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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 魔術師強制収用所、再び
277/398

page.276

       ***



「マーリン、これ…………何?」

「…………わから……ない……俺も今……ようやくここに……辿り着いて……」


 マーリンの瞳が揺れる。

 あからさまな動揺。

 創世の魔術師である彼でさえ理解できないことが今、目の前で起きている。


「これも…………魔術…………なの……?」


 講堂めいいっぱいに広がる魔方陣が淡い光りを放ち、その線に沿うようにして魔術師達が横たえられている。壮絶な光景を目で追っていた佐和の横から突然何かに気付いたマーリンが飛び出した。


「……ブリーセン!」


 マーリンが他の魔術師を()けて、離れた所にいたブリーセンに駆け寄って行く。彼女もまた他の魔術師と同じように床に横たえられていた。


「ブリーセン!」


 マーリンがブリーセンを抱き抱えようとした瞬間、佐和にも聞こえるぐらい大きな電気が弾けるような音が走った。まるで見えない壁に阻まれるようにマーリンはブリーセンに触れる事ができない。


「ブリーセン!」

「……ミ、ミルディン…………?」


 マーリンの声に微かにブリーセンが反応する。気怠そうに瞼を薄く開いたブリーセンは不思議そうにマーリンを見上げた。


「……なんで……ミルディンが……ここに……?」

「ブリーセン、一体何があったんだ!?」


 何度か瞬きをしたブリーセンだが、それでもまだ眠たそうに瞼を閉じかけている。


「なにって……これ……の事?」

「そうだ!こんな魔法陣見たことない!一体これは何なんだ!?」

「うう……」


 その時、ブリーセンから離れた場所に横たわっていた男性の魔術師がうめき声をあげた。苦しげな呼吸。体もまるで泥の底にいるかのような動きで、彼は喉元に苦しげに手を当てている。


「うう……ああっ……!」

「マーリン……あれ……」


 苦しげにうめいた魔術師の肌が見る見るうちに黒く変色していく。染みのようなそれが魔術師の体をゆっくりと覆い始めた。


「うう……ああ……あぁ……!」


 声も小さくなり、最後には魔術師の体は真っ黒な消し炭のようになり、苦悩の表情のまま動かなくなった。


「な……何、あれ……」

「あれは……」


 戸惑う佐和と違ってマーリンは動揺している。この表情はあの時と同じ。

 従者部屋で苦しげに過去の―――カーマーゼンでの出来事を佐和に話した時と同じ表情。


「何だ!?ブリーセン!何で……こんな……!これは一体……!?」

「……心配……してくれるんだ……なんだ……私の事なんて……どうでも良いのかと思ってた……」

「そんなわけない!」


 叫んだマーリンを見て、ブリーセンが笑みを溢す。あれだけ佐和に食ってかかっていた覇気はどこにも見当たらない。


「嬉しいなぁー……やっぱり、こうして正解だったんだぁ……」

「何を言ってるんだ……?お前も見ただろ……今、他の人が黒く……」

「そうだよ……これは……魔術。ごめんね、ミルディン。私がミルディンに言った事、間違ってた……ミルディンはお母さんを殺したりなんてしてなかったんだね……」

「……どういう……」


 戸惑うマーリンにミルディンという昔の名でブリーセンは語り続ける。

 佐和にはそれが、まるでマーリンを昔のトラウマの沼へと(いざな)う引導のように聞こえた。


「だってカーマーゼンで流行った疫病は魔術だったんだもん。しかも一人じゃかけられないような。私達がこんなに協力して、やっとだもん。犯人はミルディンじゃなかったんだね……」

「ブリー……セン……?」


 目の前のマーリンはブリーセンから聞いた事実を身体中で拒否しているようだった。

 動きがぴたりと止まる。

 カーマーゼンで流行った疫病は魔術……?

 そして『私達がこんなに協力してやっと』

 この二つの言葉が指し示す真実に佐和も愕然とした。

 思わず一歩下がったところで気づいた。講堂中に張り巡らされた魔方陣。それは淡く黄色い光を放っているが、その下に赤いペンキで何か(えが)かれている。

 いや……ペンキじゃない…………これは…………血だ。

 血で描かれた図柄には見覚えがある。


「まさか……そんな……」


 マーリンが佐和の心を代弁してくれる。

 そのおかげか、少しだけ震えている指はしっかり動いて、ポケットにしまっておいたアーサーの巡回メモを開く事ができた。

 そこに描かれたキャメロットの地図と足元の血で描かれたものが同じ物であることに、何も言えなくなる。

 この疫病は……本当に魔術のせいだった。

 そして今まさにこの講堂いっぱいに血で描かれたキャメロットの地図とそれに沿うように横たえられた魔術師。

 これは……この疫病は……共感魔術による……呪いって…………こと?

 実際、今目の前で消し炭のように黒く変色した魔術師のいた場所は―――血で描かれた地図上だとキャメロットの貧民街だ。

 疫病は……貧民街から広がってるって言ってたっけ……。

 よく観察してみると既に何人かの魔術師が黒い石像のように苦悶の表情のまま固まっている。そのどれもがキャメロットの地図の貧しい者が暮らす場所に横たわっている人達だ。


「ブリーセン!一体、誰だ!?誰がこんな事!!」

「なんで怒るの?ミルディン……これでようやく私達は普通に暮らせるんだよ……」

「何言って……」

「これはクーデターなんだよ……そう、革命なの」


 声は弱々しいのに、ブリーセンの瞳は爛々と輝いている。その落差が佐和には不気味だった。


「だっていくら言っても、何をしても、私達魔術師はこの世界じゃ弱者で黙殺される存在。だから私たちはここにいるって証明してやるの。虫けらみたいに私達を扱ってきた奴らに私達の力を見せつけてやるの」

「ブリーセン!それは違う……お前はきっとまた洗脳されて……」

「ミルディンこそ何言ってるの?これは皆で決めた事。ここにいる魔術師全員。皆同じ覚悟でこの魔術に臨んでる」


 ブリーセンの目だけがぎらぎらと何かに突き動かされている。


「この世界をちゃんとした場所に戻すの。もう腐った世界にさよならするの。そうすればまたお兄ちゃんとも会えるんだよ、ミルディン」

「ブリーセン……ミルディンは……マーリンはもう……」

「大丈夫。あの人がそう教えてくれたから」

「あの人……?」


 魔術師達を洗脳していた教師コンスタンスはマーリンが退けた。

 洗脳に使われていたはずの道具も全部破壊した。

 それなのに、ブリーセンはまだ希望に縋るように『あの人』とやらにしがみ付いている。


「一体誰なんだ!?お前にそんな事を吹き込んだ奴は!」

「……ごめ……もう……眠いや……おやすみ……ミルディン……」

「ブリーセン!!」

「次に目が覚めたら……仲直り……しよ。新しい世界で……一緒に……」

「ブリーセン!!」


 目の前でブリーセンが瞼を閉じた。

 彼女からも小さく寝息が聞こえてくる。

 死んだわけじゃない。だけど……これは……。

 ただブリーセンの様子を見に来るだけのつもりが、とんでもない事実に突き当たってしまったのかもしれない。


「くそっ……!!何で触れないんだ……!!」

「……マーリン」


 その後、マーリンは何度もブリーセンと自分を阻む壁を叩き、魔術をかけ、どうにか彼女を解放しようとがむしゃらに呪文を唱え続けていた。




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