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翌朝、村で一泊した佐和達は改めて貸してもらった家屋の一室に集まった。ベッドには腰かけたラグネル。その横にガウェインが座り、他の面子は思い思いの場所に立ったり座ったりしている。
「さて、昨日の今日で申し訳ないが改めて話を聞かせてもらえるか?」
「勿論です、殿下」
アーサーの確認にラグネルが頷く。その横でガウェインがラグネルの顔を覗きこんだ。
「辛かったら無理しなくていいからな?」
「はい、ガウェイン様。お気遣いありがとうございます……」
またあまーい二人の空間を創り始める前にさっさとアーサーが咳払いをした。
「では、確認する。俺たちは今、国家転覆を図っているかもしれぬ、とある一味を追っている。そいつらの代表の男が灰色の髪に淡い黄色の瞳、四十代の男で貴族のような優しげな風貌をした自称ゴルロイスと名乗る男だ。そいつは何人かの魔術師と協力し、国王陛下、そして俺の暗殺を目論んでいる。そこで魔術に関係のありそうな場所を潜伏先の可能性有として調べて回っていたところ、ここに辿り着いたというわけだ」
「そうだったのですか……」
「ラグネル、辛い事を思い出させるが……お前たち一族に魔術をかけた男はこの自称ゴルロイスと全く特徴が一致するんだな?」
「はい、殿下のおっしゃった通りの外見です」
「そしてお前たちが呪いもとい魔術にかかったのは二十四年前。これも正しいか?」
「はい……老婆になってからの日付の感覚が正しければ……それぐらいだと思います」
「そしてラグネル、お前自身が見たその男は間違いなくゴルロイス公本人だった」
「はい」
アーサーがそこでちらりと壁にもたれかかっていたケイを見た。その目線にケイも頷く。
「おかしい」
「ああ、おかしいな。ゴルロイス公が亡くなったのは二十五年前、ラグネル姫たちの所にゴルロイスを名乗る男が現れたのは二十四年前、一年前に死んだはずの人間が蘇ってる」
「親戚の線は薄いという事でしたし……ならば、可能性が高いのはやはり死体の確認し損ねでしょうか?実は息がまだあり生きていたと」
「だとしても腑に落ちない事がある。二十四年前、ラグネルに呪いをかけた時と、この前俺たちが会ったゴルロイスは話を聞く限り外見年齢がほとんど変わっていない。在り得ないだろう」
「なら、やはり魔女モルガンによる延命魔術でしょうか?」
「……いずれにせよ二十五年前、どのようにしてゴルロイス公の死を確認したのか父上に聞かなければならないな……」
難しく考え込んだアーサーを皆気遣いの目で見ている。
アーサーにとって最も触れられたくない過去のトラウマに正面から向き合わなければ、あのゴルロイスの正体はつかめないのだ。
「それから、ラグネル。お前たちに呪をかけたゴルロイスと共にいたのは女性で、特徴や顔は思い出せないが魔女モルガンの特徴とは似通っていなかった。そうだな?」
「はい、全く思い出せませんが……殿下がおっしゃっていたような風貌ではなかったような気がします」
「そちらの方は手がかりが全く掴めないな……」
「まぁ、まぁ、殿下。ゴルロイス公と所縁のある人物だという事は確実になりましたし、相手の正体が全く分からなかった状態からすれば、かなりの進歩ですから」
深刻に悩むアーサーにランスロットが笑いかける。こういった時、ランスロットの明るさはどこか人をほっと安心させてしまう不思議な魅力がある。アーサーもふと肩の力を緩めた。
「……それもそうだな」
「一つ、気になったんだけど」
口を挟んだのはマーリンだ。
一晩経ってようやくガウェインとラグネルのキスシーン衝撃から立ち直ったらしい。
「何だ?マーリン」
「そもそも、どうしてラグネルさんの一族が呪われたんだ?そのゴルロイスに」
「それは……私にも……」
どうやらラグネルにもわからないようだ。困ったように指をもじもじさせている。
「……お前の家族全員に呪をかけたという事は一族かその領主に恨みを持っている者の可能性が高いな。そこから辿れる可能性もある……。ラグネル、何か心当たりはあるか?」
「兄様はお優しい方でしたから……!恨まれるような事は何も……!」
ラグネルが懸命に否定した。
彼女からすれば兄は尊敬できる存在で、誰かに恨まれるはずなんて無いといった感じだ。
でも……どんなにいい人だったとしても、この世界はまだ争ってる……。
実際ラグネルの兄はアルビオン王国統一の戦に出陣している。戦争に参加して誰からも恨まれずに済むとは思えない。
「……悪行を働かずとも大戦に参加したとなれば、敵からは恨まれている可能性もありますが……大戦の相手は蛮族と大国ですし、ゴルロイス公とは関係がありませんね……」
「ラグネル姫、あなたのお兄さんが戦に出たのは、その一回きりですか?」
イウェインに続いてケイが優しく声をかけた。その質問にラグネルは少し考え込んでいる。
「……大きな戦はそれぐらいで……あ、でも……確か、何か小さな制圧を助けると言って……二、三日城を開けた事が……」
「それは何の戦いか知っているか?」
「確か……騎士契約を交わした主の命だと……あまり行きたく無さそうにしていたので覚えています」
「主ってことは、陛下かアーサーって事ですか?」
佐和の確認にアーサーが溜息をついた。
「馬鹿か、何度か説明しただろうが。この国は、統一以前は小国に分かれていた。その時は各領主に騎士任命権があり、各々主従関係を結んでいたんだ」
なんか後半はあんまり聞いた覚えがないような……。
少し不満に思いながらも以前説明された事全てを覚えられているわけではないので、嫌味は聞き流す事にした。
「なら、その主君の騎士の名前はわかったりしますか?」
ケイが丁寧に訪ねると、ラグネルは「はい」としっかり返事をした。
しかし続いてラグネルの唇から出てきた言葉に佐和達は度胆を抜かれる事になった。
「ウルフィン様とおっしゃったと思います」
ウルフィン卿……!?
それは前の闘技大会で突然謎の死を遂げた―――正確に言えば、ゴルロイスの騎士であったネントレスと名乗った男に殺されたウーサーの騎士の名だ。
同時に彼は『あの時』つまりウーサーが魔術師に協力してもらってイグレーヌを我が物とし、同時に本物のゴルロイス公を殺す計画を立てた際、実行役だった騎士でもある。
「……どうやら、ゴルロイス公の関係者って事に間違いは無さそうだな」
「ああ、そう考えればあの父上の頑なな態度も納得がいく。まず恐らく間違いないだろう」
アーサーとケイがそう結論づけた横で、佐和はウーサーの顔を思い出していた。
傍若無人で、己の欲望に忠実で、融通が利かず、自分の非を全く認めない国王。
その全ての出発点が『あの時』にある。