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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 ウーサー王の死
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page.297

       ***



 こんなにも小さかっただろうか。


 それが部屋に入って初めてウーサーを見た時のアーサーの感想だった。

 ウーサーの私室にはアーサー以外にもたくさんの騎士が勢ぞろいしている。皆ウーサーやペンドラゴン家に忠誠を誓った者達。歴戦の彼らの瞳が滲んでいる事を、どこか他人事のようにアーサーは見ていた。


「……陛下、殿下がいらっしゃいました」


 エクター卿がベッド脇でウーサーの耳元に告げると、ウーサーは微かに(まなこ)を開いた。


「……アーサーとエクター、それからボードウィン以外は悪いが席を外してくれ……」


 ウーサーの声で騎士達が皆部屋から出て行く。医者すらも部屋から退散したのを見て、アーサーにもさすがに理解できた。


 ―――死ぬのだ。この人は。


「……殿下、陛下のお近くに」


 ボードウィンに促され、アーサーはウーサーのベッドに近寄った。

 横たわるウーサーの顔色は信じられないほど白く、いつもアーサーや騎士達に向けていたような覇気は最早見る影もない。

 反対側にはエクターとボードウィンが控えている。

 アーサーはウーサーの顔をまじまじと覗き込んだ。微かに開かれた瞳がアーサーを捉える。


「……国王陛下、只今参りました」


 なぜか父上とは呼べなかった。

 ……呼ぶべきではないと思った。

 不意にアーサーはウーサーの布団に血が滲んでいる事に気が付いた。

 傷は―――腹部。それも背後から刺されたものだと報告を受けている。


「……母上ですか?」

「……」


 ウーサーは答えない。それは肯定の証。


「そうですか……」

「……アーサー」


 ウーサーの声は今にも掻き消えそうで。アーサーは少しだけ身を寄せて、その声に耳を傾けた。


 この人の言葉はいつも響いた。

 大きく、威圧的で、気高く、誇らしく、時に暴力的でもあったけれど、それでもアーサーにとって―――偉大な王だったはずなのに。

 その声もこうしなければ、もう聞こえない。


「…………」


 ウーサーは何かを言おうと口を開いては何度も閉じた。痛いほどの静寂が部屋に横たわる。

 どれほどそうしていただろう。

 本当は短い、とても短い時間だったのだろうけれど、ウーサーはようやく言葉を発した。


「……エクター、カリバーンを」

「陛下?何を……カリバーンは……」


 折れた事を伝えようとしたアーサーに向かってボードウィン卿が小さく首を振った。

 意図がわからぬまま立ち尽くすアーサーの前で、エクター卿がベッドから離れ、その手に剣を持って戻って来る。

 エクターが手にしているのはカリバーンではない。ウーサーが日頃愛用していた剣だ。勿論名作ではあるが、聖剣とは似ても似つかない。


「陛下、カリバーンにございます」

「うむ……」


 エクターから長年連れ添った愛剣をウーサーが受け取る。

 ……もうこの人は、カリバーンと自分の剣の違いもわからないのだ。

 そう感じた瞬間、体中の熱が引いた気がした。


「エクター……お前には心労をかけた。これからもかけるが……頼んだ」

「……無論、承知しています。―――我が君」

「ボードウィン、そなたもよく仕えてくれた……。後を頼む」

「……必ずや」


 自身の両腕に挨拶を済ませたウーサーが震える手でアーサーに剣を差し出す。


「陛下……?」


 意図がわからず戸惑うアーサーの前でウーサーの手が力なく落ちそうになった。

 落ちる寸前咄嗟にアーサーは駆け寄り、ウーサーの腕とその剣を受けとめる。


「アーサー、いいか…………………」

「……え……?」


 その瞬間、近づいたアーサーにだけ聞こえるようにウーサーは『そう』言った。

 言い終わるやウーサーの手から力が消え、剣の上を滑り落ちる。


「……今のは……どういう意味ですか……?陛下?陛下?…………父上!!」


 最期の言葉の意味がわからずにアーサーは必死にウーサーの身体を揺さぶる。

 しかし、ウーサーは答えない。


「父上!父上……!」

「殿下……」


 エクターに肩を掴まれ、ようやく我に返り、ウーサーの身体からおそるおそる手を放す。

 受け取った剣を手に、アーサーはかつて王だった者を見つめた。



 魔術師への圧政から暴君と呼ばれた王ウーサー・ペンドラゴン。


 その死は馳せた名とは裏腹に―――実に静かなものだった。




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