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優しく淡い光り。午後のひだまり。そよぐ風。
気持ちいいお昼寝日和だ。
「―――」
それなのに。
「―――」
どうして、泣いてるの?
白い空間にこちらを向いてうずくまる一人の女の子。同じ景色を以前にも見たことがある。
海音……?
「―――」
バカだなぁ。
泣かなくったって大丈夫。
あんたがやることは全部不思議と上手くいっちゃうんだから。
「お……て……」
海音だけじゃない。向こうを向いて立ったまま泣いている人達。
よく知ってる偉そうな背中と優しい背中が、一つずつ。
マーリンも、アーサーも泣かないで。
大丈夫。大丈夫だって。
三人とも私なんかとは違うんだから―――。
「―――て…………さい」
違う。
泣いているのは海音でも、マーリンでもアーサーでも、ない。
この子は―――
目の前で、うずくまり静かに涙を流す少女には見覚えがある。
「バン…………シー…………?」
「気づいて良かった。湖の乙女、代行者」
ソファに座った佐和の前、部屋の中央の床の上にバンジーが座りこんでいた。その瞳から涙が次から次へと零れ落ちていく。
どうやらいつの間にか佐和もうとうとしてしまっていたらしい。半分覚醒しきらない頭でその光景を不思議な気分で見ている。
「―――って、何で泣いてるの!?バンシー」
慌ててバンシーに駆け寄ろうとするが立ち上がれない。
そうだ。よく考えたらマーリンを膝にのっけたままだった……。
佐和の大声にもマーリンが起きる気配はない。具合が悪いのだから当たり前といえば当たり前だ。
本当はもう少し寝かせてあげたかったんだけど……仕方ない。非常事態だし。
「マーリン、起きて。バンシーが」
マーリンの肩を揺さぶる。けれどマーリンは小さく唸っただけで一向に起きる気配がない。
こりゃ駄目だ。しょうがない……。
膝の上のマーリンの頭を無理矢理退かせ、佐和は持ち上げたマーリンの頭を自分がいなくなったソファのスペースに置きなおした。そんな事をされているのにも関わらず、マーリンはやっぱり目覚めない。
よっぽど疲れてたんだろうな……。
とりあえず寝ているマーリンはおいておいて、佐和はバンシーの前に座りこんだ。
「どうしたの?バンシー、何で泣いてるの?」
「……代行者……」
白い彼女の肌はいつも以上に存在感が希薄で、今にも掻き消えてしまいそうだ。その薄い頬の上を玉のような涙が零れて行く。そして頬を伝った涙が落ちると、涙は真珠に変わり床の上を小さく跳ねた。
すごい、綺麗……。
失礼かもしれないけれどその姿は幻想的で儚げで、見る物を惹きつける不思議な雰囲気がある。見惚れそうになった佐和は自分に喝を入れた。
って、呆けてる場合じゃないって……!
「どうしたの?バンシー、何かあったの?」
「来たのです……」
「来た?何が?」
「来てしまったのです……この時が……」
バンシーは佐和の顔を見上げ、ただひたすらぽろぽろと真珠の涙を零す。
その涙を見ていた佐和の脳裏に突然、一つの予感がよぎった。
待って。
確か私の知識が正しかったなら、名家に仕える妖精のバンシーが泣く時っていうのは……
瞬間、
城の異常事態を知らせる警鐘が大気を震わせた。
***
「……さて、時は満ちた」
疫病に侵され、沈滞するキャメロットの都を見下ろしゴルロイスは呟いた。
背後のモルガンとエイボンに普段と何ら変わらない口調で命令を下す。
「エイボン、お前は計画通り彼に接触を」
「りょーかいー」
「モルガンは私と来るがいい」
「はい」
「それでは行こうか」
まるで庭の散策に出かけるような口調でゴルロイスはキャメロットの地へと降り立った。