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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 正しき運命
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       ***



 書記室から駆け出した佐和達の息が切れる頃、ようやく謁見室の扉にまでたどり着くことができた。


「……謁見室って……こんなに、遠かったっけ……?」


 ぜいぜいと肩で息をする佐和は運動神経の無さが原因だが、同じように肩を上下させ、汗を拭っているマーリンの疲労は運動不足が原因などではないはず。


「多分、結界のせいだ。息もしづらい……」

「それに、なんで、見張りがいないの……?」


 謁見室の前には常時見張りの兵が最低でも二人は常駐している。しかしこれほどの非常事態にも関わらず、この階には今兵士どころか人っ子一人いなかった。

 マーリンがすぐに扉に手をかけるが、扉はピクリとも動かない。


「鍵がかかってるの?」

「鍵だけなら多少扉は動くはず。動きもしない……多分、これも魔術だ。サワ、下がって!」


 言われた通り佐和はすぐにマーリンから距離を取った。

 マーリンは恐らく、佐和にはわからない非常事態を肌で感じ取っているのかもしれない。躊躇なくローブの懐から杖を取り出し、元のサイズに戻した。


「ドゥールアフト・ブリセドファ!」


 扉が爆発したように佐和には見えた。

 あまりにも大きな音と爆風に耳を塞ぐ。爆発の煙が止んでようやく姿の見えた扉は―――傷1つ付いていなかった。


「……ダメだっ!」


 マーリンの魔術でも破れないなんて……!

 これでいよいよ佐和にも事態の緊急性が体感できはじめた。

 王宮を走り抜けながら盗み聞く限り、ウーサーは正門と臨時の救護所の制圧に全騎士と兵士を割き、残りは必要最低限にしている。そして謁見室前に見張りの兵は見当たらない。

 となれば……


「もうゴルロイス達が中にいるって事……!?」

「サワ!アーサーは!?」

「それが……よく見えないの!なんでか水晶の映像がくすんでて……!」


 マーリンからもらい、バンシーによって力を与えられた佐和のブレスレットの水晶には、アーサーを含めペンドラゴン家の者の現在の様子を見る事ができる力がある。

 謁見室から駆け出してすぐに、走りながらアーサーの様子を確認していたのだが、アーサーが私室を飛び出した後は映像が非常に不鮮明になってしまったのだ。


「今は……どこか暗い所にいるみたい……余計見え辛いけど、アーサーの金髪と何か松明?みたいなものの光が見える……」


 佐和の説明を聞いた瞬間、マーリンが謁見室の扉の向かい側の壁に手をつき始めた。


「マーリン?何を?」

「アーサーが進んでるのは多分、王族しか知らない謁見室への抜け道だ。あいつもきっと扉から入れなかったに違いない」


 話しながらもマーリンは壁のあちこちを調べ続けている。


「ウーサーの様子は見れる?」

「ううん、そっちは全く映らないの」

「……だとすれば、もうウーサーの所にゴルロイスがいる可能性がかなり高い。あいつの結界のせいで、バンシーの力が及ばないんだ……」

「マーリン、マーリンは何をしてるの?」


 マーリンは突然しゃがみ込んだかと思うと廊下の下の方、装飾の境目辺りを念入りに調べ始めた。


「キャメロットの城には王族しか知らない秘密の抜け道がある。いざという時の脱出経路。たぶんアーサーはそれを使って謁見室に向かってる」

「マーリンも知ってるの?」


 マーリンは作業を続けながら首を振った。


「でも、アーサーも知らない道なら知ってる」

「え?」


 マーリンは立ち上がり数歩下がると、壁の装飾の一つを杖の先でこつこつと叩いた。

 それを合図にかこっと何かが外れる音がして壁の一部が浮き上がる。

 後は人力でマーリンが重たい壁をずらして行く。そこは人一人がようやく通れる程度の地下への入口だった。暗い階段が永遠に地の底まで続いているように見える。


「な、何これ?」

「バンシーのいた部屋に、この城の秘密の抜け道の地図があったんだ。勿論、普通の人間は使えない。入口を開けるには意志魔術が必要で」


 マーリンが小声で何か呪文を唱え、杖の先に小さな灯りを灯した。その灯りを頼りにマーリンが先に階段を下り始めたのを見て、佐和も慌てて後を追う。


「多分、昔城に仕えてたっていう魔術師が残した物だと思う。不思議だったんだ。あれだけの魔術書。どうやってウーサーの目を誤魔化してあそこまで運んだのか。たぶんこの地下通路を使ってたんだ」


 長いように思われた階段はすぐに終わり、地下の通路に出た。狭い通路の高さは二メートルほど。二人並んで歩くのには狭いが、一人で歩く分には充分な幅がある。決して広いとは言い難いが、しっかりした石作りの回廊が続いていた。


「じゃあ……この地下通路を使えば……」

「謁見室の中に入れる。アーサーの使ってる通路より距離は短いけど、たぶんアーサーの方が先に着く。俺達も急ごう……!」


 マーリンに続いて佐和も駆け足になる。暗い通路はいくつか枝分かれしているが、マーリンは謁見室に続く道のりを正確に覚えているようだ。その足取りに迷いはない。

 これも毎日のようにあの部屋に通ってた努力の結果なんだね……。

 その背中は初めて出会った時の失う事に脅え、世の中を否定し、自分の殻に閉じこもっていた青年のものではない。

 世界を変える―――人の背中だ。

 大丈夫。きっと間に合う。

 バンシーの涙。それの意味するところを佐和も知っている。

 だけど、きっとマーリンが覆してくれる。

 それだけの力が彼とそしてアーサーにはある。


「出口だ……!」


 マーリンに続いて階段を昇る。入口は閉じているものの微かな隙間から光が漏れてくる。マーリンは杖を突き出し、扉を開いた。

 音も無く開いた扉から滑り出すと、通路の出口は謁見室の玉座の後ろ。部屋の端のカーテンの裏に繋がっていた。


「俺が様子を見るからサワはここに隠れて……」


 小声で振り返ったマーリンの指示に頷くのと同時に大きな衝撃音が響く。何かが木にぶつかり、粉々に砕けたような音。

 その音の方向をマーリンと佐和はカーテンの影から覗いた。

 ぱらぱらとこぼれ落ちる木片。玉座に埋まるようにして(うめ)いているのはアーサーだ。

 アーサー……!!

 そしてそれに歩み寄ったのは、やはり―――ゴルロイスだった。


「光の王の器よ。あなた自身に罪は無い。しかし、強いて言うなれば」


 ゴルロイスがトドメの一撃のための剣を振りかざす。


「ご自身の運命を呪うがいい」


 アーサーの命を絶つ剣が振り下ろされる。


「マーリン!!」

「プロクス・ディファンドール!!」


 佐和が叫ぶのとマーリンが杖を突きだすのは同時だった。

 ゴルロイスの振り降ろした剣はアーサーの前に出現した炎の盾によって防がれる。

 すぐにカーテンから駆け出したマーリンに佐和も続く。叫んでしまった以上、隠れている意味はない。

 突然の乱入者に大して驚いた様子もなく引き下がるゴルロイスに杖を向けて、マーリンがアーサーを庇うように前に立つ。


「マーリン!アーサーが……!」

「大丈夫!命に別状はない」


 佐和はアーサーに駆け寄り、そっと玉座から抱き上げた。

 マーリンの言う通り、息がある。気絶しているだけのようだ。

 見たとこ、大きい外傷もない。

 良かった……間に合った……。


「サワはアーサーを」


 こちらを見ることなくかけられたマーリンの言葉に佐和は頷いた。

 一瞬でも視線を外せばやられる。そうマーリンが感じているのが佐和にもわかる。


「来たか。創世の魔術師」

「……やっぱり、俺の正体を知ってるのか」


 そう言いつつマーリンが小さく息をのんだのが、背中越しでもわかった。

 マーリン?

 一体、何に今さら驚くというのだろう。

 不思議に思った佐和もマーリンの背中越しにゴルロイスを見て、言葉を失くした。

 ゴルロイスの背後に魔女モルガン。いやそれは予想していた事だ。

 予想はしてた……可能性はあるって……でも……

 そっちにいて、ほしくなかった……。

 マーリンと佐和の視線にさらされたイグレーヌは、以前のような聖母然とした笑みも浮かべずに無表情でこちらを見ている。

 一瞬で彼女が佐和達の味方ではないのだとわからせるのに、充分すぎるほど温度の無い表情だった。


「……やっぱり、裏切ってたのか……!?」

「……裏切ってなどいません。元々、私は―――この方の妻です」


 それは……そうだ……。

 最初からイグレーヌが味方なんてはずがなかったのだ。

 勝手に子どもを産まされて、勝手に夫を殺されて、勝手に城に連れて来られて、勝手に呪われて。

 恨まない方が無理だというものだった。


「……なら……魔術師強制収容所のあの魔術もお前の仕業か!!」

「ああ、あの魔術を見たのか。あれは私だよ、創世の魔術師」


 佐和達の視線を遮るように、ゴルロイスがイグレーヌの前に立つ。その背後でイグレーヌが静かに目を伏せた。


「何だって……!?」

「素晴らしい威力の共感魔術だっただろう?お前ならあの魔術の高度さが理解できただろう。いくつもの命と強大な縁の結び、これほど広範囲な結界と魔術。おいそれと扱えるものではないからね」

「扱っちゃいけないものの間違いだろ!」

「ふむ。エイボンは理解を示してくれたんだが、お前にはまだ少し早かったかな?」


 まるで子どもに適正年齢を超えたおもちゃを与えてしまったかのような口ぶりに、腹の底から怒りがふつふつと沸いて来た。

 こいつ……人の……あの魔術師達とキャメロットの人達の命を何だと思って……!


「こんな……城に乗り込むためだけに、陽動のためだけにキャメロットの人達と魔術師達の命を使ったのか!?」

「誤解があるようだけれど、魔術師達は皆自分の意志でやっている。そうでなければ魔術は発動しない。共感魔術の根底は意志魔術だ。これぐらいはお前でも理解しているだろう?」

「そう仕向けたんだろうが!!」

「いや、もう洗脳魔術は使っていないよ。あれはコンスタンスの独断専行だし、彼は私の事はおろかイグレーヌの事も知らない。モルガンが喜ぶと勘違いしてあの男が先走ってしまってね。危うく大事な人柱を無駄殺しされる所だった。その点についてはお前に感謝すらしているんだよ。彼を止めてくれた事については礼を言わないとな」


 ……気持ち悪い。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 この人の言動、行動、表情、全てが嫌だ。

 カメリアドでも感じた違和感。

 同じ言葉を話しているのに、言葉は確かに交わしているはずなのに、何かが決定的にずれている感覚。


「人柱……だって……?」

「そうとも。大事な人柱だ。キャメロットを―――ウーサー・ペンドラゴンに復讐し、新たなる王の器アーサー・ペンドラゴンを滅ぼすための」


 やっぱり……狙いは、ウーサーとアーサー。

 だとすればおかしい。アーサーはここにいる。なら……ウーサーは?

 最も彼らが恨んでいるはずのウーサーはどこに行ったのか。ようやくそこに思い至った佐和は周囲を見渡した。


「……マー……リン……!」

「サワ?」


 佐和は信じられない気持ちで玉座の反対側へアーサーを抱えたまま近寄った。玉座の影に隠れて倒れていたのは―――ウーサーだ。

 その身体から止めどなく血が流れ出し、血だまりは徐々に徐々に広がり続けている。それに比例するようにウーサーの顔色は白く、苦しみに満ちていた。

 や……何……これ……。

 こんな大量の血、見た事が無い……。

 今、まさに目の前で死に向かっていくその姿が―――怖い。


「ま……マーリン……どうしよう……ウーサーが……」

「何でもいい!布で止血して、サワ!!」


 マーリンが手当をするわけにはいかない。佐和は目の前の現実を受け入れ、(かぶり)を振った。

 今この場で動けるのは私だけなんだから!びびってる場合じゃない……!

 行幸かウーサーの腹部の傷の上に大きな布が置いてある。アーサーが手当をしようとした痕跡かもしれない。


「何……これ……」


 しかしその布はただウーサーの傷口の上に置かれていただけで、止血と呼べるようなものではない。応急手当の知識など無い佐和にでもわかる。

 傷口は刺し傷のようだ。あまり直視しないようにしながら急いでその布を傷口に押し当てる。

 腕や足なら縛ったりして工夫できるのに……胴体じゃ傷口を直接圧迫して止血する事ぐらいしかできない……!

 すぐに布に血が滲み出す。血だまりの大きさからして相当な量の出血をしている。まだ息があるのは奇跡だ。


「ああ、安心して大丈夫。簡単には死なない。その男を刺したナイフは特別製でね。傷口の大小に関わらず、一定に血が流れ出す。しかも最後の一滴を出し終えるまで、その者は死なない魔術だ。確かに止血を行えば延命は望めるけれど、それも数分か数時間の差にしかならないが」

「お前……!」

「私を恨むのは筋違いではないか?創世の魔術師。その者は同じようにして私の命を絶った。あの時私が味わった死に近付いて行く感覚。少しずつ少しずつ冷えて行く感覚を、その男に味合わせる事に不平等があるのかい?」

「なら……本当にお前は、あのゴルロイス公なのか……?」


 マーリンの問いかけにゴルロイスはうーんと首を捻った。

 とても国王と王子に傷を負わせた人物には見えないその仕草が、妙に部屋から浮いている。


「半分はそうだ。けれど、もう半分は違う」

「半分……?何を言ってるんだ……?」


 混乱する佐和達に向かって、ゴルロイスは穏やかに微笑んだ。


「もうそろそろ真実を教えても良いだろう。我が名はゴルロイス。かつてウーサー・ペンドラゴンの盟友であり、彼によって命と妻を奪われし者」

「……死者はどんな魔術でも蘇らない」

「それを覆す事ができるのが私のもう半分の正体だ」


 マーリンの鋭い指摘に、待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな様子でゴルロイスは話を続けた。


「そして、もう一つの我が名は――――インキュバス」


 インキュ……バス……?

 聞いたことのない響き。しかしマーリンにとっては違うようだった。眉を潜めゴルロイスを睨みつけている。


「インキュバス?それが本当だったとしても死者の蘇生なんか行えるはずがない。インキュバスは伝説上の下級悪魔だ」

「それはおとぎ話での話だろう?本質は違う。人はいつも自分の理解の範疇を越えたものに対して名前と定義を与え、征服感を満たす。本当はその事に関して何も理解できていなかったとしてもだ」


 ゴルロイスは、出来は悪いが気に行った生徒に教える教師のように話を続ける。


「本質の私は違う。インキュバスという名は、人間が(おの)が理解に当てはめるために嵌めた枠の一つでしかなく、本当の私はもっと広い」


 ゴルロイスは手を広げ、楽しげに笑った。


「私はこの世界の半分だ。言っただろう?我が名は夢魔(インキュバス)。人の夢に住まうモノ。夢には怨嗟が。未来には過去が。希望には絶望が。喜びには悲しみが。相対する反対側の全て。人々の負と悪が長き時を得て具現化したもの。それが私だ」


 ……ついていけない。

 それはマーリンも同じようでゴルロイスの―――いや、インキュバスの自己紹介に口を挟めずにいる。


「父上、創世の魔術師は大層混乱しているみたいですよ」

「……モルガン」


 ゴルロイスの後ろでそれまで一言もしゃべらずにいたモルガンがほくそ笑んだ。その事に気付いたゴルロイスがそうかと悩むような仕草を見せつける。


「ではわかりやすく簡単に例えるならば、本質を的確に表しているとは言い難いが。この身体は元々ゴルロイス公という人間その者で、この者が死に瀕した際、強く世界を呪った事で具現化した存在。それが私だ。私は元よりこの世界に存在し、増え続ける人の影響で大きくなり続けていたが、いくら私でも具現化し、実世界に影響を与える事はあまりできなかった。そんな時、私を求めたのがゴルロイス公だ。彼の意志と私の意志は一つとなり、新たな存在へと段階を一つ上げた。それが私だ」

「……ウーサーが憎いなら本人に仕返しすればいいだろ!?キャメロットの他の人は関係ない!」

「大いにあるのだとも、これが。言っただろう?私はゴルロイス公でありながら同時に夢魔でもある。私達が成さなければならない事、それはたった一つ。正しき運命の流れの破壊だ」


 正しい……運命の破壊?

 それの意味するところはつまり……


「何だ、それは」


 そしてゴルロイスは、佐和の予想と一言一句違わぬ事を宣言した。


「わかりやすくいえば、アーサー王の時代の破壊だよ」




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