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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第十章 傍観者の賭け
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page.270

       ***



 グィネヴィアにアーサーからの伝言を伝えたその足で、佐和はマーリンの私室へと向かった。質素な木造扉をノックするとマーリンからの返事が返ってくる。

 ……やっぱり眠ったりなんてできなかったか……。

 けれど、答えた声はさっきよりかは幾らかマシだ。少しは落ち着けたのかもしれない。


「佐和だけど……」

「今、開ける」


 扉を開けたマーリンの顔色はやっぱりさっきよりは良くなっている。その事に少しだけ安心した。


「アーサーのお使いで外に出る用事ができたから、寄ってみたんだ」

「そっか」

「うん」


 部屋に招き入れられ、マーリンが扉を閉めてしまうと静けさが増した気がした。

 元々マーリンは自分からしゃべる方ではない。寄ってみたはいいけれど、今、マーリンにかけられる言葉は何一つ思い浮かばなかった。

「大丈夫?」もおかしいよね……大丈夫なわけないし、それに例えそうだったとしても、「大丈夫じゃない」なんてマーリンが言うわけないし。

 何を言えば良いかわからず立ち尽くす佐和の正面にマーリンが回り込んだ。


「サワ……聞いてほしい……」

「ん?なーに?何でも聞くよー」

「俺……やっぱり行くよ」


 肝心の修飾語が抜けていても何が言いたいのかはすぐにわかった。


「……ブリーセンの所……だね」

「……本当はそんな事してる場合じゃないって……わかってる。けど……」

「うん、良いと思うよ」


 あっさりと返した佐和に少なからず驚いたマーリンの瞳が丸くなる。


「気が気じゃない事は早く確かめちゃって、それから動いた方が良いに決まってるよ」


 確かに、マーリンにはアーサーを導いて、この世界を新たな時代へと導く運命と責任がある。

 だが、心残りがあるまま人が動くのには限界がある。いざという時、判断を鈍らせる要因があるなら例え遠回りに感じても懸念事項は先に片付けてしまった方が、後々何かあった時に後悔や躊躇を生まなくて済む。

 カーマ―ゼンと同じ疫病がキャメロットを覆っているのなら、きっとマーリンが今一番心配なのはブリーセンの事に違いない。

 あまりにも呆気なく佐和が了承した事に少しの間だけマーリンは絶句していたが、丸くなった目が微かに細められた。


「……ありがとう。やっぱり……サワはすごい」

「だから、私なんてすごくも何ともないって。それより、収容所までどうやって行くの?夜間外出禁止令はもう今日から適応だよ?また姿の見えなくなる魔術使う?」


 カーマ―ゼンの時や最初の戦争の時のように、マーリンの得意な姿を見えなくする魔術を使えば人に見つかる心配はない。

 だが、マーリンはこの提案を渋い顔で考え込んでいる。


「……ううん、使えない。王宮から出た広場と強制収容所前は石畳だから、どうしたって足音が出る。あれは音までは消せないから」


 確かに。カーマ―ゼンでマーリンに最初に助けられた時も喋るなと言われたし、戦争の時にも敵兵には馬の蹄の音は聞こえていた。

 となると、もし音で存在がばれたりした場合、魔術を使っている現場を取り押さえられてしまう事になる。

 一番避けたいパターンだ……。

 ただでさえ魔術師は極刑なのに。こんな疫病が流行ってる時になんか捕まったりしたらそれこそウーサーに虐殺されちゃう……。


「せめて……巡回がどういう風に回ってるのかわかれば……」


 ……もしかしたら……。

 マーリンのその呟きを聞いて、佐和はすぐに自分のメイド服のポケットから丸まった紙ごみを取り出して破かないように丁寧に開けた。


「何?それ」

「アーサーが私に投げつけてきた紙ごみ。もしかしたらあの時、アーサー、夜間巡回のルートを考えてたからメモか何かかもしれない……!」

「……投げつけた?」


 一縷の希望を託し、一種の高揚を覚えながら紙ごみを開く佐和の前でマーリンの顔が険しくなる。その剣呑な目つきに佐和は小さく悲鳴を上げた。


「ま、マーリン。投げつけたって言ったって、こんなの痛くも痒くもないし。じゃれあいの内っていうか」

「じゃれ合い……?」

「ひい!」


 なぜか余計にマーリンの周囲の温度が冷え切る。

 と、とにかく。こういう時は話題を逸らすに限る……!!

 佐和は持っていた紙ごみを焦って広げた。


「ビンゴ!!」

「びんご?」


 アーサーが佐和に投げつけたのは今日からの夜間巡回のルートとシフトの下書きだ。ざっくりとしたキャメロットの地図と騎士の名、それから何名兵士をセットにするかなどの案が書かれている。

 これ……本当はめちゃくちゃ重要な本人以外に見せちゃいけない書類なんじゃ……いや、最終的には騎士には知らせるんだろうけど……。

 それにしたって不用心だ。もし佐和が敵のスパイだったりしたら巡回の情報が漏れる事になる。

 ……それぐらいには信用してくれてるって事……なんだよね……。

 その裏をかくのかと思うと申し訳ない気もするが、そんな事を言っている余裕は無い。


「見て、マーリン。大体の巡回配置とルート図だよ」

「……本当だ。でも、これ、下書きだ。最終決定案は変更されてるんじゃ?」


 マーリンの言う事は最もだ。

 要らなくなったからアーサーも佐和に投げつけたのだろうし。


「でも、これだけ綿密に練られた計画なら変更したとしても多少だと思う……そこは賭けになっちゃうけど……」

「いや……あるのと無いのじゃ大違いだ。ありがとう、サワ」


 褒められて何となく照れくさくなり、佐和はマーリンによく見えるように紙を差し出した。メモとはいえ二人ともアーサーに仕えてそれなりに経っている。大体の彼の考えはこれだけ書きなぐったものがあれば何となくは汲み取れる。


「……穴が無い」

「……うん、無いね」


 さすがと言うべきかなんと言うべきか。

 こういう時誇らしい主君だとは思うが、奴はロボットか何かなのだろうか。

 メモ書きを見る限り、どうやっても巡回班の隙間を縫って移動できないようにかなり工夫が凝らされた時間差で巡回が取り決められている。兵士の目をくぐれるような隙が全く見つからない。


「でも……これが下書きで、用済みになったならどこかに穴があったはずなんだ。そしてそれにアーサーは気付いて変更した。人間のやる事だ。完璧なんて在り得ない。きっと変更したどこかに歪みがあるはず……」


 しかしいくら見てもこの巡回図から、強制収容所まで一度も巡回と遭遇せずにたどり着けるルートは見つかりそうにない。

 考え込むマーリンの横で佐和も必死にメモに目を走らせた。

 何か、何かあるはずだ。きっとどこかに。

 その時、佐和の目に巡回のルートや時間差を記した横に各巡回を指揮する騎士の名の一覧が飛び込んできた。

 そこにある時間と名前、それと合わせてアーサーとの会話を必死に思い出す。

 ……もしかしたら。


「……駄目だ。思いつかない。どうにか、石畳の場所だけでも巡回がいない瞬間に辿り着ければいいんだけど……」


 どうしよう……。

 一つだけ、佐和には案があった。

 でも、それはうまく行くとは限らない。かなりハイリスクハイリターンな選択肢だ。

 無難に済ますなら姿を消す魔術で城下町を抜けて、石畳の所だけどうにかするしかない。でもサワの案ならもしかしたら最悪の場合、姿を消す必要さえなくなる。

 言うべき?マーリンに私の考えを?でも……。

 真剣なマーリンの横顔を盗み見る。

 私は違う。彼とは違う。

 ただの傍観者。ただの脇役。そして―――部外者。

 カメリアドで佐和がしゃしゃり出た結果、何が起きた?危うくマーリンとの関係を壊しそうになって。

 でも……


『くだらない意見など無い』


 その時、悩む佐和の脳裏にこの前呪われた湖上の城について調べていた時、進言を悩むイウェインにアーサーが言った言葉と表情が蘇った。


『例え、その提案内容自体が決定打とならずとも、誰かの思考のきっかけになる可能性は充分にある』


「……マーリン」


 佐和は静かに、そして慎重に言葉を選びながらマーリンの目の前で紙を指さした。


「一つだけ。すごく危険だけど、もしかしたらうまく行くかもしれない案っていうか、賭けって言った方が良いかもしれないぐらいの計画なら思いついた。だけどそれが本当にそのままで良いのか、それとも他に何かあるなら絶対言って。そっちを選んで」


 佐和の慎重すぎるぐらいの前置きにマーリンは不思議そうにしていたが、すぐに頷いてくれた。


「わかった。サワの意見を聞いて更に考える」

「……ありがとう」


 もし、このメモから変更された箇所がここなら……。


 佐和は『賭け』の内容をマーリンに説明した。


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