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城内の混乱は凄まじい。戸惑い、行き交う人々の間を縫うように駆けながらランスロットは惑う人々の声に耳を澄ました。
「正門に敵が攻めて来たらしい!」
「どこの国だ!?」
「国じゃない、民衆が暴動を起こしたらしい!」
「陛下が鎮圧を命じられた!」
「槍をできるだけ持って来い!」
「刺しても死なない!?」
「疫病に犯された病人が城に殺到してるなんて……私達に伝染ったらどうしよう……」
「臨時の救護所でも死体が動きだしたって……!」
「そいつらにやられると自分も気が狂っちまうらしい!」
情報が錯綜しているが、どうやら侵略されているのは正門と臨時の救護所。二つは反対方向にあり、城を挟み撃ちされた形だ。
だけど……民衆の暴動にしてはタイミングが計画的すぎる……。
この時間差。明らかに城内部の動揺を煽っている。
それに……僕は感じにくい体質だから大丈夫だけれど、ラグネル姫のあの湖上の城と同じ悪意ある結界を感じる。
ランスロットは正門に向けて騎士や兵士が殺到する中、何とか流れに反してアーサーの私室に向かっていた。
殿下からは近くに殿下がいらっしゃらない場合は自己の判断で動くように言われているけれど……。
聞き齧る限り、正門にはイウェイン卿が。そしてそこに国王陛下の騎士達が総員で応援に全力で向かっている。臨時の救護所の方には元々複数の兵士が駐在していたはず。
そうなれば最も手薄になるのは……殿下や陛下御自身……!
敵の狙いはそこにある。
それは理屈では上手く説明できない勘のようなものだったけれど、ランスロットの中には確信があった。
悪意の塊が、湖の妖精の清き結界の中で暮らして来た自分だからこそ感じられる負の存在が、形無く殿下と陛下に忍び寄っている感覚が消えないのだ。
人の流れに逆らい続け正門とは反対、上階に昇れば昇るほど人影が少なくなって行く。それがさらにランスロットの疑心を確信に変えて行く。
やはり……僕は殿下の元へ……!
殿下ならこの状況、御自身では前線には出ず、敵の目論見を看破し陛下の所へ駆けつけていらっしゃるはず。
謁見室のある階にたどり着いたランスロットは目の前の光景に息をのみ、思わず足を止めた。
「大丈夫ですか!?」
「うっ……」
階段の踊り場に何人かの兵士が倒れていた。皆重症でとても立ち上がれるような傷ではない。一番近くにいた息のある兵を抱え、顔を覗き込む。彼らは謁見室の門番で、どんな非常時にも持ち場は離れないはずなのに。
「敵……が……」
やはり。
嫌な予感が当たってしまった。
見る限り、他の兵力は全て暴動の鎮圧に注がれている。陛下達を守る者は誰一人としていない。
心苦しいが、この怪我では彼はもう助からない。
ランスロットはできるだけ優しく兵士に問いかけた。
「命を賭して陛下をお守りしようとしたこと。本当にあなたはご立派です。あなたのその全てを無駄にしないためにも、もう少しだけ我慢してください。……敵の特徴と人数はわかりますか?」
ランスロットの問いに兵が血を吐きながら震える唇を懸命に動かす。
「敵は……三人。一人は……噂のゴルロイス公を名乗った男と同じ風貌……もう一人は魔女モルガン。それから知らぬ男……全員魔術師でした」
「……そうですか、ありがとうございます。大丈夫ですよ……もう、ゆっくり休んでください」
ランスロットのその言葉を聞いた途端、力を失いかけていた兵士の瞳が強くランスロットを射ぬく。彼は最後の力を振り絞りランスロットの胸ぐらを決死の形相で握りしめた。
「……まだ、お伝えしなければならないことが……!」
「どうしたのですか?何をそこまで……」
兵のあまりの形相にランスロットは彼の肩をしっかりと掴みかえした。
彼の最後の言葉。自分の命が燃え尽きるこの瞬間の恐怖を置き去りにしてまでランスロットに伝えようとしていることとは一体何なのか?
「敵の一名が上階に……!」
その瞬間それを最後に事切れた男を床に寝かせ、ランスロットは謁見室へと続く廊下と階段の上階を逸る気持ちを何とか堪えながら見比べた。
……上階には姫のお部屋が……!
けれど他の騎士が応援に駆けつける気配はない。皆正門と臨時の救護所に向かってしまっている。
この場で、いやこの王宮で今謁見室に向かっている騎士は恐らくランスロットだけだろう。
……どうすれば……!
謁見室にいる主君か。
必ず御守りすると誓ったグィネヴィア姫か。
この身はたった1つ。
駆けつけられるのはどちらか一方。
どうすれば……!?
ランスロットは長く続く廊下と階段を交互に睨み付けた。