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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 魔術師強制収用所、再び
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page.278

       ***



 誰の目にも見つからないように慎重に王宮内を移動して、佐和はすっかり慣れてしまった書記室に足を踏み入れた。入口の書記官は相変わらず起きているんだか眠っているんだかわからない状態で、一応以前もらった許可証を見せながら中に入る。

 上の階、陽の当たらない通路の奥。梯子を使って目的の本を見つけた佐和はその本を開き、今まで存在しなかったはずの扉を出現させて開けた。


「マーリン」


 マーリンと以前発見した魔術書が大量に保管されている書記室の秘密の書庫。ここ最近、マーリンは少しでも時間を見つけてはこの場所に通い詰めていた。


「……サワ」


 その顔色はやっぱりあまり良くない。

 マーリンは魔術師強制収容所で見たあの共感魔術―――キャメロットに疫病を振りまいている魔術をどうにか解除できないかと連日連夜時間を見つけては通いつめ、ここの書物を読み漁っているのだ。


「やっぱりまだ見つからない?」

「うん……だけど、原理は何となくわかった」


 マーリンが散らかった机の上を手で払い、持っていた本の一ページを佐和に開いて見せた。そこには大きな赤い魔方陣と文が載っている。こちらの世界の文字とはまた違う独特の魔術の字は佐和には解読できない。


「これ、強制収容所にあったのと同じ魔方陣?」

「たぶん。どうやら血で描いたキャメロットの地図にキャメロットの街自体との縁を結ばせる高度な補助魔術の陣―――触媒って言ってもいいかもしれないけれど、そういった効果を持つ物みたいだ」

「普通、地図を引っ掻いただけでその国を真っ二つに割るなんて魔術は使えないもんね」

「そう、その通り。血で描いたとはいえ本来キャメロットの街を模した絵だけで共感魔術を発動するなんてできない。それをこの陣は補助している。そして陣のエネルギーになっているのが魔術師達だ。それだけじゃない。魔術師達は実際に自分達に病をかける事でキャメロットのその位置にいる人間に共感魔術を使って疫病を伝染させてるんだと思う。実際、疫病の流行が激しい地域と魔術師強制収容所で既に黒く変色していた魔術師がいる場所は一致する」

「何で……そんな事……」


 自分達を犠牲にしてまで彼らはキャメロットに復讐したかったのだろうか。

 佐和のその質問にはマーリンも表情を曇らせた。


「わからない……単に、王政への復讐なら王宮だけかければいいのに……他の人も巻き込むなんて正気じゃない……」

「……やっぱりまた誰かに洗脳されてるとか?」

「いや……あの頃よりは俺の力は強くなってる。洗脳魔術がかけられてるなら多分わかったと思う」

「じゃあ、自主的にやってるって事……?」

「……うん」


 益々理由がわからない。確かに彼らは魔術師じゃない普通の人間を、自分達を差別し苦しめてきた人達を恨んでいてもおかしくはない。

 でも、それって自分の命をかけるまでの事……?

 それにブリーセンの言葉が気になる。


『あの人がそう教えてくれたから』って……。


 そこでイグレーヌの儚い姿が脳裏に過った。その映像を必死に頭から振り払う。


「もしかしてこれもモルガンの仕業?」


 キャメロットに害を成そうとする魔女と言えば彼女だ。あの冷徹な笑みを思い出すと背筋に冷たい風が吹き付けた気になる。

 佐和の推測にマーリンは難しそうに眉間に皺を寄せている。


「……俺もそう考えた。だけどモルガンの魔術っていうよりはどちらかというと……ラグネルの呪の城の魔術に雰囲気が似てるんだ……」

「それって……!」


 霧に包まれた湖上の城。そこには生きる屍となった騎士と呪われ醜い老婆の姿にされたラグネルがいた。そして彼らにそんな魔術をかけた二人の内の一人の正体は確定している。


「ゴルロイスが関わってるかもしれないって事……!?」


 マーリンが頷く。

 魔女モルガンの、そして数々の事件の裏で暗躍し、未だその目的が謎に包まれ、正体すら本当のゴルロイス公なのか掴めていない相手。


「もし、マーリンの言う通りなんだとしたら……もうとっくにキャメロットに入られてるって事じゃないの?!」

「……そうかもしれない」

「……アーサーに言えればいいのに……」


 マーリンが浮かない顔をしている理由がわかった。

 ブリーセンの事だけじゃない。ラグネルに呪をかけたゴルロイス公を名乗る魔術師が今回の疫病の犯人だとしたら、マーリンには太刀打ちできないのだ。

 それは前のラグネルの呪を解けなかった事ではっきりわかっている。

 あの魔術を無理矢理マーリンが解くことはできないとマーリン自身が断言していた。だとすれば、今回のこれもマーリン一人の力ではどうしようもないのかもしれない。

 しかも最悪なのはゴルロイスが既に懐に入っているかもしれない事をアーサーに伝える事ができない事だ。

 何でそんな事を知っているのか理由を聞かれても答えられないし、正直に話せばマーリンが魔術師である事がばれてしまう。


「……ブリーセンがいた場所、覚えてる?」

「……?う、うん大体は。でも地図でいうとどこかまでは……」


 少なくとも貧民街からは離れていたはずだ。そうじゃなきゃマーリンは今頃もっと取り乱している。


「……ブリーセンがいたのは魔術師強制収容所の上だった」

「……どういう事?」


 マーリンは「推測だけど」と小さく前置きをしてからここ最近寝る間も惜しみ、文献に当たって得た知識を元に組み立てた推論を佐和に説明してくれた。


「たぶん……あの魔術は疫病にかかる順番も決まってるんだ。それでいけばブリーセンは最後のはず……魔術師強制収容所の人が病にかかったら共感魔術は使えなくなる。だから……あそこにブリーセンがいるのは意味が無いはず……なんだ」

「……それなのに、あそこに配置されてる?」

「そこに……何か解決のヒントがあるかもしれない。それにいきなり王宮を狙わないのも気になる。この混乱に乗じてもしかしたらゴルロイス達は何かするつもりなのかもしれない」


 ……すごい。

 たった数日。それだけの間にマーリンは自分を立て直し、必死にブリーセンを、このキャメロットを救うために連日連夜自分を削ってこんな推論を立てるまでに至っている。

 いや……そうじゃない。

 普段の無口ぶりからは信じられないほど魔術の理論を滔々と説明し続けるマーリンに違和感を感じ、佐和はマーリンが話している最中である事にも構わず、無理矢理マーリンの首筋に両手を当てた。


「さ、サワ……!?な、何?」

「やっぱり……!マーリン、熱がある!!」


 高熱というほどではない。だが見れば顔も赤いし、汗もかいている。疫病にかかったというよりもこれは。

 完全な知恵熱と疲労じゃん!!


「……な、無い。熱なんて無い。すこぶる快調」

「マーリンがすこぶるなんて言葉使う時点でおかしいって!」


 やけに饒舌だと思ったら魔術の事を説明しているからというだけではなかったようだ。


「ここ最近、魔術師強制収容所から帰って来てから、マーリンずっと調べっぱなしだったでしょ!いつ!?最後に寝たの?!」

「……昨日」

「ウソつけ!!」


 よく見れば目も潤んでいる。完全な風邪の初期症状だ。


「大丈夫。王宮はあの陣の順では後の方だからここから離れなければ、疫病にかかる可能性は今の所は無いから体調が少し悪いくらいで感染することは無い」

「それとこれとは話が別だって!」


 無茶をしているとは思ってた。だけど、ブリーセンの事を思えばしょうがない事だとも思った。

 だからなるべくアーサーの事は佐和が引き受け、マーリンには一人であの魔術について調べてもらっていたのに。

 目を離した途端、こんなに無茶して……!!


「こんな状態で、それこそゴルロイス達が何か仕掛けてきたらどうするの!?体調が万全じゃない状態で勝てると思う!?」

「だいじょうぶ」

「だいじょうぶじゃない!」


 全く……!!

 佐和は秘密部屋の奥のソファの上に山積みにされた本を床にどかして、マーリンが寝られるだけのスペースを無理矢理作った。よく見るとソファの端に毛布がかけてある。埃だらけかと思いきや、そこまでではなさそうなので無いよりはマシだとそれを何度か叩いて持ち上げる。


「……サワ?何して……」

「はい!寝る!!」

「え?いや……」


 ソファをびしっと指さした佐和の勢いにマーリンが気圧されている。狼狽えたマーリンが佐和から顔を逸らして机に向かう。


「俺はまだ調べなくちゃ……一刻の猶予も……無いから……」


 そう言いつつ佐和に指摘された事で本人も自覚してしまったのかもしれない。

 言葉がしんどそうに途切れ途切れになる。


「ほら!無理してる!」

「してない。してない」

「してるって!」

「でも、休んでる時間は無いんだ」

「そのままやってる方が効率悪いよ!」

「いいんだ……休める気もしないし……」


 マーリン?

 熱のせいなのか。彼のとび色の瞳が滲んでいるように見える。

 マーリン……手、震えてる。


「……怖いんだ。何もしてない方が。また手遅れになるんじゃないかって……」


 そうだ。

 この病気は―――マーリンの大切な人達を攫って行った原因そのもの。

 マーリンが平静でいられるわけがなかった。

 しかもブリーセンはその病気にかかるまでのカウントダウンをこうしている間にも刻み続けている。


「もう……院長先生や……ミルディンみたいな犠牲者は出したくない……」

「……マーリン」


 苦しげに頭を抱えるマーリンは本当に辛そうで。

 だが逆にその姿を見ていると余計休ませなければならないという思いが強くなる。


「……マーリンの気持ちはわかった。私だって逆の立場なら寝てなんていられないと思う」


 海音が死んで、湖の乙女の代行者になる事を決めてから、佐和だってひたすらに突き進んで来られたわけじゃない。

 夜眠りにつく前にはしょっちゅう考えてしまう。これで良かったのか。本当にこのままで大丈夫なのか。どうしてこんな事になっちゃったのかって。


「でも、休憩取らなかったら余計効率は落ちるんだよ?走ってるように見えて、実は全く進んでないの。単なる自己満足になっちゃう」


 少しきつい言葉かもしれないけれど、マーリンを休ませるにはこれぐらいきつく言わないときっと説得できない。


「だからブリーセンを助けるためにも、少しだけで良い。横になって。横になるだけでいいから。身体を休めて」


 佐和は持っていた毛布をマーリンに差し出した。


「そしたらいつもみたいに私が感動しちゃうような事、マーリンならできる。でもそんな状態じゃできる事もできないよ。だから、ね?」

「サワ……」

「大丈夫!寝過ごしそうになったら起こしてあげるから」


 何となく毛布を受け取ってしまった様子のマーリンの背中をソファまで押していく。

 諦めがついたようでマーリンは大人しく佐和にされるがままソファに座り込んだ。


「……わかった。じゃあ一つだけお願い」

「何?」


 マーリンは二人掛けのソファの半分に座り、横の棚に頭を持たれかけて眠る姿勢に入った。その事に安心していた佐和はすっかり油断していた。

 毛布からマーリンの手が伸びてくる。


「一緒にいて」


 そのまま手を引かれ、佐和はマーリンの横に簡単に座らされた。

 ……あれ?

 あれ?何この体勢!?ちょっと……!

 立ち上がろうとする前にマーリンが佐和の膝の上に横になってしまう。

 ―――いわゆる膝枕状態。

 ………………。


 ―――ぎゃああああ!!?


「ちょ……!?マーリン!!」

「痛い?」


 う……!!

 そんな弱り切ったうさぎさんのような目で見られると言葉に詰まる。

 これがアーサーやケイ、ガウェインならはっ倒す。だが、マーリンの精神状態を鑑みればこれぐらいの事はしてあげるべきなのかもしれない。

 私がものすごく恥ずかしいのは我慢すればいいだけ……!!そう!我慢……!!


「痛くは……ないけど……」

「駄目……?」


 いつもは釣り目がちなマーリンの目が今日は微熱のせいでとろんとしている。それが妙に可愛いような気がして、佐和は顔が熱くなった。


「駄目なら……寝ない」


 挙句ふてくされる始末。これは多分熱のせいでマーリンも多少おかしくなっている。

 ……しょうがない。腹……くくるか……。


「……いいよ……そのかわり、変な匂いとか硬いとか言ったら拗ねるからね」

「柔らかいし、気持ちいいよ。匂いも―――なんだか落ち着く」

「わざわざ嗅がなくていいんだってば!!」


 佐和がぎゃあぎゃあ喚いているというのに、気が付けばマーリンは小さな寝息を立てて寝始めている。よっぽど疲れが溜まっていたらしい。

 もう……。

 人生初の膝枕はくすぐったくて……あったかい。

 あと、重い。

 マーリンが起きなかったらそこそこ寝かせちゃうつもりだったけど、これは私の膝の方が先に限界を迎えるな……。

 ふと下を向くとマーリンの規則正しい呼吸で上下する身体の動きに佐和まで気持ちが安らいできた。

 おかしいよね。

 外では刻一刻と人が死んでいって。

 強制収容所ではブリーセンが危機を迎えている。

 アーサーは解決のために走り回っているのに。

 こうして私とマーリンはお昼寝をしている。

 正確にはマーリンはついさっきまで頑張りすぎっていうぐらい頑張ってたわけだけど。

 それでもこの部屋には外の状況が全部夢なんじゃないかと思えるほど、穏やかな時間が流れ出した気がした。

 おかしいな……。

 この部屋に窓なんて無いはずなのに、どこかからか差し込んでくる陽光に気が付けば佐和もまどろんでいた。




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