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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三部 第十章 クレルハオウト
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page.265

最終部序章となる第十章開幕です。

        ***



「イグレーヌ王妃が……ゴルロイス一味の仲間……?」


 あり得ない結論。

 でも、佐和もマーリンと同じようにたどり着いた仮定はまさしくそれだった。


「……でも、いや……待って、サワ」


 雷鳴は未だ鳴り止まず、王宮を震わせている。その光に照らされた困惑しているマーリンの表情に、次第に佐和も不安な気持ちが膨らんでいく。


「そんな……もし……そうだったら……」


 その時、一際大きな稲妻が空に走った。あまりの大きさに廊下の角から驚いた人の声が聞こえてくる。その悲鳴を聞いて佐和も我に返った。


「……マーリン……ここじゃ、危険だから。どっか別の所で……」

「……うん」


 王宮の廊下では誰に話を聞かれるかわかったもんじゃない。

 しかもこの雷雨だ。人の気配は感じ取れなくなってしまっている。

 このままここでこんな話を続けるのは危ない。

 佐和に続いてマーリンもゆっくり歩き出した。だが、その足取りは重い。

 もし……もしも、本当に私とマーリンの嫌な予感が当たってたとしたら?

 でも、イグレーヌ王妃は基本的には離塔で静養している。あそこには佐和達も一度訪れた事があったが、すごく厳重な警備が敷かれていたはずだ。あれを抜け出して、ゴルロイス一味に荷担して何か王宮内でしていたとは考えにくい。


 ……待って、じゃあ。よく考えたらあの人、どうやって魔術師強制収容所に来てたの……?


 佐和達が魔術師強制収容所とは名ばかりの魔術師保護施設で過ごした僅かな時間の中、イグレーヌは何度も施設を訪れている。しかも、施設の内容自体はウーサーに内緒にしているのだから、あれほど頻繁に行っていた事も内密にしていたはずだ。

 ……駄目だ。考えれば考えるほど怪しく思えてくる。

 それに、彼女なら動機も充分だ。

 なんせ『ゴルロイス』は、彼女の以前の夫なのだから。

 無理矢理ウーサーに子を孕ませられ、夫を騙し討ちされた女性。

 復讐に憑りつかれていても、何らおかしくはない。


「……サワ」


 少し歩いた所でマーリンに背後から呼び止められた。

 その顔は青白い。表情があまり豊かでない彼には珍しく、動揺がありありと浮かんでいる。


「……俺、行ってくる」


 周囲に人はいないが念のためかもしれない。マーリンは直接的な言葉は使わなかったけれど、何が言いたいのかはすぐにわかった。


「……ブリーセンが心配なんだね」


 佐和の問いかけにマーリンが小さく頷く。

 ブリーセンは今現在、魔術師保護施設で暮らしているマーリンの幼馴染の少女だ。

 以前は保護施設の教師であったコンスタンスに洗脳され、命令のままに動く、死をも恐れない魔術兵士に育てられそうだったところをマーリンと佐和が洗脳道具を破壊して阻止している。

 そういった悪事を働く人間も道具も無くなったあそこは、単純に考えればこの世で最も魔術師にとっては安全な場所だった。

 だから、マーリンは自分の宿命を果たす旅にブリーセンを連れて行かず、保護施設に置いてくる事を選択した。

 けれどもし、その施設の創設者であるイグレーヌがゴルロイス一味の仲間なら、あそこは安全な場所ではないのかもしれない。

 そんなところに大切な幼馴染を―――唯一残っている家族同然の存在の安否をマーリンが心配するのは当たり前だ。


「……わかった。私も行くよ」

「……でも」

「魔術の事は役に立てないかもしれないけど……ね?」


 ブリーセンに何かあれば、きっとマーリンは平静でいられなくなる。

 そしたらそれを止めるぐらいの事はできるかもしれないし、何より。

 こんな状態のマーリン、独りにさせられないよ……。

 今にも崩れてしまいそうな、不安に押しつぶされてしまいそうな姿、見ていられない。

 何もできなくとも側にいて、見守る事だけはできる。

 それは一番はじめに彼が「マーリン」として、世界を変える決意をした時からの約束だ。


「……ありがとう」


 マーリンがようやく一息つけたように肩の力を抜いたのを見て、佐和もひとまず安心した。

 気を取り直し、二人並んでアーサーの部屋を目指す。


「行くとしたらいつ?」

「……アーサーの目を盗んで、人目にもつかないように。少なくとも夜」

「わかった。行く時声かけて」


 小声で打ち合わせをしていたその時、佐和は正面から廊下を急ぎ足でこちらに向かって闊歩して来るアーサーに気がついた。その顔はどことなく険しい。


「あれ?アーサー……」

「お前らか、ちょうど良かった。そのまま一緒に来い」


 アーサーは佐和達を通り過ぎ、そのまますたすたと歩いて行く。一瞬、佐和とマーリンは互いに顔を見合わせたが、慌てて方向転換しアーサーの後ろについて、来た道を引き返す事になった。


「何があった?」

「……ここ最近、天候があまり良くなかったのは覚えているな?」


 マーリンの問いかけに答えながらもアーサーの逸る足は止まらない。

 これほどまでに焦って王宮を移動するアーサーを見るのはバリンの事件以来だ。

 一体、何が起きたんだろう……?


「はい。私たちがラグネルのお城の噂を確かめに行ってた間もずっと天気が悪かったって」

「……そのせいか、食料庫に貯蓄しておいた食料が全て腐り果てたらしい」

「え!?」


 ただでさえアルビオン王国の食事事情はあまりよろしくない。

 その上、緊急用の備蓄が底をついたと市民に知られたら大変な騒ぎになるのは明白だ。


「湿気で腐っちゃったって事ですか?」

「わからん。とにかく現場を見て、早急に対応を練らないと……」


 そう話しながらアーサーが階段を下る。

 謁見室なんかと違って、一度だけ入ったことのある食料庫は地下にある。同じく地下にある牢とは反対側に向かうと既にウーサーや主立ったウーサーの騎士達が顔を揃えていた。


「状況は?」

「ひどい状態です。とても食べられる物ではありません。もし、これが民に露見すれば間違いなく騒動になるでしょう」


 アーサーの問いかけに入口近くにいた騎士が答えた。

 以前来たときと同じ、いくつかの大きな木箱に麻袋が入っている。しかし騎士の一人がその袋をひっくり返してアーサーに見せると、黒ずんで明らかに食べられない状態になった麦が出てきた。

 この箱に入ってるやつ全部駄目になっちゃったって事……!?


「おい!管理の責任者は一体誰だ!?何故このような事になった!?」


 ウーサーの怒鳴り声で部屋の隅にいた男の肩が跳ね上がった。佐和も何度か王宮で見かけた事のある下働きの人間だ。


「貴様か!!一体、何をしでかした!?」

「な……な……にも」

「もっとはっきり物申さぬか!」


 ウーサーの剣幕に怯えきってしまっている男の歯が鳴る。一般的な下働きの人間が直接王様と顔を合わせるなんて事はほとんど無い。いきなり会った王に怒鳴られ、すっかり萎縮してしまっている。

 あんな風に問いつめたら、冷静に説明なんてできるわけないじゃん……!

 問い詰められている男の様子を見兼ねて、アーサーがウーサーに一歩近づいた。


「……陛下、どうか落ち着いてください」

「余は落ち着いておる!」


 いや、落ち着いてないから言われてるんでしょうがっ!

 ツッコんでやりたいが、そんな口をきけば佐和もその場で死刑確定だ。

 いつもならアーサーがもっと積極的に仲裁に入るが、今は間が悪い。この間の一件以来、ウーサーはアーサーに口を挟まれるのを殊に嫌うようになっている。

 案の定アーサーが介入した途端、明らかにウーサーの機嫌がさらに悪くなった。アーサーもそれに気づいたようですぐに後ろに下がり、どうしたものかと困り果てている。

 これ以上火に油を注ぐわけにいかないもんね……。


「陛下」


 重苦しい空気をものともせず、ウーサーに淡々と話しかけたのはエクター卿だ。

 彼は木箱の前に跪いて駄目になってしまった問題の麦を指ですり潰したり、睨んだりして検討している。


「……どうした、エクター」


 ウーサーが男からエクター卿に視線を移すと、男が命拾いしたと言わんばかりに大きく溜息をついた。

 気が気じゃ無かっただろうなぁー……。

 同情する。あの剣幕で迫られたら寿命が縮むに決まってる。

 一方そんな事は意にも介さないウーサーに対して、淡々と語りかけたエクター卿は黒ずんだ麦を揉み、それを持ちながらウーサーに歩み寄った。


「……管理体制の問題ではない可能性が」

「何だと?」


 エクター卿の唐突な発言にその場にいた全員が驚愕し、沈黙した。

 誰も、彼が何を言おうとしているのかわからない。

 エクター卿……何を考えてるんだろう……。


「……これほどの麦が一度にそれもたった一晩で駄目になるなど、自然現象では在り得ません」

「わかっておる。だから、そこの男に尋ねておるのではないか!」

「しかし、これほどの大量の麦を一瞬で腐らせる(すべ)が、一介の使用人にあるとは考えにくいかと」


 エクター卿の言葉に、腰を抜かした男が千切れそうになるほど首を縦に振って同意している。その様子を見たウーサーがエクター卿を睨みつけた。


「人為的に起こそうと思っても、起こせるものでもありません」

「……何が言いたい?」


 地下の食糧庫の空気が一気に張り詰めた。

 皆わかっているのだ。次にエクター卿が口にする言葉が何か。次いでその言葉に、自分達の王が取り乱す事を。

 そしてその仮定は合っているのだと、この場にいる人達の中で佐和だけがわかっていた。

 だって―――横にいるマーリンの表情の険しさが尋常じゃ、ない。


「恐らく、魔術師の仕業です。それも―――強力な」


 エクター卿の結論に、その場にいた全員に肌を刺すような緊張が走った。

 その視線全てがウーサーの次の行動、言動に細心の注意が向けられる。

 今、ウーサーの機嫌は底辺まで悪い……。そこに魔術師の仕業で国の備蓄がやられるなんて事件が起きた。どう考えても最悪なタイミングだ。

 他の騎士も生唾を飲んで王の言葉を待っている。

 ……一体、どうなっちゃうわけ……?

 固唾をのんでウーサーの言葉を待っていた騎士達に、ウーサーが口を開きかけた瞬間、今度は食料庫入り口からけたたましい足音が駆け寄って来た。


「き、緊急の伝令です!!」


 ウーサーに敬礼した兵士は息も絶え絶えで顔色も真っ青だ。

 突然の乱入者に口を開く前に伝令の兵士は口上をまくし立てた。


「ボードウィン卿より!キャメロット王都各地にて謎の疫病が発生している模様!現在死者多数……!先日、変死体で処理した者と同じ症状と思われるとの事で、至急ボードウェイン卿が殿下とお話なされたいと……!」


 兵士の報告で騎士達に先程とはまた違う意味で動揺が走る。ざわめき出す人々の間で佐和は信じられない気持ちで立っていた。

 謎の疫病……?しかも『先日変死体で処理したのと同じ』って……?

 そんな話、私聞いてない……。アーサー、言ってくれなかったの?

 いや彼に限ってそんなミスはしないはずだ。アーサーは下働きとはいえ常に行動を供にする事の多い佐和とマーリンには細やかな報告と指示出しをしてくれる。

 そう思いながら二人の顔色を見てみると、やはりマーリンもアーサーも驚いていた。という事はこれはマーリンも、そして……アーサーすらも知らなかった話という事だ。


「……どういう事ですか!父上!私はそのような話、一言も聞いていない!」

「ただ単純に王都の貧民街で変死体が発見されただけの事。それをわざわざお前に報告するまでもない。同じ症状の者とまだ断定できたわけでもあるまいし」

「最初の犠牲者の段階で何か手は打ったのですか!?」


 あ、まずい。

 すぐにウーサーに詰め寄ったアーサーを見て、佐和がそう思った瞬間にはウーサーの眉間が音を立てて切れた。


「そんなわけがないだろうが!始めはただの変死体であったのだから!疫病などではなかった!」

「可能性を考慮しなかったのですか!?」

「……したとも!しかし、貧民街の人間が病気にかかるのはよくあること。特別何かする必要も無いと判断するに決まっているだろうが!」


 嘘をつけ!!

 アーサーの指摘に一瞬、ウーサーがしまったという顔つきになったのを佐和は見逃さなかった。

 ただ単純に変死体が出た。捨てよう。

 そこで終わったに違いない。

 何でその先の可能性とかを考慮しなかったわけ……!?

 いや、そもそも。


「どうして私に教えてくれなかったのですか!?」


 アーサーの言う通りだ。

 例え事後報告だったとしてもアーサーに言っていれば何かが違っていたかもしれないのに。

 しかし言われた当人はその言葉に更に荒立った。


「お前の判断をいちいち仰ぐ必要がどこにある!?余は国王だぞ!」


 アーサーに問い詰められたウーサーが唾を撒き散らす。その様子に絶句した。

 何なの……こいつ……本当に信じられない……。

 これが……本当に一国の王様……?

 自分の過失を指摘されて、ただ苛立って大声で怒鳴り散らすだけ。

 そんなやつが……。


「陛下、殿下。御両名とも落ち着いてください。まずはボードウィン卿の話を聞かなければ何も対策のしようが無いかと」


 エクター卿がやんわりと二人の間に割って入る。他の騎士は王と王子の口論にどう対処したら良いのかわからずに口を開けて茫然自失としたままだ。

 エクター卿の正論にアーサーもウーサーも互いに言葉をぐっと飲み込んでいる。けれど、両者とも厳しい顔つきでお互いを睨み合ったままだ。

 ―――先に視線を逸らしたのはウーサーの方だった。


「……とにかく、エクター。ここはお前に任せる。ボードウィンに確かめなければ……」


 食料庫を後にするウーサー、すぐにそれに続くアーサーを急いで佐和とマーリンも追いかける。

 どうしてこう……こんな王宮内がごたごたしてる時に限って問題が頻発するわけ……!?

 でもまぁ、そういう物だとも思う。泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。悪い事は続くと昔から相場は決まっている。

 いや、そんな事はどうでもよくて。それよりも気になるのはマーリンだ。

 マーリンの食糧庫でのあの表情……やっぱり麦が全部駄目になったのは魔術のせいって事だよね……?

 歩きながら横にいるマーリンの顔を盗み見る。こうすればいつも彼は佐和の真意を汲み取り、魔術に関連した事件なら頷き返してくれる。

 ところがマーリンは佐和の方をちらりとも見ようともせずに俯きがちにひたすら足を動かしている。

 ……マーリン?

 いつもとは違うその様子に佐和の中の不安がさらに膨らみ始めた。




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