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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 傍観者の賭け
274/398

page.273

       ***



「ケイ卿、どうかされましたか?」

「いや、何でも無いよ」


 突然の佐和の登場に多少驚いたようだが、ケイはすぐにいつも通りのへらへらとした笑顔を兵士たちにも向けた。


「わざわざ報告ご苦労さん」

「いえ、任務ですので。いかがいたしますか?この者の処遇は?」


 さぁ、ここからが本当の賭の始まりだ。

 アーサーが佐和に投げつけたメモ。つまり改善前の巡回計画を見て佐和がマーリンに早朝を薦めた一番の理由はここからにある。

 巡回は兵士が三人一組で回り、何組かの兵士を騎士一人で統率している。もしどちらかが囮になって兵士にわざと見つかった場合、兵士が佐和達が王子の従者であることに怯んでその場で解放してくれれば良し。万が一、怪しまれても一般兵に王子の従者を裁く権利はない。必ず巡回の統率者である騎士の判断を仰ぐはず。

 そしてこの時間帯、このエリアを任されている騎士はメモではガウェインだった。しかし、ガウェインはラグネルの一件があったのでアーサーは「外す」つもりだったはず。前日の急な変更にウーサーの騎士を使うとは考えにくい。あのメモに名前の無かったアーサーの騎士はただ一人―――ケイだけだった。


「ちょっと事情を聞くからその間、待機しててー」

「了解です」


 ケイの命令を受けた兵士が離れて行く。話の聞こえない所で佐和の処遇の行く末を待つことになったようだ。

 これなら確実にマーリンは強制収用所に入れる。


「さて、と」


 兵士を見送ったケイが振り返る。

 いつもと変わらない笑顔なはずなのに、どこかその瞳の奥が冷たい。


「どういう事か説明してくれるかな?……サワー」


 ここからが本当の賭……。

 アーサーの騎士の中で最も親しみやすく、気安い。というのが下働きの人や兵士達のケイへの印象だと佐和は感じている。実際さっきの兵士もウーサーの騎士に対しての態度と違って気楽に相談できているという雰囲気だった。

 だけど……本当はたぶん、アーサーの騎士の中で一番与(くみ)しにくいのはケイだ。

 ケイは誰にでも分け隔てなく優しいように見えて、その実アーサーに益のある人間にしか善意を振り撒かない。

 彼が王宮で道化を演じているのはアーサーが王になる前に味方勢力とはより親しく、敵対勢力には潜り込みやすくするためだと佐和は考えている。

 だから……ここで私が返答をミスれば他の皆と違って、ケイは普通にウーサーに私を差し出す。

 逆に……ケイさえ味方につけてしまえばこれ以上無いバックアップが得られる。

 この先、マーリンがアーサーを隣で導くためには理解者が必要になる……。

 それは、ケイ以外には考えられなかった。


「……ごめん、ケイ。ほんとは夜間外出禁止令の解除時間勘違いしてたとか、嘘」


 素直に切り出した佐和をケイは面白い物を見るような目で見ている。


「そうだと思った。慎重派なサワーがそんなヘマするはずないもんな。マーリンならともかく」


 そっか……私はそんな風にケイから思われてたんだ。

 でも当たりだ。私は石橋を叩いて叩いて叩いて、別の迂回路も検討してから渡る性格だもん。自覚してる。

 ―――だから今、ここにいるんだ。


「マーリンは一緒?」

「さっきまで一緒だったけど、今は別行動」

「ふーん、それでサワーは何でこんな早朝に危ない橋渡ってまでこんな所にいるのかな?事と次第によっちゃ、牢屋行きになっちゃうよ?」


 ほら、やっぱり。

 おどけて言ってるけど、多分本気だ。


「それとも、俺なら見逃してくれると思った?」

「思った」


 佐和の即答にケイの目が光る。


「……俺はそんなに優しくないぞー。サワー?少なくともサワーが何でこんな時間帯に出歩いてたのか、よっぽどの事情が無い限り斟酌してあげられないよ。俺だけに見つかったならまだしも、さっきの兵士達がもうサワーを見てる。これで無罪放免でサワーを解放しちゃうと色々角が立っちゃうって、サワーならわかるよね?」

「うん……だから、ケイのいる時間帯にしたの」

「……どういう事かな?サワー。君は……何をしようとしてるんだい?」


 ケイの最後の問いかけに、佐和は小さく息を吸ってからしっかりと答えた。


「アーサーの為に、なる事」


 その返しに少しだけ唖然としたケイは口元に手を当て忍び笑いをし始めた。


「俺にはアーサーの為って言えば何でも許してくれるって思ってなーい?サワー」

「思ってるよ」


 笑っていたケイが真顔で佐和の顔を見据える。

 怖い。表情が怒ってるわけでも、取り乱しているわけでもないのに、目が冷たい。

 それでも……ここで、やらなきゃ。


「ケイは本当にアーサーの為になる事なら私達を見逃してくれると思う。ごめんね。何をしにこんな時間に出て来たのか、今、私の口からは言えない。でも絶対に今ここにいることは将来アーサーの為になる。それだけは保証する」


 ケイは静かに黙ったまま答えない。

 当然だ。私が言ってるのは「後ろめたい事今やってる真っ最中です。でもいずれアーサーのためになるから許してね!」なんて頭の悪そうな言い訳にしか聞こえない事なのだから。

 それでも……これは本当の事。信じてもらうしか道は無い。


「……サワー、そんな曖昧な理由で俺が納得すると思う?」

「納得は……してもらえないと思う。っていうか説明もしないで納得してもらうっていうのは無理だと思う。だって理解できる説明が無いんだもん」

「そうわかってるなら、何で俺を選んじゃうかな?イウェインやガウェインの方がよっぽど情に篤いと思うけどなー」


 そう言ってケイは笑う。

 勿論佐和だって他の騎士でもシュミレーションはした。

 だけど、どうしてもケイじゃなきゃダメだ。


「ケイが一番、私達に賭けてくれてるから」


 その一言にケイの目の色が変わった。

 あの時、イウェインへの想いを佐和に悟られた時と同じ、青年らしい澄んだ丸い目。


 元々おかしいと思ってたんだ。


 普通王子の従者は貴族子息、子女がなる。下働きとはいえ一線を()した身分の仕事だ。

 それなのにケイはわざわざ一般市民、それも奴隷売買の事件でたった数日共に過ごしただけの佐和とマーリンをアーサーの従者に仕立てあげた。

 アーサーのためならきっとこの人は何だってできる。

 あの時、私達をアーサーの従者にしたのには何かしらの目的があるとしか思えない。だとすればあの事件を思い返してみて思い当たる可能性は一つ。


「……そんな言葉遊びみたいな物で俺が頷くと思う?」

「……ううん。でも…………」


 きっと、ケイは……私とマーリンが魔術に関わっていることに気づいている。

 だからこそアーサーの従者にマーリンと佐和を選んだんじゃないだろうか。

 周囲の心無い噂と陰口によって魔術師を異常に憎むようになってしまったアーサーの荒療治として。


 だってケイは見てるはずだもん。マーリンが幻の犬を作ってケイを襲った所を。

 あれを見て感のいいケイがマーリンの正体に気がつかないなんてあり得ない。

 魔術師を憎むようになってしまった王子のアーサーに、王族を変えたいと願う魔術師のマーリン。

 この二人が出会って、共に過ごす事ができたのはあの時ケイが繋いでくれたからだ。

 そしてケイも希望をマーリンに繋いでいる。

 自分の王が元の心優しい、平等と平和を愛する気持ちを取り戻すきっかけを作ってくれるかもしれないと。

 そんなケイに私が言うべき事はたった一つ。

 その言葉が届くかどうか。

 それが私の人生最大の賭の正体。



「……信じて」




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