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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三部 第十章 クレルハオウト
267/398

page.266

       ***



「陛下」

「ボードウィン。流行り病というのは本当か?」


 謁見室で待っていたボードウィン卿が、入室したウーサーとアーサーに一礼した。二人が所定の椅子の前に立つなり、ボードウィンはすぐに状況を報告し出す。

 佐和とマーリンは定位置になった壁際に下がりながらその様子を観察した。


「はい。現在死者四名。発病者六名。全く未知の病気です。以前変死体として処理したと聞いている者も入れれば犠牲者は五名です」

「その者達の病気は本当に同じものか?」

「全く同じ状態のようです。被害者の遺族に聞いたところ初めは首筋が腫れ上がり、高熱そして―――身体の先端から皮膚が黒く染まり始め、やがてそれが全身を覆い、死に至るようです」


 普段と同じように淡々と語っているように見えるが、ボードウィン卿も困惑しているようだった。その表情に微かな焦燥感が滲んでいる。

『処理したと聞いている』……?つまりあのバカ、ボードウィン卿にすら相談しなかったって事!?


「民は?」

「今のところ、まだ騒ぎにはなっておりません……が、時間の問題かと……」

「仮に疫病だったとして、原因は何だ?」

「……それは……今は何とも。調べてみませんと……現在、死体と患者を臨時に設置した救護所に運ばせています。医師を集め、原因追求を開始する予定です」

「良かろう。ボードウィン、それはお前に一任する」

「はっ」


 ボードウィン卿が騎士の礼でウーサーの命令に答える。

 続いてウーサーは渋々の体でアーサーの方を見た。


「アーサー、お前は巡回の強化に専念せよ。この混乱に乗じて民が暴動を起こさぬよう務めるのだ。夜間の外出も禁ずる。破った者には相応の報いを受けさせよ」

「……わかりました」


 アーサーはウーサーの最後の言葉に引っ掛かっているようだが、ひとまずは大人しく返事をした。

 その方が賢い……。今、ウーサーになんか言ったら確実に火に油だもん。

 それにウーサーは『それ相応の報い』と言った。そんな曖昧な指令。後で口八丁手八丁でどうとでもなる。

 でも……マーリンと一緒にブリーセンに会いに行こうとしたタイミングでこんな事になるなんて……。

 魔術師強制収用所に昼間から堂々と向かう事なんてできない。夜、人目を忍んで向かうはずだったが、夜間外出禁止令が出されてしまった以上、簡単に夜に出歩く事はできなくなった。それにおそらく夜間の巡回には、マーリンもアーサーについて行く事になるだろう。

 マーリン……どうするつもり……?

 横に立っているマーリンの顔を見上げてそこで初めて、佐和はマーリンの顔色が真っ青になっていることに気がついた。

 マーリン……!?

 彼の顔色の悪さは尋常では無い。魔術師強制収用所で洗脳に抗った時も、ボーディガンに痛め付けられた時も、呪われた城で力が入らなかった時も、ここまでじゃなかった。

 よく見ると握った拳も、肩も、瞳も震えている。

 廊下を歩いてる時から様子がおかしいなとは思ってたけど……。

 ―――普通じゃ、ない。


「おい。お前ら、何をぼーっとして」

「あ、アーサー……あれ?もう話し合いは終わったんですか?」


 マーリンにすっかり気をとられていた佐和は声をかけられて初めてアーサーが近寄って来ている事に気がついた。

 よく見ると謁見室に残っていたのはもう佐和達だけだ。


「とっくだ…………っと……マーリン?お前、顔色が悪いぞ。まさか病気にかかったとかじゃないだろうな?」

「……違う」

「なら良いが……それにしても相当真っ青だぞ。どうした?」

「……何でも……ないんだ……」


 何でもないわけがない。

 こんなマーリンの怯えた……不安がる表情、見たことがない。

 アーサーもマーリンの力の無い返答に眉を寄せた。


「何も無くてそんな土気色になるわけないだろうが……まさか、怯えてるのか?気持ちはわかるがこれから忙しくなる。気をしっかり持って……」

「アーサーに俺の気持ちなんてわかるわけがない!!」


 突然、大声を上げたマーリンに、佐和も、アーサーも、それどころか声を上げた本人さえ、驚いて目を丸くした。

 ……マーリン?

 マーリンの久しぶりに聞く張り詰めた声に、アーサーも一瞬意表を突かれたようだったが、その表情が真剣になる。


「……一体どうした?マーリン。おかしいぞ」

「…………」

「……全く」


 黙ってしまったマーリンの様子をアーサーはしばらく観察していたが、マーリンは何も答えようとしない。少し経って諦めたのか、やがてアーサーは腰に手を当て「困ったもんだ」と溜息をついた。

 一方のマーリンは自分の大声に未だに動揺し、俯いた視線が揺れている。


「……今日から夜間の巡回が増える。お前も一緒に行くんだ。体調は万全にしてもらわなければ困る。サワ」

「うぇ!?はい!」


 突然話をふられて奇声を発した佐和をアーサーが呆れた目で見ている。溜め息をつきながらマーリンを親指で()した。


「こいつを部屋まで連れて行って寝かせろ。巡回前には起こせよ。それまでマーリン、お前は寝ていろ。その状態のままじゃ足手まといだ」

「わ、わかりました」

「…………」


 マーリンはまだ返事ができないようだった。ただ異論も唱えようとはしない。

 佐和はアーサーの命令通りとりあえずマーリンに寄り添った。


「一旦、従者部屋に帰ろ?マーリン」


 マーリンは何も言わなかったが、佐和に導かれるままようやくゆっくりと歩き出した。




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