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こんなにも小さかっただろうか。
それが部屋に入って初めてウーサーを見た時のアーサーの感想だった。
ウーサーの私室にはアーサー以外にもたくさんの騎士が勢ぞろいしている。皆ウーサーやペンドラゴン家に忠誠を誓った者達。歴戦の彼らの瞳が滲んでいる事を、どこか他人事のようにアーサーは見ていた。
「……陛下、殿下がいらっしゃいました」
エクター卿がベッド脇でウーサーの耳元に告げると、ウーサーは微かに眼を開いた。
「……アーサーとエクター、それからボードウィン以外は悪いが席を外してくれ……」
ウーサーの声で騎士達が皆部屋から出て行く。医者すらも部屋から退散したのを見て、アーサーにもさすがに理解できた。
―――死ぬのだ。この人は。
「……殿下、陛下のお近くに」
ボードウィンに促され、アーサーはウーサーのベッドに近寄った。
横たわるウーサーの顔色は信じられないほど白く、いつもアーサーや騎士達に向けていたような覇気は最早見る影もない。
反対側にはエクターとボードウィンが控えている。
アーサーはウーサーの顔をまじまじと覗き込んだ。微かに開かれた瞳がアーサーを捉える。
「……国王陛下、只今参りました」
なぜか父上とは呼べなかった。
……呼ぶべきではないと思った。
不意にアーサーはウーサーの布団に血が滲んでいる事に気が付いた。
傷は―――腹部。それも背後から刺されたものだと報告を受けている。
「……母上ですか?」
「……」
ウーサーは答えない。それは肯定の証。
「そうですか……」
「……アーサー」
ウーサーの声は今にも掻き消えそうで。アーサーは少しだけ身を寄せて、その声に耳を傾けた。
この人の言葉はいつも響いた。
大きく、威圧的で、気高く、誇らしく、時に暴力的でもあったけれど、それでもアーサーにとって―――偉大な王だったはずなのに。
その声もこうしなければ、もう聞こえない。
「…………」
ウーサーは何かを言おうと口を開いては何度も閉じた。痛いほどの静寂が部屋に横たわる。
どれほどそうしていただろう。
本当は短い、とても短い時間だったのだろうけれど、ウーサーはようやく言葉を発した。
「……エクター、カリバーンを」
「陛下?何を……カリバーンは……」
折れた事を伝えようとしたアーサーに向かってボードウィン卿が小さく首を振った。
意図がわからぬまま立ち尽くすアーサーの前で、エクター卿がベッドから離れ、その手に剣を持って戻って来る。
エクターが手にしているのはカリバーンではない。ウーサーが日頃愛用していた剣だ。勿論名作ではあるが、聖剣とは似ても似つかない。
「陛下、カリバーンにございます」
「うむ……」
エクターから長年連れ添った愛剣をウーサーが受け取る。
……もうこの人は、カリバーンと自分の剣の違いもわからないのだ。
そう感じた瞬間、体中の熱が引いた気がした。
「エクター……お前には心労をかけた。これからもかけるが……頼んだ」
「……無論、承知しています。―――我が君」
「ボードウィン、そなたもよく仕えてくれた……。後を頼む」
「……必ずや」
自身の両腕に挨拶を済ませたウーサーが震える手でアーサーに剣を差し出す。
「陛下……?」
意図がわからず戸惑うアーサーの前でウーサーの手が力なく落ちそうになった。
落ちる寸前咄嗟にアーサーは駆け寄り、ウーサーの腕とその剣を受けとめる。
「アーサー、いいか…………………」
「……え……?」
その瞬間、近づいたアーサーにだけ聞こえるようにウーサーは『そう』言った。
言い終わるやウーサーの手から力が消え、剣の上を滑り落ちる。
「……今のは……どういう意味ですか……?陛下?陛下?…………父上!!」
最期の言葉の意味がわからずにアーサーは必死にウーサーの身体を揺さぶる。
しかし、ウーサーは答えない。
「父上!父上……!」
「殿下……」
エクターに肩を掴まれ、ようやく我に返り、ウーサーの身体からおそるおそる手を放す。
受け取った剣を手に、アーサーはかつて王だった者を見つめた。
魔術師への圧政から暴君と呼ばれた王ウーサー・ペンドラゴン。
その死は馳せた名とは裏腹に―――実に静かなものだった。