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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 呪われていた愛しい微笑み
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page.288

       ***



 イグレーヌがゆったりとした足取りで目の前から歩き去って行く。

 伸ばしかけた手は硬直し、まるで蝋人形のように動こうとしない。

 ただ遠ざかっていく背中を見ている事しか、アーサーにはできなかった。

 ……何故。

 何故、母上が……


「只今戻りました。貴方」

「よく戻ったイグレーヌ。……苦労をかけた」


 いいえ、と返事をする母の顔は少女のそれだ。ゴルロイスが差し出した手がイグレーヌの頬を優しく包みこむ。

 見てはならないような気がするのに、その光景から目が離せない。


「光の王の器」


 イグレーヌを傍らにゴルロイスはアーサーに語りかけてくる。


「元々、殿下の母君は私の妻。それはアーサー殿下もご存知のはず」


 知っている。

 ゴルロイス公は父上の盟友であり、イグレーヌの元夫だ。


「しかし、ウーサー・ペンドラゴンが既に私の妻であったイグレーヌに恋情を抱き、卑怯にも魔術師に依頼して私の姿になり、あなたを孕ませた」


 聞いている。

 嫌というほどに。


「そしてそこに倒れている男は卑劣な手段―――和平交渉の申し入れという名目で私を誘い出し、自身の部下であったウルフィン卿に命じて私を暗殺させた」


 わかっている。

 闘技大会でのゴルロイス公の騎士の叫びが脳裏にこびりついて。


「しかし―――私は蘇った。冥府の底より力を携え」


 そんな事あるわけがない。

 一蹴する声は出ない。


「全てを奪ったその愚かな男に復讐するために。そして―――二度とこのような悲劇を生み出さないために、私は新たな時代を創る」


 ゴルロイスの宣言が高らかに謁見室に響く。


「運命に縛られない。平等なる世界。道なき時代。そのためには―――あなたには死んでもらわないと困るのですよ、光の王の器」


 ゴルロイスがイグレーヌをそっと自身から放し、前に進み出て来る。


「それでは―――御機嫌よう」


 ゴルロイスの剣戟がアーサーに降り注ぐ。条件反射でアーサーはその剣戟を防いでみせた。


「ほう。成程、中々」

「……っ!」


 呆けている場合では無い!

 敵は自分の命、そして今まさに消えかかろうとしている父上の命を狙っている。

 とにかくこの場を凌がなければ……!


「はぁ!!」


 負けじとアーサーもゴルロイスに攻撃を加える。しかし、一撃一撃を相手側は的確に弾き、これではまるで決闘というよりは剣の稽古のようだ。

 ……強い!

 今まで剣を交えてきた誰よりもこの男は強い。その直感がアーサーを正気に戻した。

 全身全霊で挑まねば―――負ける。

 自分が死ぬだけなら構わない。しかし背後にはまだ息のあるウーサーがいる。

 『あちら側』からこちらを微笑んで見ているイグレーヌをなるべく視界に入れないようにしながらアーサーは猛攻を仕掛けた。

 ……せめて父上だけでもお助けしなければ……!


「む」

「はああ!!」


 アーサーの気迫が変わった事に相手も気付いたようだ。その顔から余裕の笑みが消え去る。

 手など抜かん!全力で退ける!

 腹部の傷の痛みなど彼方へ忘れ去るほどアーサーは猛追した。その気迫にゴルロイスが押され出す。

 このまま……押し切って……


「勝つとでも考えているのですかね?」


 その言葉にぞっとした。

 すぐに間合いを取ろうと足に力をこめた瞬間、ゴルロイスがアーサーの軸足を的確に踏みつける。


「っく!」


 動けなくなったアーサーにゴルロイスの裏拳が飛んでくる。避けることもままならず、まともに食らったアーサーは吹き飛び、地面に倒れ込んだ。


「ごほっ……!……っく!」


 吹き飛ばされた際、飛んでいった剣は遥か遠く部屋の隅まで音を立てて滑っていく。

 圧倒的な力量差。

 それでもアーサーは霞む視界で武器を探した。その視界に血だまりに沈みゆくウーサーの姿が映る。


「……呆れた。まだ抵抗するか」


 ……父上。

 まだ、息がある。

 助かる。

 助けられる。

 父上だけでもせめて……救わなければ……。

 そのために、剣がいる。

 こいつと戦うために……。

 ウーサーを見たアーサーの視界に輝く刀身が目に入った。すぐさまそれの正体に気付き、駆け出す。

 ……カリバーン!


「成程、確かにカリバーンなら私に太刀打ちできるかもしれません。目の付け所は非常に良い」


 アーサーは床に転がっていたカリバーンを掴み、全神経を尖らせた。

 聖剣の柄は不思議と暖かく、まるで力が流れ込んでくるような気さえ起こさせる。

 竜さえ退けた剣だ。冥府から蘇った者を払う事も可能かもしれない。

 アーサーが集中すればするほどカリバーンが眩く光り出す。その光はとても暖かく、ボーディガンと対峙した時のようにアーサーに力を与えてくれる。

 ……あの時とは違い、何かが欠けているような気もしたが、それでも聖剣の威力は充分だ。


「―――カリバーン!!」


 アーサーはカリバーンの導きのまま聖剣の力を引き出し、掲げた。熱い風と光が渦巻く。

 この一撃で決める……!


「うおおお!!!」


 アーサーが振り下ろした一撃は白く、空間を切り裂くような剣劇。

 その一撃を。


「だが、残念。私にその程度の攻撃は最早効かない」


 ゴルロイスは素手でカリバーンの刀身を掴み、粉々に砕いた。


「なっ……!」


 耳を(つんざ)くようなガラスの割れる音。光の破片の隙間から笑ったゴルロイスの拳がアーサーの腹にめり込んだ。


「かはっ……」


 人間の拳とは思えないほどの威力で吹き飛ばされ、床に身体中を打ちつける。

 呼吸が乱れる。起き上がろうと身体に力を入れるが立ち上がれない。

 ……カリバーンが……。

 偉大なる聖剣すら素手で。それは最早人知を超えた力だった。


「うっ……!」


 ぼんやりとした視界が激しく回転する。腹部に走る痛み。どうやら腹を蹴られたようだ。


「御可哀想に」


 ゴルロイスの優しい声と激しい蹴りが交互に降り注ぐ。


「あなたもまた被害者ですね」


 アーサーは防御に徹するだけで精いっぱいだ。


「全てはそこの哀れな愚王のせい。この者が自分の欲望の赴くままにイグレーヌを手に入れた時から悲劇は始まった。けれど、勿論ウーサー以外にもあなたが今苦しい目に遭うのには理由があるのですよ」

「ぐっ……!かはっ!」


 痛みと言葉が交互にアーサーの身体と心に刻みつけられていく。


「そもそもイグレーヌに心の安らぎを見い出し、手にしたいと渇望したウーサーを手助けした魔術師。そいつが最も罪深い」


 痛み。言葉。傷み。言葉。暴力が絶えず交互に。

 アーサーは頭を抱え、急所を守りながらなぶられ続ける。


「その魔術師さえいなければあなたは産まれなかった。これほど痛い目に遭う事も、産まれを揶揄される事も。重圧を押し付けられる事も。母親に捨てられる事も。父親に恨まれる事も。苦しみ、葛藤し、悩み、傷つく事もなかった」


 刻みつけられる。

 今までずっと心の奥底にしまっていた疑問と不満。それを的確にこの男はアーサーから掘り返していく。


「幼い兄弟の一件で魔術師に対する偏見を持った自分を省みた。ご立派です。でも他はどうです?あなたがいくら省みようとも周囲は省みない。いつも魔術師はあなたを裏切った。人も魔術から生まれたあなたを遠巻きにした」


 やめろ。

 言うな。


「そして今あなたを痛めつけている我々もまた魔術師。何故あなたが魔術師に傷つけられるか、理解できていますか?それは―――あなたが許されない存在だからですよ」

「な……なに……を……」

「だってそうではありませんか。魔術師からすればあなたの存在は汚点と冒涜。魔術によって人が生まれ、そんな人間が王になる?不義の子が?人間からすれば到底異形」


 ゴルロイスはそういって穏やかに笑った。


「あなたは何も悪くない。殿下。恨むのならば、愚かな父と、それを助けた魔術師と、これからあなたを殺す私を恨めばいい」

「がは……!」


 強く殴り飛ばされ、次の瞬間衝撃から何とか身体を起こすとアーサーの身体は玉座に埋まっていた。

 衝撃で……玉座に突っ込まされたのか……。

 それにしても素手でこの威力、ガウェインでもない限り在り得ない攻撃だ。


「く……そ……」


 今度は打ち所が悪かったのか視界が霞んでくる。こちらに近付いて来るゴルロイスの姿がぶれる。

 武器もない。カリバーンも折れた。ウーサーは死にかけている。母は寝返った。味方は誰一人いない。

 ここまで……なのか……。

 身体に力ももう入らない。

 アーサーは今にも落ちそうになる瞼を堪え、狭まっていく視界に映る景色をただ見ている。

 ゴルロイスがトドメの一撃のための剣を振りかざした。


「ああ、あと呪うとするなら―――ご自分の運命を、どうぞ」


 アーサーの命を絶つ剣が振り下ろされたまさにその時、


「プロクス・ディファンドール!!」


 不可思議な言葉と炎の盾がアーサーとゴルロイスの間に割って入った。

 ……暖かい。

 一体、誰が……


「マーリン!アーサーが……!」


 この声は……


「大丈夫!命に別状はない」


 よく知っている。

 生意気で、(さか)しくて、まるで友人のように王子に連れ添う生意気な従者達。


「サワはアーサーを」


 ……マーリン?

 気を失う寸前、アーサーを守るようにゴルロイス達の前に立ちはだかったマーリンの手には、大きな杖が握られていたように見えた気がした。




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