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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 正しき運命
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page.289

       ***



「何だか城が騒がしい気がするのだけれど……」


 午後の一時(ひととき)、グィネヴィアは与えられた王宮の私室でお茶を(たしな)んでいた。

 ここ数日、雨や曇りばかりだったキャメロットも、今日は少しだけ雲間から光が射し込んでいる。久しぶりの陽光、にも関わらず扉の外が忙しないような気がした。


「見て参りますね」


 侍女の一人がそう言い残して部屋を出て行く。それには構わず、グィネヴィアは王宮の大きな窓から雲の隙間を見上げて溜め息をついた。

 今、キャメロットの貧民街や市街地では恐ろしい疫病が流行っているという。

 ……ランスロット様はご無事なのかしら。

 優しいあのお方の事。もしも眼前に病に苦しむ人がいれば、何の躊躇もなく手を伸ばすはず。でも、そんな事はしてほしくない……。

 ランスロット様に汚い所へは行かせないよう、殿下にお願いしてみようかしら……あぁ、でもランスロット様も王子様なのだから、アーサー殿下もきっと斟酌してくださってるはずだわ……。

 そこまで考えてアーサーの綺麗な金髪と整った顔を思い出すとグィネヴィアの心はなぜか途端に重くなった。


 幼い頃から何度も言い聞かされてきた将来。

 ―――ようやく私はお姫さまになれる。


 それなのに、心が晴れ渡らないのはどうしてなのか。それがわからないのが苦しい。

 ……いや、本当はわかっている。

 ……ランスロット様……。

 目を閉じるだけであのお方の優しい笑顔を鮮明に思い描くことができる。まるで春風のように穏やかで優しい方。

 王宮に上がり、一人きりでいたグィネヴィアを唯一気にかけてくださった。その笑みに何度心から救われたかわからない。

 今までアーサー・ペンドラゴン王子と結婚し、アルビオン王国の王妃になる事に、不満など抱いた事は無かった。

 実際、アーサー殿下にお会いした瞬間、この方が自分の運命の相手なのだとすぐにわかった。

 けれど、殿下は私の事をそうは思っては下さっていない……。

 王宮に上がってから殿下とはほとんど話せていない。いくらキャメロットが疫病の脅威にさらされ、正体不明の相手が国家転覆を目論んでいるとはいっても、そういった王宮の危機は日常的な問題のはずで、それを優先しグィネヴィアに会いに来ないということはアーサー・ペンドラゴンにとってグィネヴィアはその程度の存在という事だ。

 そう思うたび胸が痛む。

 お父様もいない。カメリアドには帰れない。私は一人ぼっち。殿下は私の事など……。

 けれど、相談できる相手もいない。不安に駆られ、涙を一人零しているところに優しく手を差し伸ばしてくれたのはランスロット様だけ……。

 あのお優しい方だけ……。

 ランスロット様の笑顔を浮かべると今まで味わったことのない苦しみに襲われる。胸をきゅうっと締め付けられるような。

 でもそれは嫌な感覚ではなかった。

 暮れゆく夕日を見る時の気持ち。枯れ行く運命にありながら咲き誇る花を見た時のような気持ち。

 とても、不思議な気持ち。

 あたたかい……。

 それなのに……この背徳感はどこからやってくるのかしら……。

 ランスロット様の側にいるだけで安心できる。言葉を交わせば元気が出る。微笑んでもらえれば嬉しくなる。

 その度に微かに胸に何かがささくれ立つ。

 どうして……?

 そんな思考を遮るようにノックが鳴った。様子を見てきた侍女が戻って来たのかもしれない。


「どうぞ」

「お邪魔しまーす」


 返ってきた軽い男の声にグィネヴィアは驚いた。入口に立っていたのは侍女ではなく若い男だった。

 服装からして王宮の人間ではない。オールバックにした髪。とても高貴な出だとは思えない出で立ちに厭らしい笑みを携えている。


「一体何者ですか!ここは許可された高貴なるお方以外踏み入ることの許されない姫君の私室ですよ!」

「あー、知ってる。知ってる」


 そう言った男は近づいて行った侍女の一人に手を伸ばした。


「……え?」


 呆気に取られたままのグィネヴィアの前で、男は手刀で侍女の腹部を貫き持ち上げた。

 軽々と持ち上げた腕を薙ぎ払う。さっきまで侍女だった『それ』が音を立てて床に転げ落ちた。


「……き、きゃぁぁぁ!!」


 何、何が起きて。どうして。何が。


「あー、落ち着きなって姫さん。殺したりしないから」


 男が近付いて来る。その手に、先程様子を見て来ると言って出て行ったはずの侍女が引きずられているのを見て、グィネヴィアは口に手を当てた。


「い……いや……」

「姫様!お逃げください!」

「早く衛兵に知らせて!」

「あー、無理無理。ここらへんの見張りは全員殺したし、他の騎士と兵士は皆正門に暴徒を鎮圧しに行っちゃったから」

「姫様お早く!!」


 侍女達がグィネヴィアと男の間に割り込む。

 一人、また一人と次々男に侍女達はあっさりと殺されていく。

 震える足は一向に動かない。


「はじめまして、グィネヴィア姫。俺の名前はエイボン。以後お見知りおきを一つ、よろしくー」


 真っ赤に染まった侵入者エイボンは、殺戮者とは思えないほど気さくな様子でグィネヴィアにそう自己紹介をした。




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