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その日、キャメロットの歴史上、類を見ない無数の民の暴動が起きた。
原因はウーサー・ペンドラゴンの疫病政策に対する不満の爆発。
しかし暴動に押しかけた民は一変、皆が同じように疫病にかかり、まるで人とは思えぬ形相と禍々しき黒き肌を持つ不死の軍団となり、城を襲った。
かくや騎士も兵も全滅かと思われたその時、目も開けられないほどの白き光が城中を包み込み、次に騎士達が目を開いた時には―――暴徒達は皆、安らかな眠りについていた。
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あまりに眩しい光に驚いた佐和がもう一度目を開くと、そこはいつも通りの謁見室だった。
ゴルロイスもモルガンもイグレーヌの姿もない。
「退けた……?」
「今回は退こう」
マーリンの言葉にゴルロイスの声が答える。辺りを見渡すが、やはり姿は見えない。
不気味なその声は木霊のように形なく謁見室に響いた。
「けれど忘れるでない。キャメロットを犯す疫病は私を倒さねば収まらない。カウントダウンは始まっている。わかっているのだろう?お前の大切な幼馴染。彼女の命が消える時、キャメロットも滅びる。止めたくば、我がティンタジェル城にお前の王と共に来い。そして我が器となるのだ―――息子、マーリンよ」
笑い声が遠ざかっていく。
肩にのし掛かっていた何かが外れたように体が軽くなった。
「……バンシー……」
部屋の中央で一人佇む少女の存在は、以前より更に希薄だった。
形を失いかけている彼女に佐和は無意識に声をかけていた。バンシーが佐和の呼び掛けに振りかえる。
微笑んだその頬から一筋涙が零れた途端、彼女は空気に融けて消えた。
ただ流した最後の涙の一粒が真珠となって、乾いた音を立てて床に落ちる。
代行者、後はお願いしました。
そんな声が聞こえた気がした。