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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 正しき運命
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       ***



 際限が無い……!

 臨時の救護施設において、疫病の対策と研究に明け暮れていたボードウィンは病気ではく、その病人と戦う事になっている現状に歯噛みした。

 つい今しがたまで起き上がる事さえ困難だった患者達が痛覚を彼方に忘れ去ったように兵士に襲い掛かる。そして、その者達に傷を負わされた者もまた、疫病の特徴である黒い皮膚に変色し、敵としてこちらに刃を向ける。

 かろうじてエクター卿を陛下のところへ向かわす事ができたが、返ってきたのは僅かな増援と鎮圧せよという命令だけだ。

 正門でも同じ暴動が起きているという伝令の話が本当なら、兵力がそちらに割かれるのは通りが通っている。しかし、戦況は非常に悪い。

 狭い場所での戦闘は不利と判断し、何とか救護所にしていた仮説テントから敵を叩きだす事には成功したものの、その数は戦闘開始時の二倍にまで膨れ上がっていた。


「ボードウィン卿……一体、どうすれば……」


 ボードウィンの後ろ。周囲を囲まれて襲われないように仮説テントに背を向けて剣を握って正気を保っている兵は残り少し。

 絶望的な状況だ。

 しかし、ここを投げ出すわけにはいかない。

 撤退すればこの軍勢が正門の軍勢に合流するだろう。そうなれば正門の守りも危うい。

 ボードウィンの役目はできるだけ長くこの場に敵を惹きつけ、正門の鎮圧を完了させた応援が駆け付けるまでこの場を持たせる事。

 だが、それすら困難な状況……一体、どうすれば……。

 その時、敵の軍勢の後方で敵の何人かが吹き飛んだ。信じられない光景に背後の部下たちも口を開けている。


「あ、あれは一体!?突然……!大砲か何かですか!?」

「……ある意味、大砲のような物だな」


 ボードウェインはほっと一息吐き出し、姿勢を楽に戻した。敵の後方から「おりゃおりゃー!」という豪勢な声が聞こえてくる。


「悪ぃな!ボードウィン卿!遅くなっちまって!!」


 敵の軍勢を単身突っ切ってきたのはガウェインだ。疲労しきったボードウィン達と違い、彼は闘志に満ち溢れている。


「……ガウェイン卿。あなたは今日は非番だったはずでは?」

「今そんなとこ突っ込んでる場合かよっ!?伝令聞いてこれでもすっ飛んで来たんだぞ!?」


 ……殿下。

 どうやらウーサーが正門に大多数の兵力を割き、救護所が手薄になる可能性を、あの聡明な王子は見抜いていたらしい。これほど心強い味方はいない。

 年下で騎士としてはボードウィンより歴も経験も浅いガウェインだが、彼はかのアレリウス・アンブロウシスの血を引く者だ。ガウェインの登場に兵も皆表情に希望が戻る。


「お前ら少し休んでろ!俺がしばらくは相手してやるぜ!!」


 ガウェインは持っていた槍を敵軍勢に向けた。しかしその中には女性や年寄もいる。


「……ガウェイン卿。女性は私が引き受けましょう」


 彼は女性が斬れない。それは古参の騎士ならば誰もが知っている事だ。

 ボードウィンの提案を聞いたガウェインは少しだけ目を丸くしてから、ひどく穏やかに笑った。


「……気遣いありがとな、ボードウィン。……もう、大丈夫だ」

「……ガウェイン様……」


 つい昔の呼び名で互いに呼びあう。

 ボードウィンはペンドラゴン家に忠誠を誓った騎士で、ウーサーの前はアレリウスに仕えていた。その頃の思い出が一瞬鮮やかに蘇る。

 ボードウィンの前に進み出たガウェインが槍に力を込めると不思議な暖かい炎のようなエネルギーが腕に宿り始めた。

 ……あぁ、アレリウス様と同じ。暖かい力。

 つい最近、ガウェインが城に連れて来た女性の姿をボードウィンは思い出していた。

 詳しい事は聞いていなかったが、彼女をしっかりと抱きかかえボードウィンの部屋にガウェインが訪れた時の胸に込み上げた気持ちは一言では言い尽くせそうにない。

 克服なされたのですね……。

 その背は以前の主君にとても似ている。

 感慨に耽りそうになった瞬間、城が突然眩く光り出した。その光をボードウィンもガウェインも見上げる。


「何だ!?」


 眩しいなんてものではない。

 世界が白く染まるほどの光が辺りを包みこんだ。



       ***



「くそ……!」

「こりゃ、ちょっとやべぇな」


 ケイと背中合わせにイウェインは飛びかかって来た民を一突きで扉の外まで吹き飛ばした。ボールス卿率いる増援が来たとはいえ敵は増える一方、そして味方は減る一方だった。

 しかも相手は理性を失くしている。自身の限界を超えた動き。壊れた人形のように剣をめちゃくちゃに奮う姿はとても見ていられない。そのせいで体力だけでなく、兵士や騎士の精神が削られ続けているのが劣勢の一因であった。


「どんだけ湧けば気が済むんだ!!」


 ボールス卿が勇ましく民を三人まとめて吹っ飛ばした。最早正門は突破され、正門の内の廊下で攻防を繰り広げている状態だ。


「これ以上先に進ませるわけには……!」

「お、おい!あれ何だ!?」


 兵士の叫びは城の内部に向けられている。

 驚いたイウェインが振り返ると廊下の奥から白い塊のような光がこちらに押し寄せてくる。


「何だ!?ありゃ!?」

「イウェイン!!」


 固まってしまった思考の片隅でケイが自分を庇うように抱きしめてくれた瞬間、周囲が何も見えなくなった。



 ***



「―――っというのがまぁ、実のところ現実なわけだ」

「……信じられるわけがないじゃないですか」


 本来なら穏やかな時を過ごすための姫の部屋。血に染まったその中央でランスロットはエイボンの語った『未来』を否定した。


「信じるも信じないも自由だけど、まぁ悲しいかな。これが『未来』で『現実』で『事実』だ」


 エイボンが肩を竦める。その仕草はどことなくわざとらしかったけれど、エイボンが嘘をついている様子はない。

 本当なのか……?今の話が……だとすれば……。

 ランスロットは腕の中のグィネヴィアを盗み見た。同じように話を聞いてしまった彼女も不安げに瞳を揺らしている。

 ―――エイボンに声をかけようとした瞬間、白い光が階下から溢れだした。


「な、何が起こって……!?」

「残念。時間だ」


 現状を理解できないランスロット達の前でエイボンは唐突にランスロット達に背を向けた。

 どうやら立ち去るつもりらしい。


「待て!まだ聞きたい事が……!」

「いやー、俺も答えてあげたいところだけど、こりゃ無理だわ」


 軽くそう言い放ったエイボンがランスロットに手を振る。


「じゃ、よーく考えておいてくれよ。―――湖の騎士、ランスロット。あんたなら『最善のための選択』がわかるはずだ」

「待て……!」


 エイボンを追いかけようとした瞬間、目を開けていられないほどの光が部屋中に満ち溢れた。




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