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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 傍観者の賭け
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page.272

       ***



 王宮前の広場の石畳はどうにか無事通り抜ける事ができた。

 その後も姿を消したまま用心に用心を重ね、城下町の建物の影を移動して行く。

 今のところ、兵士には見つかってない。けど……やっぱり、アーサーの組んだシフトはすごいな……。

 進もうとする度に一回一回、巡回を影に隠れてやり過ごさないと中々進めない。これは姿を隠せない一般人だったら見つからずに悪さをするのは絶対に無理だろう。

 今もまたマーリンに手で誘導され、佐和は建物の影に隠れて通りを盗み見た。巡回の兵士が三人組でしっかり周囲を見渡している。

 じれったい……しかも、心臓にも悪い……!

 かくれんぼをしていて鬼が近づいて来た時の緊張感に似ている。息を殺して兵士達を見ていると、やがて兵士達は別の道に向かって歩き出した。


「行こう」

「うん」


 マーリンに手を引かれ、駆け出す。

 それを何度も繰り返し、太陽が昇り始め周囲が仄かに明るくなってきた頃、ようやく佐和達は魔術師強制収容所の手前までたどり着く事ができていた。

 後はこの先の跳ね橋を渡って、石畳の広場を抜けたら収容所だ……。


「待った、サワ」


 マーリンが素早く物陰に佐和を引き連れて隠れた。

 跳ね橋の手前で巡回兵が立ち止まっている。しかも動き出す気配が全く無い。


「どういう事だ?何で立ち止まってる……?」

「何かトラブルがあって立ち止まってるって感じでもなさそうだね」


 兵士は三人。三人が背中合わせにそれぞれの方向を見張っていて死角が無い。

 困った……。これじゃ、ばれちゃう……。

 いくら姿を消しているとはいえ、跳ね橋の手前にいる三人の横を通り抜ければ気配を感じ取られるかもしれないし、うまく三人を避けて跳ね橋を渡ったとしてもその先の石畳を歩く音は確実に聞こえてしまうだろう。


「アーサーのメモにはあそこに見張りを置くなんて書いてなかったのに……」

「そこが変更点だったのかも……」


 疫病が広まり、備蓄食糧が駄目になってキャメロットの情勢はかなり危うい。だとすれば、収容している魔術師がこの混乱に乗じて悪さをするのではないかと危惧するのは、アーサーの立場からすれば当たり前の事だ。


「こうなったら……無理矢理……」

「駄目だよ、マーリン」


 ローブの懐から杖を取り出そうとしたマーリンを佐和は諫めた。

 強硬策がうまくいけば良い。でもうまくいかなかったとしたら、マーリンが魔術師だとばれてしまう。

 しかも今こんな情勢で魔術師だとばれれば、いらぬ濡れ衣―――それこそ、疫病の原因に仕立て上げられかねない。


「でも……」

「もしうまくいかなかった場合の事を考えて、お願い」

「でも……他に方法が……」

「……あるよ」


 佐和の言葉にマーリンが目を見開いた。

 その顔を見た瞬間、佐和の胃が縮まる。

 本当は怖い……。

 実は、この早朝の時間帯をマーリンに進めたのにはもう一つ、マーリンに言ってない理由があったからだった。

 もし、もしも何かアーサーの巡回案に変更があって、どうしても収容所まで姿を消したまま二人で行くのが難しかった場合、佐和には一つの考えがあった。

 深呼吸し、注意深く佐和はその案をマーリンに提示した。


「……私が囮になる」

「……な、何言って」


 予想通りマーリンの顔に反対の色がありありと浮かんでいる。何か言いかける前に佐和は話を畳みかけた。


「マーリン、どうして早朝に行く事を選んだか考えて」

「それは……夜の方が視界が悪くて兵士は気を張ってる。その逆をついて早朝、目で確認できるようになれば、逆に他の注意は散漫になる。姿を消せて、音を消せない俺たちはその方が見つかるリスクが低いと考えたから……」

「それだけじゃないでしょ」

「……万が一、見つかった場合、早朝なら言い訳ができるから」

「その通り」


 しぶしぶ答えたマーリンの言葉が、佐和が早朝を提案した一番の理由だった。

 夜間外出禁止令が出されたとはいえ、実は明確な時間は定められていない。陽が落ちてから昇るまでという非常に曖昧な言い方だ。

 最悪、巡回兵に見つかってもアーサーのおつかいで出て来たと言えば何とかなるかもしれないし、勘違いしたと言って許してもらえるかもしれない。

 だからマーリンに佐和は早朝を進めたのだ。


「だから大丈夫、それに秘策だってちゃんとあるんだからっ」

「だけど……」


 不安げにするマーリンの手を佐和はこちらから強く握りしめた。


「マーリン、今大事な事は何か考えて。私は言い訳でいくらでもどうにかなる。だけどブリーセンはもしかしたらどうにもならない危機に陥ってるかもしれないんだよ?そして、それを助けられるのは―――マーリンだけ」


 佐和の説得にマーリンが口ごもった。

 口べたな彼の事だ。反論が思いつかないのかもしれない。

 その隙に佐和は一気にマーリンを説得しにかかった。


「私は大丈夫だから」

「でも、もし……サワに何かあったとしたら……俺は……耐えられない!だからやっぱり囮は俺が。その隙にサワにブリーセンの様子を見てきてもらって……」

「マーリン」


 声を荒げたわけじゃないのに、静かに出たその声にマーリンが押し黙った。


「……マーリンの気持ちはすごく……すごく嬉しいよ」


 それは嘘じゃない。例え海音が本当はいるはずだった場所を奪ったからだとしても、マーリンがサワに好意を抱いてくれているのは本当のことで。

 あの日、『彼』と一緒に見た新宿駅の雑踏で孤独を感じた佐和にしてみれば、マーリンの存在は、マーリンのくれた言葉や感情は特別だ。

 でも、いや。だからこそ。マーリンには佐和を大切にする以上にマーリンが果たすべき役目を大切にしてほしかった。

 海音を生き返らせるため。それが一番。

 だけど同時に、こんな自分に好意を抱いてくれた、優しくしてくれたマーリンとアーサーにそれぞれの夢を叶えてほしいから。

 どんな人でも挫折しそうになる大きな事を、目に見えない何かと戦う彼らの背姿にどれだけ心が救われたかわからないから。


「でもね、マーリン。私は何よりもマーリンのやるべき事をやってほしい。ミルディンとの約束を叶えてほしい。それが―――私の夢にも繋がるから。だからお願い。それに私が行っても駄目なんだよ。ブリーセンの所には、マーリンが行かなきゃ」

「サワ……」

「大丈夫。言ったじゃん。秘策ありって」


 そう言って佐和が笑うとつられてマーリンも微笑んだ。その目がもう一度佐和の瞳を真っ直ぐ見返す。


「……本当に大丈夫?」

「私の肝の小ささ、知ってるでしょ?死刑になる可能性が少しでもあったりしたらこんな事言い出せないって」


 笑いながら返すとようやくマーリンは安心したようだった。


「……わかった。だけどもし、何かあったらすぐに大声で呼んで。絶対―――絶対、駆けつけてみせるから」

「……うん」


 マーリンが強く握りしめていた佐和の手を名残惜しそうに離す。その瞬間、マーリンの姿は佐和の視界から消えた。

 私だけ魔術が解けたんだ……。

 恐らくマーリンはまだ佐和の目の前にいて機会を伺っているはずだ。


「強制収容所とは反対方向に向かうから。その隙にマーリンはブリーセンを」

「わかった」


 姿は見えないが聞き慣れた低い声が頷く。

 佐和は今いる場所よりも少し離れた民家の裏に移動し、そこからわざと兵士達から見える場所を強制収容所とは反対側に向かって歩き出した。

 さぁ。食いつけ……!


「あれ?おい、あそこに人がいなかったか……?」

「何だって?」

「確かめに行くぞ」


 背後から小さな声が聞こえる。足音と鎧の金属音。

 ……かかった!!

 佐和は素早く足を速めた。

 逃げたと思われたらきっとやましい事をしていたに違いないって理由だけで、今のウーサーは私を処刑したりするかもしれない。だから駆け足はどこか急いでいるぐらいまでにしつつ、内心必死に歩いた。

 これで今頃きっとマーリンは兵士のいなくなった跳ね橋を抜けられてるはず……。


「おい」


 大分歩いた所で背後から走って近づいて来た声に引き留められる。

 ……ここからが正念場だ……。

 佐和はすぐに振り返った。


「は、はい!何でしょうか?」


 唐突に兵士に声をかけられてびっくりする女性。あまりにも普通すぎる佐和の反応に兵士達は面を食らっている。

 不審者と思って追跡したら不審者じゃなくて普通の人だった。こうすれば多少警戒は緩むはず……。

 そもそも疚しい考えを持っている人物なら兵士に声をかけられた時点で逃げる。そこを敢えて佐和は呼びかけに答えた。そうすることで兵士にまず不審者じゃないのではないかと疑惑を抱かせるためだ。


「い、いや……何をしている?夜間外出禁止令の通達があったはずだぞ」


 案の定、兵士の呼びかけに一般市民として普通の反応を見せた佐和に兵士達は戸惑い、互いに顔を見合わせている。

 これなら……丸めこめるかも。


「はい。知ってます。あの……もしかして、まだ外出しても良い時間帯じゃなかったんですか?朝日が昇ったので、てっきりもう平気かと思ってしまって……」


 佐和が不安げに逆に兵士に問いかけると兵士達も困惑した様子で言葉を濁している。

 当たり前だ。だって明確な時間がウーサーの命令には入ってなかったんだから。


「……まだ、我々が巡回している。外出は禁止なはずだ」


 三人のうちの一人はそう答えたが、もう一人は「それは言い過ぎじゃないか」と今にも言いたげな顔をしているし、残る一人はどうしたものかと考え込んでしまっている。

 一人、頭堅いのが入ってたか……。まぁしょうがない。どうにかして煙にまかないと……。


「そうだったんですか……すみません!私、勘違いしてしまって……」

「……国王陛下の命は絶対だ。悪いが、連行するぞ」

「お、おい。いくら何でも、もうこんなに明るいんだし、良いんじゃないか?」

「何言ってるんだ!?例外は認められないだろ」

「でも、この子勘違いしちゃっただけみたいだし……」

「勘違いでも何でも命令違反は命令違反だ」

「そこまでする必要は俺も無いと思う。彼女も自分なりにかなり反省してるみたいだし……」


 こういう時だけ自分の童顔をありがたく思うよ、ほんと……。

 頭を下げ、しょげきった様子の佐和を見て同情的な二人に対し、残る一人だけがルールを守る事を主張している。


「言い訳かもしれないだろ!」


 図星だけど、そんなのは顔には出さない。

 ただひたすら佐和は「もう外出しても平気だと思ってたら兵士に呼び止められて戸惑い、もしかしたら死刑になっちゃうんじゃないかと不安になっている」顔を演じながら兵士を見比べる。

 世の中をうまく渡るためにある程度顔を作れるのは社会人必須スキル、というより女性なら誰しもが身につけておかないと生き抜けないスキルだ。

 女同士で思いもしない相槌とか打ちまくってきてるんだからね、こっちは。ちょっとやそっとで剥がれる化けの皮じゃないよ。


「いや、でも疚しい気持ちがあるなら逃げるだろ」

「それを逆手に取ったのかもしれないだろ!」

「す、すみません……!私の勘違いのせいでみなさんにご迷惑をおかけしてしまって……私、どうすれば……?もしかして、刑に処されるの……ですか?」


 佐和の不安がる演技に二人の兵士はすっかり騙されている。困ったような顔を浮かべながら「ほら」ともう一人を唆した。


「もしかしたら彼女の言う通り、連行したら何も罪が無いのに殺されちゃうのかもしれないんだぞ。かわいそ過ぎるだろ」

「それでもしこの女が敵のスパイだったらどうする?俺たちがキャメロットの守りを崩した事になるんだぞ!」


 言い合いを始めた二人に最後の一人の兵士が割り込んだ。


「わかった、わかったー。ストーップ」


 二人を止めた兵士はどうやら三人の中で最も年齢が高いようで、残りの二人も押し黙った。


「なら彼女に身分を証明してもらえれば大丈夫だろ?」

「……それは……確かにそうだけど……」


 話をまとめた年長の兵士が佐和に一歩近づく。


「王都のどこに暮らしてて、名前、あと職業。教えてもらえる?」


 まるで赤子に尋ねるような穏やかなその問いかけに内心ほくそ笑んだ。

 望んだ通りの展開だ。


「はい、私はアーサー殿下付きの侍女で名前はサワと言います」


 佐和の正体にこちらに味方寄りだった二人だけでなく、反対していた残り一人の兵士も黙った。

 これも予想通りの展開だ。

 騎士ならともかく相手は一般兵。王子であるアーサーの侍女は彼らよりも場合によっては身分が高い。佐和の素性を知れば、対応が甘くなるかもしれないと思ったのだ。

 その目論見はうまくいったようで強硬だった兵士も怯んでいる。


「殿下の侍女の……!これは失礼いたしました」

「いえ……誤解を招く時間に外出した私が悪かったんですから……」


 謝る兵士に対し、佐和は一貫して罪悪感に駆られている態度で臨む。

 お願い……これで同情して見逃して……!!


「し、しかし……その……申し上げにくいのですが……私たちはまだ兵になったばかりの者でして、騎士様に確認していただく手順を踏みませんと……」


 多少言いにくそうながらもそう言ったのはやっぱり頑なな態度を貫いていた兵士だ。

 どうやらこの場で無罪放免、はい、終わりとはいかないようだ。

 ここで解放されれば、一番良かったんだけど……


「では、騎士様の所までご同行願えますか?」

「あ、はい。もちろんです」


 ここで渋れば怪しまれる。後ろめたい事は何も無いのだから着いて行くのは当たり前という体で行くしかない。

 ……こっからが、私の本当の『賭』だ。

 この三人を魔術師強制収容所から遠ざけただけじゃなく、騎士の所まで佐和を連れて行かせることで時間も稼げる。だが、問題が一つ。

 連れて行かれた先の騎士が誰かによって佐和の処遇が決まってしまう。

 ウーサーに盲進的かつアーサーに敵意を持っている騎士が見回りの責任者だった場合、佐和の命は危うい。

 マーリンにはあんな風に啖呵切っちゃったけど……無きにしも非ずなんだな……実際は……。

 う、口から心臓飛び出そう……。

 内心ドギマギしながらも兵士の後ろを着いて行く。

 ……大丈夫。大丈夫……。

 必死に自分に言い聞かせる。

 アーサーのメモ、会話。それを元にして気付いた私の考えが、もし正しければこの時間帯、この付近の責任者は……


「失礼いたします!ご報告です!外出禁止令の解除時間を勘違いし、出歩いていた者に同行してもらいました。ご確認と処断をお願いいたします」


 兵士が敬礼でその騎士に口上を述べる。

 ……お願い……!うまくいって……!

 私の人生初めてで、たぶん最後の賭……!!

 兵士の背中から薄めで覗き見た先にいたのは、


 兵士に連れられて来られた佐和を見て少しだけ目を丸くしているケイだった。




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