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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 傍観者の賭け
275/398

page.274

       ***



 佐和の言葉にケイは何も言わない。ただじっと佐和を見つめるだけだ。

 こんな風に誰かと真剣に目を合わせたのなんて、いつぶりだろ……。

 社会人になってからそれこそ見ていたのは相手の目ではなく、顔色ばかりで。綱渡りのようなそれを直視すれば渡れなくなることを知っていたから。

 見ないふり、気づかないふりばかりが癖になって。

 それが嫌で、そして隠れてこっそり涙ぐむ。

 会社のトイレで一人きりになると、起伏の少ない絶望と喜び、悲しみと楽しさの波の狭間で気持ちが凪いだ。

 だから私は脇役で終わるんだって。

 脇役だからその程度なんだって。

 ここでもそれは変わらない。マーリンとアーサー、二人の物語に登場する人物A。それでも幕が開いたからには逃げ場はないとカメリアドで気付かされた。

 だからせめて今、自分にできる精一杯を。

 脇役の役目を果さなければ。

 そして、これが今の私ができる精一杯……。

 死刑判決を待つ罪人のように緊張する。心臓が五月蝿い。息が苦しい。


「…………本当に今、サワーとマーリンがやろうとしてることはアーサーのためになるって誓える?」

「誓える」

「何に懸けて?」

「え?」


 てっきり信用してもらえたのかとぬか喜びをしたのも束の間、ケイは面白い物を見る目で佐和の価値を計っている。けれどその瞳の奥の温度は優しくない。冷静に佐和の価値を値踏みしている。


「何に懸けて、誓える?」


 何に……懸けて……?

 そんな質問が飛んでくるなんて思わなかった。予想外の問いかけに佐和は考え込んだ。

 この誓いは本当に大切な誓いだ。だからケイに示す物も最も重くなければならない。


「…………命にかけても」


 自分が知る限り最も重い言葉を口にすると、甘い甘いと言わんばかりにケイは指をふった。


「……ダメ?やっぱ……私の命なんかじゃ足りない?」


 こんなつまらない人間の命にそんな価値はやっぱり無いんだ……。

 それでもこれは約束の代償としては佐和が知る限り最も重いもののはずだったのに。

 それすら駄目なんて……。


「そうじゃないよ、サワー」


 うつむきかけた佐和にケイが笑いかける。


「サワーはさ。自分の事をすごく低く見積もってるだろ?そんなサワーにとってサワー自身の命はサワーの中で優先順位がそんなに高く無いんだよ。だから簡単に言える」


私の……価値……。


「だから俺にサワーの命じゃなくて、サワー自身が一番失えない物で誓って」

「私が一番失えない物……?」


 そんなのは……もうなくしてしまった。

 …………海音。

 冷たく青い洞窟に今も一人揺蕩(たゆた)っているはずの妹。

 しかし、ケイは佐和が頭に浮かべたのとは違う事を示した。


「そうだな、例えば…………マーリンの命」


 その瞬間、ひゅっと身体から熱が引いた。

 マーリンの……命……。

 海音が瞼を閉じ、横たわる映像が一瞬でシャットアウトされ、代わりにあの不器用な笑顔が色鮮やかに脳裏に描かれていく。

 私なんかよりもっと重い……マーリンの命……。


「サワーはこういう時、嘘をつかない。そんなサワーがマーリンの命に懸けてもって言える?もし、本当に誓えるなら、それは本気の覚悟だ」


 震えそうになる膝に力をこめ、佐和は真っ向からケイを睨み付けた。


「……誓えるよ」


 ケイの言う事は正しい。自分の命ならあんなに軽々しく言えたのに懸けるのはマーリンの命だと言われた途端怖くなった。

 それでも、これは嘘じゃないから。

 嘘になんかさせられないから。

 弱気な自分を押し潰して、佐和は誓った。


「マーリンの命にかけても。今やっていることはアーサーの為になる。誓う」


 ケイはしばらく佐和を観察していたが、少しするといつも通り相好を崩した。


「わかった。信じるよ―――アーサーの名に懸けて」

「あ……ありがとう……!」


 最期に付け加えられた一言に感無量だ。

 それどころかケイはいたずらっぽく「何ならイウェインの名前も足しとく?」なんて言ってくれる。

 ケイ……本当にありがとう。

 どれだけ感謝の言葉を言い尽くしても言い表せない。でも今は謝辞を述べるよりも急いでやらなければならない事が残っている。

 そう―――ケイに誓ったように、アーサーのために。


「じゃ、私。もう行くね……!」

「ちょっと待った」


 今にも走り出そうとした佐和を引き止めたケイは手に持っていた紙を一枚取り、さっと何かを書きつけて差し出してきた。


「何、これ?」

「俺の名前入りの許可証。でっちあげだけど、一般兵ならこれで誤魔化せるはずだ。アーサーの使いで特別に走り回ってるって旨で書いといたから他の兵士に見つかったらこれを見せて見逃してもらえばいい。ま、なるべくなら使わないでもらえると在り難いけど。他の騎士には通用しないから」


 そう言って軽く片目を瞑ったケイに佐和は頭を下げてすぐに駆け出した。

 ……ありがとう、ケイ。

 きっとケイはマーリンと佐和が魔術に関わっている事に勘付いている。

 そしてアーサーを変える事を期待してくれている。

 その信頼に答え、結果マーリンとアーサーが新しい時代を切り開くためにも。

 佐和は手元のケイのくれた書類を握りしめた。


 今は魔術師強制収容所へ―――!!




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