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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第一章 魔術師強制収容所
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page.29

       ***



 生まれて初めてだったかもしれない。

 自分の気持ちをこんなにも他人に吐露するなんて。

 ……困らせる気は……なかったのに。

 月明かりに照らされた佐和と名乗ったあの少女の眼が見開いていくのを見ていたら、言葉がなぜか止まらなくなっていた。

 何もかも言い尽くした後に残ったのは後悔だけだ。

 彼女は魔術師ではない。それはカーマ―ゼンで見た様子からも明らかだった。それなのに自分の……魔術師の事情を漏らしてしまうなんて。

 ……どうかしてる。

 佐和に背を向けて別の廊下をただひたすら歩いて行く。もう皆、食事も終え私室に帰っているはずの時間だ。すれ違う人は誰もいなかった。

 彼女は……マーリンに会いに来ただけ。だからマーリンの知り合いの俺にも優しい。ただ、それだけ。

 どうでもいい存在だから、優しくできる。

 それなのに。


「……どうして、こんな力、持って生まれてきたんだ」


 こんな力なければ、先生を狂わせずに済んだかもしれない。

 マーリンに恨まれなかったかもしれない。

 ブリーセンと以前のように笑い合えたかもしれない。

 ―――親に捨てられなかったかもしれない。


「……どうして……」

「それは私がお答えしましょう」


 前方の暗闇から溶け出すように現れたのはコンスタンスだった。



       ***



 昨日のミルディンの話と泣きそうな顔を夢に見ながら、佐和はぼんやりと目を覚ました。

 ……なんにも言ってあげられなかったな……。

 言える言葉があるわけなかった。

 ミルディンと佐和は出会ってまだ数日の間柄だ。

 それなのに、あんな話を聞いて、軽々しくそんな事ないよ。とか、そうとは限らないよ。とは言えなかった。

 だって、私はミルディンの人生に責任が取れないもの。適当な相槌なんて打てないし、打ちたくない。

 支給されている寝巻からローブに着替えた佐和は壁にかけておいた海音のコートをそっと撫でた。

 こんな時、海音。あんただったらなんて言う?なんて言ってミルディンを慰める?

 物思いにふけっていたその時、部屋の扉の外が一気に騒がしくなった。


「何だろう?」


 同室のブリーセンはもう部屋を出ていっているのでわからないが、何か起きたのだろうか。

 扉を開けて出て行くと、遠くの廊下に人だかりができている。近寄って、人ごみの後ろから覗きこむが何も見えない。

 逆に下がったほうがよく見えるかな?

 数歩下がろうとした佐和は廊下の後方の柱にミルディンが寄り掛かっているのを見つけた。


「あ……ミルディン……」


 昨日の今日でどんな顔をすればいいんだろう。

 困りきった佐和を見つけたミルディンも困った様子で立ちつくしている。

 ど、どうしよう……。

 気まずい沈黙が流れかけた瞬間、背後から黄色い歓声が飛んできた。


「な、何?」

「すごい!あれがSクラスの方々!!」

「イグレーヌ様に信頼を置いていただいている魔術師なのね!」


 え、Sクラス!

 振り返った佐和の方に、魔術師のローブを羽織った四人組が歩いてくる所だった。年齢も性別も背格好もバラバラだが、全員自信に満ち溢れた様子で闊歩してくる。

 先頭を歩くのは30歳前後だろうか髪をオールバックにまとめた鋭い顔つきの男、その後ろを背丈の小さなどこか上品さといたずらっぽい雰囲気をもつツインテールの少女、その横を素朴な顔つきの20歳ぐらいの青年、それから豊かな髭を蓄えた老人が歩いてくる。


「あの人がマーリン……?」


 一番後ろの髭を蓄えた人物に目をやる。魔術師としての経験だろうか、堂々とした様子はまさに創世の魔術師という感じだ。

 四人が歩くと人ごみが割れて道ができる。その花道が佐和たちの前までさっと開けた。


「……マーリン」


 背後にいたミルディンが呟く。完全に凍り付いている視線の先にいたのは。


「ミルディン?」


 少女の横にいた素朴な雰囲気の少年青年が固い声でミルディンの呟きに答えた。

 魔術師のローブは本来シンプルなもののはずだが、Sクラスの人間が来ているローブには装飾が施されていて、軍服っぽくも見える。それを着ているマーリンはブラウンの短い髪に優しそうなたれ目をしたまさに田舎の青年といった顔つきだ。鼻の上のそばかすが彼をさらに幼く見せている気がする。素朴という言葉が似合うが、ミルディンに気付いた途端、するどい顔つきに変わった。


「……」


 言いよどみ、顔をそらすミルディンをマーリンは佐和たちのすぐ目の前で足を止めてじっと見つめた。


「……どうして、ここに?」


 声は少し高い声。でもちょっと待ってほしい。

 マーリンって言ったら普通おじいちゃんなんじゃないの!?

 マーリンといえばおじいさんを想像していた佐和は口を開けたまま二人のやりとりを見守った。


「……それは……」

「ブリーセンもいるの?」

「……いる」


 そう聞いた瞬間、マーリンの顔がひきつったのがわかった。


「……そうか。わかった。ミルディン」


 呼ばれたミルディンの肩が跳ね上がる。


「もう過去のことは流そう。今後はイグレーヌ様のためにお互い、力を尽くそうよ」


 そう言ったマーリンはミルディンの肩を叩くとそのまますれ違って去ろうとする。


「あ、ま、待って……!」


 なんとかしてマーリンに杖を渡さなければ。それなのに今は杖を持っていない。

 こんな急に出会えるなら杖を持ってくれば良かった……!

 杖は佐和のベッドの下だ。とにかく今、渡せない以上、なんとしても次に会えるように機会につなげなければならない。

 去って行こうとするマーリンに伸ばした佐和の手はいきなり横から掴まれた。


「ちょっと……アンノンがマーリンに気安く触らないでよ」


 掴んだ手の持ち主はさっきからマーリンの横にいたツインテールの少女だ。見た目とは裏腹にかなり力強い。


「ちょ……いた」

「メディア、やめないか」


 メディアと呼ばれた少女の腕を先頭を歩いていたオールバックの男が取った。


「すまないね。魔術師の卵さん。ほらメディア、行くよ」

「待って!」


 呼びかけるが、佐和を助けた男が振り返り手を振っただけで、マーリンは振り返りもしない。そのまま通路の奥の扉の向こうへ消えていく。


「マーリン!」


 叫んだ佐和の声にマーリンが驚いて振り返った瞬間、扉が閉まった。

 後には硬直した佐和とミルディンだけが取り残されていた。




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