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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 バンシーの涙
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page.282

       ***



「民の暴動!?」


 走りながら王宮中を駆け回っている人達の話を盗み聞いてみると、どうやら正門前に疫病にかかった人達の関係者や本人が押し寄せて、王に抗議しようとしているらしい。


「でも、それだけでバンシーがあんなに必死になるかな……?今のところ正門で押さえられてるんでしょ?」

「うん……」

「おい!正門前に押し寄せてきた奴らが突然変貌したらしい!」


 聞こえて来た声にマーリンが先に足を止めた。廊下の端で伝令のために駆け回っている兵が真っ青な顔で別の兵に報告している。


「変貌って何だ?騒ぐだけじゃなくて遂に暴動を起こし始めたのか?」

「そうじゃない!本当に変貌したんだ!身体中真っ黒で……!そいつらに刺されたり、噛みつかれたりするとその人間まで黒くなって……!意識がなくなったみたいに敵に寝返るんだ!!」

「何だ!それ!お前この非常事態にふざけてるのか!?」

「本当なんだって!!」


 必死な様子の兵は、とても嘘をついているようには見えない。


「マーリン……」

「やっぱりゴルロイスが何か仕掛けてきたんだ……。兵士の動きが鈍いのも多分、あいつの魔術のせいだ」

「どうするの?正門に行く?」

「……」


 マーリンは悩んでいるようだった。

 優しい彼の事だ。本当は今すぐにでも正門へ行って、これ以上犠牲者が出ないようにしたいに違いない。

 だけど、そうなればバンシーの忠告を無視する事になる。

 佐和とマーリンは一刻も早く『謁見室に行く』べきなのだ。


「サワー!マーリン!」


 悩む佐和達に駆け寄って来たのはケイだ。いつものだらしない恰好ではない。既に彼は戦闘するための準備を終えている。


「ケイ!」

「お前ら、アーサーに会ったか?」

「まだ、俺達書記室の方にいたから」


 書記室は王宮の外れにある。アーサーの私室とは間反対の方角だ。


「なら私室じゃなくてこのまま謁見室に行け。アーサーはそっちに向かった」

「ケイはどうするの?」

「俺はアーサーから正門の防衛を任された。ウーサーの騎士も後から来るだろうけど、どうも調子の悪い人間が多いみたいでまともに機能してない。それまでは比較的元気そうな兵士で凌ぐ……この前のラグネル嬢の時と同じ感じがする。上手く力を出せないような」


 ケイがマーリンの顔を真っ向から見つめてわざわざ話しかけたのに、ドキッとした。


「やっぱり、この前と同じ、自称ゴルロイス公が絡んでると思うか?」


 マーリンの顔にどうしてそんな事をわざわざ自分に聞くのかと書いてある。同時に魔術師だとバレているのじゃないかと怯えているようにも見えた。

 ……やっぱり、ケイは私達の素性に気づいてて従者にしたんだ……。

 口を挟めず、佐和は問答の行く末をただ見守る。

 少しの間だけ固まっていたマーリンだったが、戸惑いながらもまっすぐケイの質問に答えた。


「そうだと思う」

「……そっか」


 マーリンの返答を聞いた途端、ケイが嬉しそうに笑った気がした。


「っと……、俺は正門に急がないと……」

「あ、じゃあ私達は謁見室に……」

「マーリン」


 互いに背を向けて歩き出そうとしたところで、ケイがマーリンを呼び止めた。


「アーサーを、頼んだ」

「……わかった」


 マーリンにケイの真意が伝わったのか。そもそも佐和が思うケイの考えが合っているのかは全くわからない。

 けど、マーリンは確かにケイの願いを真っ正直から受け止めていた。



       ***



「暴動だと……!?全く!見張りの兵は何をしている!!」


 城内はまさに蜂の巣をつついたように兵士や騎士が無駄に行き交う。元からその()はあったが、今日は一段と増して兵も騎士も動きが鈍い。

 思い通りに指示が伝わらず、困惑する部下達を前にして、ウーサーの堪忍袋の緒は今にもはち切れそうだった。

 たかが民の暴動でこれほどの混乱と動揺……!

 情けない。なんと情けないのか。

 その内、一人の兵士が正門の様子を伝えに謁見の間に駆け込んで来た。


「情報によると現在、居合わせたイウェイン卿が指揮を執り、正門の防衛に当たっている模様です!」


 その言葉に側近の何人かが肩から力を抜いた事にさらに苛立つ。

 尻拭いをあんな騎士の真似をした小娘に任せているのが恥ずかしいと、普通は思わないものか。


「イウェイン卿より陛下並びに殿下に。『正式な統率騎士の派遣まで一先ず尽力する』と、また至急、応援を要請するとの事を言付かりました!正門に押し掛けている民は……ただの民に非ず、皆一様に例の疫病の現象である黒い皮膚を持ち、いくら倒しても起き上がるそうです……!」


 伝令の報告に安堵しかけた部下達にまた緊張が走る。

 疫病の病人がそもそもなぜそれほど動き回れるのか。などという常識的な疑問を遥かに凌駕する。不気味な現状に謁見室が静まりかえる。その沈黙は皆、同じ言葉を飲み込んでいる証でもあった。

 それではまるで彼らは―――不死身ではないか。

 その一言を。

 気味の悪い現象に皆一様に口をつぐんでいる。その事もまたウーサーにとっては情けなかった。

 しかし、伝令の続けた言葉にさすがのウーサーも今度は度肝を抜かれた。


「また……その民に傷を負わせられると、負わせられた側も同じような状態になると……実際、既に兵が何名も……」


 室内に今度は動揺が走り抜ける。

 傷を負っただけで疫病が伝染し、さらに寝返るだと?


「そんな事がありえるものかっ!」


 そんな

 そんな事ができるのは―――


「……忌々しい……!魔術師め……!」


 魔術師だけだ。

 ウーサーの激昂に付近にいた騎士達の肩が跳ね上がる。それを視界の端で捉えるとまた怒りがふつふつと込み上げてきた。

 情けない。

 情けない。

 誰も彼もが情けない目でこちらを見ている。ウーサーの指示を待ち、自分では何も考えようとはしていない。


「ボードウィンとエクターはどこだ!!」

「こちらに」


 比較的マシな二人の騎士の名を呼ぶ。混乱する他の貴族や騎士を掻き分け、エクターがウーサーの元へ駆けつけて来た。その肩が上下している。


「遅い!!」

「申し訳ございません」


 エクターはすぐさま呼吸を整え、ウーサーに向かい合った。その目は既に臨戦態勢に入っている。


「ボードウィンはどうした!」

「その事で、陛下。ボードウィン卿が疫病の原因追求のために城外に設置していた臨時の救護所において、死体が動き出し、その場の者達を襲い始めています。偶々居合わせた私自身が伝令に赴き、ボードウィン卿は現場に残り、指揮を採っている状態です」


 エクターのまとめられた報告で更にその場にいた人間がざわめく。臨時の救護所は正門とはまた別の方向にある。

 同時に二点を攻められたという事だ。


「舐めた真似を……!ここはキャメロットだぞ!決して魔術に屈せぬアルビオンの(かなめ)!このような侵略、侮辱以外の何物でもない!」


 その場にいた者達全員にウーサーは一喝した。


「今すぐ正門前の暴動を速やかに鎮圧せよっ!!ボールス!お前が指揮を採れ!伝令の兵はボードウィンに現在の状況の伝達と、その臨時救護所の掃討を一任するという(めい)を伝えよ!他の者も所属に従い、各自防衛に当たれ!良いかっ!これ以上好き勝手に城を蹂躙させるでない!」


 はっきりと返事をしたのはボールスくらいで、他の兵や貴族達はまだ戸惑っている。

 それに関わらずウーサーは部屋から全員を一喝し、追い立てた。


「わかったのなら、さっさと行け!!」

「は、はいぃ!」


 情けない。情けない。情けない。情けない。情けない。

 どいつもこいつも腑抜けている。


「陛下、私はいかがいたしましょうか」

「お前はどう思う?」


 唯一部屋に残ったエクターがウーサーに指示を仰ぐ。しかし、ウーサーは逆にエクターにこの状況を聞きなおした。

 頭の中は沸騰している。だが同時に冷静な部分、歴戦の感が告げている。

 この暴動を裏で操っている魔術師がいるはず。その者の狙いがわからないとすれば、出入口の死守は絶対としてもこの二か所は囮の可能性もある。

 そういった細かい謀略に対するのはエクターの役割だ。


「陛下と同じく。魔術師が裏で糸を引いていると考えています。しかもこの二か所は恐らく陽動でしょう。何かしら別の目的か侵入経路を考えている可能性が高いかと」


 順当に考えれば賊が狙うとすれば、宝物庫、武器庫または愚かな命知らずであった場合はこの王の首。

 しかし―――ウーサーにはそれよりも敵の狙いがはっきりと見えているような気がした。


「……エクター、貴様は離塔に迎え。隠し通路を使ってイグレーヌをこの部屋まで。暴徒鎮圧までこの部屋への出入りを禁ずる」

「……畏まりました」


 エクターはその命令だけでウーサーの意図を読み取ったのだろう。静かにかつ迅速に謁見室を後にした。

 命令は冷静に口にしたものの、エクターが謁見室から出て行き、一人になると腹の底から怒りがまたふつふつと湧きたってくる感覚に神経が研ぎ澄まされてしまう。

 城の盲点をつき、まるで嘲笑うような敵の手法。そして死者を愚弄する魔術。狼狽える兵と使い物にならない騎士。

 王宮に魔術師に攻め込まれるなどあってはならぬ事を……!

 ウーサーは一人、玉座の肘を力いっぱい握りしめ、唇を噛みしめた。


 来たのか……?やはり本当にあの男が……。


「……ゴルロイス」


 ぎりっと自分の歯が軋んだ。




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