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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 正しき運命
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       ***



「きゃぁぁ……!!」


 グィネヴィア姫……!

 ランスロットは王宮の廊下を駆け抜け、倒れている兵士を飛び越えて、一目散にグィネヴィアの私室に向かっていた。

 前方の開いた扉からグィネヴィアの悲鳴が聞こえてくる。

 やはり……敵がこちらに……!

 ランスロットは剣を抜き、すぐさま部屋へと突入した。


「姫!ご無事ですか!?」

「ら……ランスロット様……」

「お、ほんとに来た」


 部屋の中央。グィネヴィアを抱え、こちらに余裕の笑みを向けて振り返った男にランスロットは剣の切っ先を向けた。


「姫君を今すぐに放してください」

「可愛い見た目と違って、おっかない空気も出せるんだなー」


 ランスロットの怒りを抑えた低い声に、男は愉しそうに笑っている。

 それもそうだ。相手の腕の中には瞳に涙を溜めたグィネヴィアがいる。優位に立っているのはあちら側だ。

 姫様……。

 『必ずお守りします。姫君に何かあればこのランスロットがすぐに駆けつけますからね』

 そうお約束したのに……


「ランスロットさまぁ……!」

「そんなに怖がらなくて大丈夫だってー、落ち着けって、な?」

「ふざけるのはそこまでです。ここは王宮。逃げ場はありません。観念して投降してしてください」

「やー、それは無理だわー。ま、安心してくれ。用事が済んだらすぐに帰っから」


 まるで慣れ親しんだ親戚の家に邪魔しているような口ぶり。男の態度にランスロットは警戒を強めた。

 恐らくこの男は魔術師……そして力量も充分なほど備えているに違いない。

 それは佇まいを見れば一瞬で見抜けるほどだ。相手は隙だらけのように見せかけて、その実全く隙が無い。

 強硬策で姫君を救出するのは不可能……ならば。


「姫君を人質に取って何を要求するつもりですか?」


 ここは相手の出方を伺うしかない。第一はグィネヴィア姫の安全が優先。ならばまず、相手の要求を知るところから始めなければならない。

 ―――例えどれほど早く彼女をその下賤な腕から救い出したいと気持ちが(はや)っていたとしても。


「国王陛下ですか?それとも殿下の命を狙いに来たのですか?」

「いやいや、どっちでもねーよ」

「……どちらでもない?」


 それはおかしい。


「あなたは見た所、魔女モルガン、そして自称ゴルロイス公を名乗る人物の御仲間と見受けました。その貴方が陛下や殿下に何も無いなんて」

「これが在り得るんだなー。俺はモルガンやおっさんと違って、別にキャメロットに恨みがあるわけでも何でもないから」


 男の口調はどこまでも軽い。しかし嘘をついている様子もなかった。


「なら何故、姫君を人質に取るのですか?望みがあるのでしょう?」


 男の周囲では、血だまりの海にグィネヴィアの侍女達が沈んでいる。皆一撃で的確に急所を突かれていることから、この男に慈悲などの類が通じるとは考えられない。

 それなのにグィネヴィアを生かしているという事は、ランスロットが駆け付けたからだけではない。何か明確な目的があるはずだ。


「望みっつーか。だってこうでもしないとお前、俺の話聞いてくれないだろ?」

「……どういう事ですか?」


 ランスロットが聞き返すのを聞いた男が満足げに笑う。次の瞬間、男は「よっと」と軽い声を出し、抱えていたグィネヴィアを解放した。

 呆気に取られるランスロットの前で解放されたグィネヴィアが無我夢中でランスロットの胸に飛び込んでくるのをすかさず受け止める。慌てて男の様子に目を戻すが、この隙を突くわけでもなく男はその場に立ったままだ。


「ランスロット様……!」

「姫君……怖い思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした……」


 腕の中でグィネヴィアが小さく首を横に振る。しっかりと彼女を抱きしめたまま改めてランスロットは剣を男に向けた。


「……どういうつもりですか?」

「言ったろ?俺は別にキャメロットに恨みがあるわけじゃない。ただおつかいに来ただけなんだって」

「……おつかい?」


「そ」と前置きした男は両手を困ったときの仕草で持ち上げた。


「俺の名前はエイボン。御察しの通り魔術師だ。だけど別にキャメロットに恨みがあるわけでも、国王や王子様の命も別に狙っちゃいない。ここに来たのは単にあんたに会いたかったからだ」

「……僕に?」


 男―――エイボンは頷いた。


「グィネヴィア姫に怖い思いをさせたのは申し訳なく思ってるよ。だけど、侍女を生かしてたらあんたとゆっくり話せないだろ?」

「僕と一体何を話すつもりだったのです」


 先行きの見えない会話に腕の中のグィネヴィアが小さく震える。

 ランスロットの上着を握りしめた小さな手。守る意志を込め直して、ランスロットはグィネヴィアの肩を今一度強く抱きしめた。


「んー、率直に言うと、勧誘。こっちに来ないか?」

「……それはゴルロイス公を名乗る殿下の敵対勢力への寝返りを提示しているという事ですか?」

「そう言い直されると極悪な事してるように聞こえるなー」


 当たり前だ。エイボンの提案は、騎士としてランスロットに主君を裏切れと言っているのだから。

 検討するまでもない。


「卑劣の極まりです。殿下に忠誠を誓ったこの身。その敵である者に味方するなどありえません」

「このままだとグィネヴィア姫が不幸になるって知っても?」


 その言葉は、ランスロットに充分すぎるほどの衝撃を与えた。腕の中のグィネヴィアも自分の名前が出た事でさらに不安を掻き立てられている。


「一体、何を……」

「ランスロット、だよな?ランスロットは運命って信じる?」


 まるで恋人同士のやりとりのようなおかしな問答だが、ランスロットは生真面目に返答した。


「人それぞれには与えられた役割という物が存在します。それを果たすための道のりをそう称するなら存在するでしょう」


 ランスロットには目標がある。失った祖国を取り戻し、民に圧政を強いる大国の手から取り戻す事。

 それは父が、母が、命を賭してランスロットに繋いだ望み。それを果たす義務が自分にはあるし、それを遂行すると決断したのも自分だ。

 その決断によって生まれた行くべき道を運命(さだめ)と呼ぶのなら、エイボンの命題自体に遺憾はない。


「俺もそういう考えだ。でもな、ランスロット。俺やお前みたいな運命のやつは恵まれてる。自分の意志と運命が合致してる人間は幸運だ」

「……どういう意味ですか」

「そうじゃない人間ってのもこの世にはいるって話さ。例えばそう―――そこにいる姫君のような」


 エイボンが指指(ゆびさ)したのは、ランスロットの腕の中のグィネヴィアだ。


「そのお姫さんの運命は稀代の王アーサー・ペンドラゴンの妻としてアルビオン王国の后になる事。違うか?」

「違わなくありません……」


 一体この者が何を言いたいのか。

 ランスットには全く読めなかった。


 「教えてやるよ」と前置きをしたエイボンは今までの軽い口調を捨て、至極真面目な顔でランスロットとグィネヴィアに語りかけた。


「でもな、その運命に従えばそのお姫さんは―――不幸になるんだ」

「な……」


 静かに、ランスロットとグィネヴィアは目の前のエイボンをまじまじと見つめた。


「教えてやる。運命に従えば―――どうなるか。その上で選べ、考えろ。大切な物を―――守るために」



 そうしてエイボンは―――『未来』を静かに語り出した。




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