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「くそっ、こいつら化け物かよ!」
「弱音を吐くな!今しばらくの辛抱だ!」
今にも泣き出しそうな兵士に喝を入れながらイウェインは飛びかかってきた商人風の民を柄で正門前の広場まで吹き飛ばした。
数が多すぎる!
しかも敵の多さに疲労した兵士が次々とやられ、向こうに傷を負わされるとあちらに寝返ってしまう。あちらの戦力は増え続け、こちらの戦力は減り続けるという最悪な状況だ。
さらに寝返った途端、彼らはそれまでの疲れが嘘のように、いや正確にいえば、そう感じる気持ちなど全くなくしてしまったかのように猛攻してくる。
……狂っているとしか思えない……!
涎を撒き散らし、白く剥いた目でがむしゃらに掴みかかってくるだけの敵など訓練を受けた騎士や兵士の敵ではない。
だが、それは相手が切り捨てられるべき敵である場合の話だ。
民を傷つけるなど……どう見ても彼らは正気ではない。誰かに操られているとしか……。
そうだとすれば無闇に民を傷つければ敵の思うツボだ。もしかしたら敵の狙いは、騎士や兵に民を傷つけさせる事で陛下や殿下の名に傷をつける事なのかもしれないのだから。
しかし……このままでは……
思考する片隅から新たな刺客が襲いかかってくる。
「……っ!」
「イウェイン卿!」
イウェインに切りかかってきたのは顔がまだらに黒く染まった兵だ。その目に自由意思は無く、そして力の加減もない。
敵を切ることよりも切らないほうが圧倒的に難しい。そして、こちらはその不利な状況でしか戦えない。
「きゃ!」
人知を越えた力で剣を弾き返され、イウェインはその場に倒れこんだ。意思の無い虚ろな兵が剣を振りかざす。
……もはやこれまでなのか……!
訪れる痛みを想像し、ぎゅっと目を瞑ろうとしたその瞬間、背後から剣劇がイウェインに止めを刺そうとした男の急所を適格に貫いた。
「…………!」
「無事かっ!?イウェイン!」
颯爽とイウェインを救ったのは―――ケイだった。
いつものふざけた調子はどこにもない。肩を掴まれ至近距離で顔を覗き込まれた途端、我に返った。
……み、見惚れている場合ではない!!
「す、すまない。助かった……無事だ。その……ケイの……おかげで……」
「まだ戦えるか?」
勇気を振り絞ったのに、後半の小さい声の所は聞こえなかったらしい。
膨れたい気がするけれど、今はそれどころじゃない。
「大丈夫だ。やれる。しかし、ケイ……今のは……」
今駆けつけたに違いないが、ケイが状況を把握できていないはずがない。民と違い兵士だったとはいえ、彼は迷わず急所を突いた。
それは―――イウェインが今後を危惧し、避けていた行為だ。
「陛下から鎮圧の命が出た」
「し、しかし彼らは皆恐らく操られて……!それに」
ケイやイウェインはウーサーではなく、アーサーの騎士だ。実を言えばイウェイン達への直接命令権を持っているのはアーサーだけで、ウーサーの命令に従う義務はない。通例上国王命令が絶対なだけで、戦いから逃走でもすればさすがに罰せられるだろうが、戦い方までウーサーの厳命に従わなくともまず罪には問われない。
「わかってる」
イウェインの言葉を遮ったケイの顔つきは厳しい。その顔のまま座り込んだイウェインに手を伸ばし、簡単に立ち上がらせ正門へと視線を送った。
「けど、もう……あれは人じゃない」
押し合いへし合い一人また一人が病気で亡くなる中、屍を何の感慨もなく乗り越え、侵略してくる人々。
その顔や表皮は例の疫病に犯され黒く染まり、虚ろな目でひたすら進軍して来る。
中には口から泡を吹きながら歩いて来る者までいる。
どう見ても正気ではない。
「きっと元には戻れない」
イウェインがなるべく考えないようにしていたことをケイは真正面から受け止めていた。
表情から苦悩や葛藤は読み取れない。
何も感じていないわけないだろうに……。
だが、ここで指揮官的立場にあるケイやイウェインが悩めば、それは兵に伝染する。
だから彼は真顔で冷酷でも最も最適な道のりを選ぶ。
優しいからこそ彼は冷たくなれる。
そういう……ヤツだ……。
「……せめて早く、楽にしてやろう」
「わかった」
ケイの隣に立ち、イウェインはレイピアの切っ先を正門の外へ向けた。
一人で全て背負わせたりなどしない。
そして犠牲者である彼らにも―――せめてもの餞を。
「もうすぐボールス卿の増援が駆けつける!それまで正門を死守せよ!」
「はっ!」
ケイの芯の通った激励に兵が雄叫びをあげた。