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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 呪われていた愛しい微笑み
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page.285

       ***



 一人、静まり返った謁見室。玉座の背もたれを握りしめ、ウーサーは怒りに暮れていた。

 遠くから兵と騎士の喧騒が聞こえてくる。

 城に攻め入れられるなど恥以外の何物でもない。正門も臨時の救護所も兵力に問題はない。しかし、ウーサーの気持ちは重苦しかった。

 思うにしても思考の中でも言葉にすらしたくない。だが、本能と歴戦の勘が告げている。

 奴が来たのだと。

 玉座に深く腰掛け、大きく息を吐き出す。謁見室の広い天井はあの頃よりも少しだけくすんでいる。


 そう、あの時もここにこうして座っていた。


 亡くなった兄、愚策に走った弟、そして廻ってきた自分の番。

 ……昔から兄上の事は苦手だった。

 嫌悪していたわけではない。あの人は立派な人物だった。騎士からの信頼も篤く、太陽神の血を引く逸話のまま底抜けに明るく、愚直だったが知恵があり、懐の広い人間だった。

 そう、兄は立派すぎた。

 その兄の陰から出られず、弟のように謀略を張り巡らせ覇権を奪うこともできなかった。そんな自分に順番が回ってきた時、ようやく神の存在を信じる事ができたほどだ。

 これでようやく私は私として生きられる。

 兄の亡霊でも、影でもないウーサー・ペンドラゴンが民に求められ、王になるのだと剣を奮い国を守った。

 しかし、他人はウーサーが思うより身勝手で利己的で自己中心的な生き物だった。勝手な期待、勝手な責任、勝手な批判を押し付けられて、疲弊しきった状態で着いた玉座。

 そんな折、祝いの席で王となった自分の目の前に、かつての盟友が連れて来た女性。

 彼女の美しさ。精錬された佇まい。透き通る肌。鈴の鳴るような声。

 全てが絵画のように瞼に焼き付いている。


「……陛下」


 想像していた鈴の声が背後から聞こえ、慌ててウーサーは玉座から立ち上がり振り返った。

 そこにはあの時のまま、時を止めたイグレーヌが立っていた。彼女の背後、謁見室奥のタペストリーがはためいている。王族のみが知る隠し通路がそこにあり、今たどり着いたのだろう。


「イグレーヌ、大事ないか?」

「はい」


 どうやらエクターは役割を全うしたらしい。しかし、不思議な事に当の本人の姿は見当たらない。


「イグレーヌ。エクターはどうした?」

「離塔にも様子がおかしくなってしまった兵士が殺到し……エクター卿は私を逃がすため御一人で……」

「そうか。落ち込むでない。奴は騎士としての責務を全うしたのだ」


 それに一般の雑兵相手に遅れを取る右腕ではない。

 普段のあの冷静さからは想像もつかぬ荒々しい剣筋がエクターの神髄であることをウーサーはよく知っている。


「心配は無用だ」

「はい……」


 イグレーヌの通り抜けて来た隠し通路の離塔からの入口はすでにエクターが塞いでいるだろう。背後から襲われる心配も必要ない。

 後は全騎士と兵がこの暴動を鎮圧するのをここで待てば良い。

 全ての入口に全兵力を割いた。謁見室の護衛も残している。念には念を入れ、内側から鍵もかけた。守りは万全。これならば謁見室まで敵が訪れる事もない。

 そう、例え―――


「―――冥府から(おの)が妻を取り戻しに来た亡霊だったとしても」


 酷く懐かしい声にウーサーはいつの間にか扉の内側に立っていた男に目が釘付けになった。


「とでも言いたげだな、ウーサー」


 締め切ったはずの扉の内側に悠然と立っていたのは―――ゴルロイスだった。


 そう―――ゴルロイス本人だった。


 似ている。などという次元の話ではない。あの日、あの時、ウーサーが彼の死を確認したその瞬間のまま、年を取らず、昔と変わらない穏やかな笑みを携えている。


「ゴル……ロイス……」

「何を幽霊でも見たような顔をしている?英俊豪傑と詠われたお前らしくもない」


 ゴルロイスは久しぶりに再会した友人をひどく懐かしむようにそう言ってくくっと喉を鳴らした。その笑顔を見ているとあの日の(あやま)ちなど無かったような気さえしてくる。

 思わず警戒心を解きそうになった寸での所でウーサーは頭を振りはらい、玉座の後ろに飾っていたカリバーンを手にした。


「……貴様っ、何者だ!ゴルロイスの姿を借り受け、私を惑わそうなどと……!」

「ああ、やっぱり。惑うんだ?」


 あっさりと自分の内心を暴露してしまった事を指摘され、ウーサーの頭にカッと血が昇る。

 昔と何一つ変わらない。普段は穏やかなくせに、時々こうしていたずらのようにしっぺ返しをする。

言動も行動も表情もウーサーのよく知るゴルロイスだった。


「ごめん、ごめん。私が悪かった。懐かしい再会につい。出来心だったんだ。許してくれ」


 そうしていつもウーサーが怒り出すよりも先に頭を下げ、こちらの溜飲の行き場を失くす。

 変わらぬ。あの頃と何も変わらぬ。

 ウーサーは背中に流れる汗を感じ、カリバーンをゴルロイスに向けた。背後のイグレーヌを庇うように前に出る。


「どうした?久しぶりの友との再会に、剣は不必要だろう?」

「……友ではない。私は……貴様を殺した男だ」


 ウーサーの冷たい一言にゴルロイスが意外そうに眉をあげる。どこか愉快そうでもあるのがまた癪にさわった。

 アーサーからの報告を聞いた時は疑いでしかなかったが……。

 アーサーに話した事に嘘偽りは一つも無い。ゴルロイスは死んだ。その死体も自身で確認している。

 夜の闇夜の中、光を失くしたかつての友だったモノの双眸は時々ウーサーの夢に現れては平穏な眠りを妨げていた。

 ―――忘れられるはずもなかったのだ。


「故に貴様がゴルロイスの訳が無い」

「還って来たのだよ―――我が友、ウーサー・ペンドラゴン」


 しかし、今本人と直接対峙し確信した。

 奴が呼んだ『ウーサー・ペンドラゴン』に込められた憎しみに。怒りに。悲しみに。

 そのどの言葉にも籠った力が、かつてウーサーと肩を並べた盟友の気迫に違いないと確信させた。

 死者を蘇らせる理屈などわからぬ。しかし、あの魔女がいれば不思議ではあるまい。

 そう考えた瞬間、ゴルロイスの背後に魔女モルガンが佇んでいるのが見えた。その女は何をするでもなく、ただ無表情でウーサーとゴルロイスのやりとりに耳を傾けている。

 ―――やはりあの魔女の計略か……!

 賢しい。何と小賢しい。

 こうすれば、あの時の過ちを目の当たりにすれば余が崩れるとでも思ったか。


「小賢しい……!」


 ウーサーはカリバーンを構えなおした。

 かつて共に戦場を駆け抜けた愛剣。この剣の威力は他ならぬ自分が最も知っている。

 カリバーンは特別製の聖剣。魔を払い、邪を滅す。

 例えどのような悪しき魔術もカリバーンに斬れぬものは無い。


「覚悟しろっ!!」


 数十年ぶりにウーサーはカリバーンに力を注いだ。

 悪しきを滅す意志を柄を通し、刀身に流し込む。さすればカリバーンは主の意志に応える。その刀身を眩いばかりの光が包み、邪法などその余波で消え去る。

 冥府から連れ戻った悪魔だったとしてもカリバーンの前で姿を保つ事などできぬ……!


「カリバーン!!」


 それが発動の合図――――――そのはずだった。


「……カリバーン?」


 それは、ただの剣だった。

 以前感じた温もりも力も聖なる気も何も感じない。ただの鉄の塊。


 カリバーンはウーサーに対して沈黙した。


「―――っ!?何故だ!カリバーン!カリバーン!!」

「っく、くくっ…………はははっ……!」


 焦るウーサーの様子を見てゴルロイスが瞳に涙を溜めるほど笑い出す。唖然とするウーサーの前でゴルロイスは涙をぬぐった。


「はー、まさかこんな面白いものまで見れるとは思わなかった、ウーサー。君がこれほど王に相応しくないと証明される場面まで見せてくれるなんて……」


 まだ笑い続けるゴルロイスの後ろで魔女モルガンは変わらず無表情だ。何かを細工している様子も無い。


「……な……何故……」

「それはね、ウーサー」


 ようやく笑いを収めたゴルロイスがゆったりとウーサーに近付く。

 背後にはイグレーヌがいる。これ以上下がる事はできない。

 ゴルロイスはウーサーの三歩手前ほどで止まり、腰の剣をすらりと抜いた。


「君が愚王だからさ」

「………な……に……?」


 腹部に走った鈍い痛み。

 目の前でゴルロイスは剣を掲げたまま、楽しそうにその光景を見ていた。




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