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良かった……二人とも……。
目の前で互いに心を通わせ、お互いを最も必要とし合う二人の本当の意味の新しい門出に、佐和の胸にも込み上げるものがある――――――のは、最初の内だけだった。
ちょっと……ちょっと、ちょっと!?いつまでやってんの!?
すっかりガウェインとラグネルは佐和達の存在を忘れ去ってしまったようだ。
最初は温かい気持ちで見守っていた佐和達だったが、さすがに四回目の口づけあたりから全員そわそわし出した。
今もまだガウェインは何度も何度も角度を変え、ラグネルと唇を重ねている。
一方のラグネルは顔を離した瞬間は我に返るようで赤くなるのだが、ガウェインにまた口づけられるとすっかり幸せな気分になってしまうようで幸せそうにそれを受けている。
すっごく幸せそう……だけど、ちょっと!周りの事考えてってば!!
何これ!?洋画のR-15!?
濃厚すぎるって!日本人には刺激強すぎ……!
ガウェインの口づけは日本人のそれとは明らかに違う。欧米のそれだ。洋画のラブシーンですらドキドキしてしまう佐和にはハードルが高い。
さらに最悪なのはこれを見ているのが佐和一人だけじゃない事だ。
ちらりと勇気を振り絞って他のメンバーの顔を盗み見てみる。
マーリンとアーサーは……完全に固まっている。目の前の光景に唖然としすぎて、視線を逸らす事すらできていない。単なる銅像と化している。
反対側を見てみる。
ケイは「良かったなー、うん」と言いたげな生暖かーい笑顔で目を細めているが、多分あれは見ていない。目を細めて見ないようにしている。
その横のイウェインは完全に真っ赤な顔を両手で覆い隠し、時々指の隙間からまだ終わってないか確認しては小さい悲鳴をあげている。
ランスロットだけが「ガウェイン卿、ラグネルさん、本当に良かったですねー」と微笑んでいるが、なんて鉄のメンタル。少し分けてほしい。
いや……ちょっと……幸せなのもわかるし。感動する光景なんだけど……なんですけど、ちょっと独り身には染みるっていうか……ね?うん!そう言うのは二人きりの時にしてほしいっていうか……!
佐和はケイ達からアーサーとマーリンに視線を戻した。
この中で唯一、現状を打破できるとすれば……
佐和は真横にいたアーサーの脇腹を肘で小突いた。最初は小突かれた事に眉を潜めたアーサーだったが、佐和の目線だけで何が言いたいのか伝わったようだ。ようやく我に返り、わざと大きな咳払いをした。
「あー、ごほん!」
しかし、ガウェインには聞こえていない。
「ごほん!ごほん!」
「が……ガウェイン様……殿下が……」
「気にすんなって……」
「え?あの?」
「……いい加減にしろ!ガウェイン!!中止だ!!中止!!周囲の目を憚れ!!」
真っ赤になってうろたえるラグネルを抱きしめたまま、ガウェインはアーサーに拗ねた。
「いいじゃんかよー。せっかくなんだぞー」
「何がだ!?いや!説明するな!とにかく一旦やめろ!お前はともかくラグネル嬢に悪いだろうが!」
「えぇー、嫌なのかぁー?ラグネルぅー」
「え?あの……そんな事は……」
身長の高いガウェインに抱きしめられている小柄なラグネルはすっぽり腕の中に収まってしまっている。けれどその胸元で、もぞもぞと恥じらいながらガウェインの顔を見上げた。
「ラグネルは……ガウェイン様のお傍に……いられるだけで……幸せ……です」
「…………俺の嫁さん、すっげえ可愛くね!?」
「五月蠅い!!黙れ!この馬鹿!!」
アーサーに同意を求めたガウェインをアーサーが一喝する。
いつも通りの二人の様子を見て、ようやく他の人も苦笑して肩の力を抜いた。
「全く……、ラグネル嬢、お疲れの所申し訳ない。だが、詳しく話を聞かせてもらいたい。構わないだろうか」
「え?あ、はい!勿論です、殿下」
「アーサー、ラグネルだって疲れてるだろー。後にしてやれよー」
慌ててガウェインからアーサーに身体を向けたラグネルの背後からガウェインがラグネルに抱きついた。
抱きしめられたラグネルが真っ赤な顔でうつむく。
「お前は一体何様のつもりだ!?」
「旦那様ー!」
「調子に乗るな!この馬鹿!」
「で、殿下、申し訳ございません……!ガウェイン様、駄目ですよ、殿下を困らせては……」
「ラグネルがそう言うならー」
「……こんな嫁バカになるとは」
すっかりガウェインはラグネルにでれでれだ。
頭を抱えたアーサーにケイ達も近づく。
「あははー、微笑ましいじゃないかー。な?ランスロット?」
「ええ、愛は素晴らしいものですよ、殿下」
「……ロマンチック……」
「何か言った?ぷりぷり?」
「何も言ってない!!というかそのあだ名は止めろと何度言えば!」
いつも通り、笑い合う騎士たちの姿に佐和は胸を撫で下ろした。
ガウェインだけはぼろぼろだが、その笑顔は今まで見た事がないほど明るく、一点の曇りも無い。
……ま、いっか。
二十数年、勇敢で女性の望みを叶える事を信条とする騎士を待ち続けたラグネル。
十数年、勇敢に女性に優しくあり続ける呪と宿命を背負い、騎士であり続けたガウェイン。
それはきっと、この瞬間のために。
「まずは村に戻り、落ち着いてから話そう。移動するぞ」
アーサーの号令で騎士達が戻るための支度を始める。
その中でガウェインが、ラグネルに手を差し出した。
その手を見つめたラグネルが少し戸惑いながらも、手を重ねる。
―――発作は、もう起きなかった。
二人並んで、アーサーに続いて歩き出す。
「そうだ、言い忘れていたな」
そんな二人を振り返って見たアーサーが笑った。
「結婚おめでとう。ガウェイン、ラグネル。主君として、心からの賛辞を贈る」
アーサーのその言葉に少しだけ驚いた二人だったが、すぐに幸せそうに笑い合う。
呪いは、もう無い。
「……マーリン、私達も行こっか」
目の前の光景に感動しながら、佐和はマーリンの横に並んだ。
「……マーリン?」
マーリンは一人だけ、さっきまでガウェイン達がいた場所を向いて固まったままだった。