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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三部 第十章 クレルハオウト
270/398

page.269

       ***



 一人でグィネヴィア姫のところかー。

 王宮の廊下を歩く佐和の足取りは重くなる一方だ。

 本当に、あの人は苦手なんだよなー……。

 しかもアーサーに会えない事を伝えに行くのかと思うとまた気が重い。会えない事を伝えた途端、佐和に責任転嫁とかされそうだ。

 うわ、リアルにありえる……グィネヴィア姫の脳内って自分に都合の良い情報しか拾わないようにできてるんだもん……。

 人の好き嫌いは割と激しい方ではないと自負しているし、友人からも「佐和は心が広いよねー、よくあんなのと社交辞令でもちゃんとやれるねー」とはよく言われる。

 言われる方だが、グィネヴィアとウーサーは佐和の中では別格だ。

 後、元の世界の会社の上司ね。

 彼らに共通しているのは皆、自分さえ良ければそれで良いという所。

 例え他人をいくら踏みにじろうが、彼らはそれを悪い事だとすら思っていない。そういうタイプの人間だけは昔からどうしても相容れないのだ。

 アーサーに投げつけられた紙ごみをポケットにしまってから佐和は覚悟を決めてグィネヴィア姫の部屋の扉をノックした。


「はい」

「失礼いたします。アーサー殿下からの言伝を伝えに参りました」


 侍女の声が答える。その後に続いて何か確認を取っているような話し声が微かに聞こえてきた。


「どうぞ」

「失礼いたします」


 扉を開けてくれたのはグィネヴィア姫の侍女だ。カメリアドでの宴の時、グィネヴィアの髪を結ってくれた人物なので佐和も見た事がある。

 初めて入る王宮に与えられたグィネヴィアの部屋は豪華としか言えなかった。

 豪華絢爛、煌びやか、華やか、豪勢、リッチ。どの言葉を使えばいいのかわからないが、アーサーの部屋よりも綺麗で細かい装飾の施された家具や寝具。カメリアドの私室と同じように白を基調とした部屋は眩しい。

 呆気に取られていた佐和は中央のテーブルにグィネヴィアが座っている事に気付いた。どうやらお茶の最中だったらしい。慌てて貴族向けの礼式を取る。


「顔を上げて」

「はい」


 グィネヴィアの許しが出て顔を上げると、そこにいたのはグィネヴィアと―――ランスロットだった。

 彼はグィネヴィアの向かい佐和に背を向ける形で腰掛けている。その前にはカップが置かれていて、中身の紅茶が減っていることから佐和よりだいぶ前に来ていた事が知れた。

 また……ランスロットといたの……?

 以前から度々グィネヴィアがランスロットを呼びつけている事には気付いていたが、こんな時にまで会うなんて相当呼びつけているとしか思えない。


「サワ殿、こんにちは」

「え、あ。ええっと……こんにちは」


 ランスロットの様子は普段と何も変わらない。佐和の方を振り返り、にっこりと笑顔で挨拶してくれた。けれど、その向こうで親しげに佐和に挨拶したランスロットを見てグィネヴィアの雰囲気が変わった事をすぐに肌で感じる。

 ……ヤバい。

 女にしかわからない。特有の敵意。

 グィネヴィアはランスロットの手前、平常心を装っているが明らかにランスロットと親しげな様子の佐和に―――嫉妬している。

 あんたにはアーサーがいるでしょうがっ!

 しまったー……、ランスロットにも貴族向けの挨拶で返しとけば良かった……。そりゃ誤解もするわな……一介の侍女と騎士が普通におしゃべりできる仲なんて、相当仲良くないとありえないし。

 だが、そんな事を今さら考えても後の祭りだ。気を取り直して、グィネヴィアの怒りが頂点に達する前にさっさと用事を済ませて退散することにした。


「グィネヴィア姫、アーサー殿下よりの伝言です」

「言って頂戴」


 決して高慢な言い方ではない。けれど、許可を下すその笑顔は相変わらず佐和の心に何かをひっかけて、穏やかな気持ちではいられなくさせる。


「……本日予定していた殿下とのお約束なのですが、現在キャメロットに謎の疫病が蔓延し、殿下はその対応に忙しく、今回は延期せざるを得ず、申し訳ないと謝罪の御言葉を預かって参りました。殿下も非常に残念がっていらっしゃいました。この埋め合わせは必ずさせてほしいとの事です」


 ……さぁ、どんな反応が返ってくるか。

 しかし佐和の予想と違って、グィネヴィアはあっさりと「そう……」と答えただけだった。

 あれ?反応薄い……?

 もっと取り乱したり、大げさに悲しんだりするかと思ったんだけど……。


「今、そのような事になっているのですか?」

「え、あ、はい」


 逆に反応を示したのはランスロットの方だ。

 心配そうに、そしてそんな緊急事態になっていたことに気がつかなかった事を悔いている様子で眉を寄せている。


「まさかそのような緊急事態が起きているとは露知らず……申し訳ありません」

「いえ、ついさっきの話ですからランスロット……様が知らないのも無理ないですよ」


 グィネヴィアの機嫌の悪さを感じとり、慌ててランスロットにも敬語を付け足す。そのことを不思議に感じてランスロットは可愛らしく小首を傾げているが、グィネヴィアの笑顔は硬い。

 ランスロットは別にあんたの恋人でも、ましてや好きな人でもないんだからいいでしょーが……。

 しかしグィネヴィアはどうしても佐和がランスロットと親しげなのが気にくわないらしい。表情は取り繕っていても、女同士にしか通じない独特のピリッとした空気が流れる。


「そうだったのですか……となれば、私も行かなければなりませんね。殿下から何かご命令があるかもしれませんし、何より騎士として、このまま民が犠牲になって行くのを指をくわえて見ているわけにはいきません」

「行ってしまわれるのですか?」


 席を立ったランスロットを見て、途端にグィネヴィアが寂しそうに睫を伏せた。新緑の瞳が潤む。それを見たランスロットはグィネヴィアの足元に跪き、その手を優しく取った。


「大丈夫ですよ、姫君。何も不安に思う事はありません。殿下は僕がお守りいたします。必ず姫君の元へお帰しいたしますよ」

「……えぇ、それは、信頼しています。けれど……私は……怖いのです」

「病気が、ですか?」


 ランスロットの優しい問いかけにグィネヴィアが戸惑ったように小さく首を縦に振った。不安で不安で堪らないと言わんばかりに、もう片方の手を胸元に当てている。


「ご安心ください。折を見てまた参ります。姫君のご様子に何か異変があれば、このランスロットがすぐに駆けつけますからね」

「……ありがとうございます」


 ……茶番だ。

 どう考えてもただ、ランスロットが自分の傍から離れるのを阻止したくて言っているだけだ。

 ランスロットは気付いていないようだが、グィネヴィアは相変わらず自分さえ良ければ他の人の事などどうでも良いらしい。

 キャメロットの民がどうなろうとこのお姫様にとっては他人事なんだよね……。

 それが佐和の苛立ちを増幅させるのかもしれない。

 自分さえ良ければそれでいい。

 そうやって他人を踏みにじる事に躊躇すら抱かない。躊躇という言葉すら知らない人間が佐和の中で一番で唯一嫌いなタイプだ。

 そういった人は人を殺す。本当に殺人を犯すわけではない。そういった人々は相対した相手の個性を殺してしまうのだ。

 欠点ばかり(あげつら)い、良い所には見向きもせず、自分の価値観だけでできる人間とできない人間を差別化する。その結果、その他人の個性は生かされず力を充分に発揮する事なく倒れて行く。

 ……違うか……。

 本当は私もそうだからムカつくんだ……。

 自分の目的を果たすためなら―――海音が生き返るならどんな事もする。

 そう誓って、実際それを実践してきている。

 キャメロットの病気の事をどこか対岸の火事のように感じているのも、マーリンが今まさに傷ついている最中だというのに、一人にしてこんな風に仕事をしている事も。

 私は所詮―――この世界の部外者だから

 そんな言い訳を唱えて。

 本当の事だけど、それをかさに着て見てみぬふりを決め込んでいる。

 本当はそんな自分が許せない。

 でも、願いを叶えるためにはどんなものでも踏みにじらなければ進めない。

 だから、自分の代わりにグィネヴィアに、ウーサーに、苛立ちを覚えて自分を正当化してるだけなのかも。

 同族嫌悪。

 同じ穴のムジナ。

 だってその証拠に今もほら。


 アーサーが後に苦しむと知っていて私は、ランスロットとグィネヴィアが互いに見つめ合っているのを傍観しているんだから。



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