるべきかは明白なはずだ!」


 あいつぅ……!!

 腹の底が煮えくり返る佐和と打って変わって、当の本人であるアーサーは静かにカンペネットの大演説を静観している。

 カンペネットが息を切らすほど大声を張り上げた所で、アーサーがようやく静かに声を発した。


「それで?」

「……え?」


 椅子を蹴倒し、大演説を終えたカンペネットに対してアーサーはカンペネットを鋭い目で見たままただ淡々と尋ねた。


「他には?」

「ほ……他……と言いますと……?」

「他に言っておきたい事はあるか?」


 その声と表情の冷たさに、ざわついていた騎士達が一斉に静まりかえった。

 有無を言わさぬ迫力。

 誰もがただ呆気に取られ、かつて『王子様』でしかなかったはずのアーサーを見ている。


「無いのならば話を続ける」


 姿勢を戻したアーサーが話を進めるのにつれて、騎士達も皆黙り込んだ。

 アーサーのあまりの迫力に口を挟む騎士はもういない。カンペネットすらその眼力に怯み、腰を抜かしたのか何も言えずに静かに席に座り直した。


「今回王宮を襲撃した者は三名。以前から捜索対象であった魔女モルガン、魔術師エイボン。そして自称ゴルロイスを名乗る男。それに付け加え新たにイグレーヌ・ペンドラゴンが敵に寝返った」


 アーサーの最期の言葉にまた騎士に動揺が走る。しかし、それはここにいるメンバーには周知の事実でもある。

 ウーサーの傷は背後から刺された物だった。それができるのはイグレーヌをおいて他にいない。

 だが、あのアーサーから淡々と、そんな報告が挙げられたのが不気味だった。


「自称ゴルロイス公を名乗っていた男だが、ゴルロイス公本人で間違いはないようだ」


 アーサーのその言葉にまた騎士達がさざめく。しかし、アーサーは意にも介していない。


「殿下……お言葉ですが、死者は蘇りません」

「先程まで死者に襲われていた者が面白い事を言うな」


 おそるおそる手を挙げた騎士が羞恥で手をすぐに下ろす。確かに彼らはさっきまで不死の軍団と戦っていた。

 でも、そんな言い方……!!

 これじゃ、まるでマーリンと出会う前のアーサーだ。いやあの時より余計に悪い。

 今のアーサーはまるで―――暴君と呼ばれたウーサーのようだった。


「その事について最後にゴルロイス公いや―――ゴルロイスと言葉を交わした者がいる。駆け着けた私の従者だ。サワ、その時ゴルロイスから見聞きした事を全て話せ」


 え……?私……?

 騎士が一斉に佐和に注目した。背中に嫌な冷や汗が流れる。

 珍しい。こういう時お鉢が回ってくるのは大抵マーリンなのに……。

 今回に限ってアーサーはなぜか佐和を指名した。

 ……まぁ、マーリンはあんまりおしゃべりな方じゃないし、私が話すしかないよね。

 会社のプレゼンと比べれば緊張するものでもない。ただ起きた事、見聞きした事をそのまま話せばいい。

 ……マーリンと私の素性に関するところは勿論伏せて。


「……はい」


 佐和は腹をくくり、一歩前に踏み出した。

 勢ぞろいした騎士達に向かって、ゴルロイス公は本当に二十五年前ウーサーが殺したはずのゴルロイス公である事。

 インキュバスと人から呼ばれる悪魔のような負の存在がゴルロイスの未練と結合し、ゴルロイスの肉体を得て融合し蘇った事。

 魔女モルガンと魔術師エイボンはどうやらそのゴルロイスに従っている事。

 イグレーヌも元からあちら側だった事。

 そして、今回の疫病を引き起こしたのはそのゴルロイス公であり、彼を止めなければ決してキャメロットを襲う疫病は止まらない事。

 そのためにはアーサーがティンタジェル城へと向かわなければならない事を説明した。

 俄かには信じがたい話に騎士達が皆絶句している。

 無理もない。話してる私でさえ一体どんなファンタジー小説だよって思ってるんだから……。


「以上です」

「殿下……申し上げにくいのですが、この侍女の絵空事という可能性は?」


 勿論そんな指摘出てきて当たり前だ。佐和だって逆の立場なら同じ事を考える。


「残念ながら恐らく事実だ。侍女だけでなく侍従も同じ場面に居合わせ、私もゴルロイスと直接言葉を交わし、似た事を聞き及んでいる。真実だろう」


 アーサーの結論に騎士達がまた動揺している。

 ただの人間相手の戦なら百戦錬磨の彼らも未知の魔術との―――悪魔との戦いなど初めてだ。


「ボードウィン卿。私の怪我が完治するまでどれほどかかる?」

「……殿下ならば四日もあればご回復なされるかと」

「エクター卿、ティンタジェル城に攻撃をしかけるための軍の編成にはどれほどだ?」

「……最低でも五日はいただけると在り難いです。ティンタジェル城は難攻不落の城。かつてゴルロイス公が使用していた城です。かなりの準備が必要かと」

「わかった。ならば六日後。ティンタジェル城に攻め入る」


 アーサーの決定に騎士が声を張り上げた。


「本気ですか!?殿下!お考え直しください!」

「敵の罠に決まっています!この疫病もいずれ治まりましょう!」

「ティンタジェル城は断崖絶壁にそびえ立つ難攻不落の城!現在の我々の兵力では攻略は絶望的です!」


 各々異論を唱える騎士達にアーサーはたった一言だけ静かに付け足した。


「やらなければキャメロットは滅びる。それだけだ」


 その言葉に全騎士が息をのんだ。

 誰も反論しない。


「……決まりだな。エクター卿は兵の編成を」

「……はっ」

「ボードウィン卿、引き続き疫病の治療と対策に当たれ」

「……畏まりました」


 ……アーサー……?

 いつもとあまりに違う彼の様子に佐和は自分の胸元を握りしめた。

 何かが……おかしい……。

 その違和感を感じたまま会議はつつがなく進んでいく。

 何か、何かが絶対的におかしいのに、それが何なのかうまく言葉にできない。

 でもこのままじゃいけない。そう佐和の本能が叫んでいる気がした。

 しかし、考えている間にも話はどんどん流れて行く。


「問題はいかにしてこの世ならざる者であるゴルロイスを殺すかだ。何か方法を知っている者はいるか」


 アーサーの問いかけに騎士達が皆口をつぐむ。

 当然だ。彼らはウーサーに仕えてきた騎士。魔術師を斬る事はしてきたが、魔術を理解する事などしてきていない。

 当たり前の反応だった。

 静まりかえる会議室の中で、一人だけが静かに手を挙げた。周囲の騎士が驚愕して彼を見ている。


「……ランスロット、何かあるのか」

「はい、殿下」


 手を真っ直ぐに挙げていたのは、末席にいたランスロットだ。


「僕の母に聞きましょう」


 ランスロットのお母さん……?

 唐突な発言に困惑する騎士の前でランスロットはいつものように穏やかな口調で話を続けた。


「僕の母は湖の妖精―――この世ならざる者にも詳しいはず。何か解決の手立てを見い出す事ができるやもしれません」


 ウーサー王なら一瞬で棄却する案。しかしアーサーは「そうか」と答えただけだった。


「他に有力な提案はあるか?」


 あるわけがない。騎士は皆口をつぐんでいる。


「ならばその者の元を尋ねてみよう。他に手が無いのだからな。私が直接向かう。その間、他の者はティンタジェル城への侵攻準備に専念しろ」


 アーサーの鋭い命令で会議は締め括られた。



       ***



 翌日、王宮の正門前の広場に集まったのはランスロット、アーサー、マーリン、そして佐和だ。


「本当なら殿下にはもっと護衛をつけるべきなんでしょうけれど……すみません。あまり大勢で押しかけると母が会ってくれない可能性がありますので」

「構わん。行くぞ」

「あ、はい」


 やっぱり一日経ってもアーサーの様子はおかしかった。

 いつもの調子はどこにもない。

 まるで機械のように淡々と政務をこなしているように見える。

 そう―――ゴルロイスを倒すという事さえまるで事務仕事のように。

 てっきりどこかのタイミングでマーリンがアーサーに何か言うかと思ったんだけど……。

 今は父親の死に動揺しているアーサーに同情しているのか。それとも実はマーリンもゴルロイスの言った事で頭が一杯なのか。

 アーサーの姿をマーリンは何も言わず、ただじっと見ているだけだ。

 こんな状態で果たして道は切り開けるのか、不安だけが降り積もる。

 ……ダメ、ダメ!せめて私だけはしっかりしなきゃ……!

 佐和は心の中で気合を入れ直した。


「それでは殿下、マーリン殿、サワ殿。参りましょう」


 ランスロットが先頭をきって馬の手綱を引いた。


「ご案内します。私の第二の故郷。清き湖の妖精ダーム・デュ・ラックの住むアヴァロンの湖へ」


 早朝霧が立ち込める中、佐和達は一縷の希望を託し、馬の手綱を引いた。




第十章閉幕。


第十一章

様子のおかしいアーサー、それを静観するマーリン。

二人に課せられたのは、ゴルロイスを倒す唯一の手段、聖剣『エクスかリバー』を手に入れる試練。

試練の場アヴァロンの島でアーサーはマーリンに問う。


「お前はーーー魔術師なのか?」


創世の魔術師と王、その行く末は?

そして、マーリン誕生の真相が明かされる……



佳境へ向かう第十一章、開幕は明日より!

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