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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 望を教えて
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page.259

       ***



「どういう事なんだよ!?ラグネル!」

「……ガウェイン様、ガウェイン様の勇気ある行動のおかげで私達兄弟は皆、救われました。呪は解け、兄様も―――私も、ようやく終われるんです」

「何言ってんだ!?呪は解けたんだろ!?」


 ガウェインの叫び声を聞きながら、ラグネルの身体が徐々に浮き上がって行く。


「はい。解けました。でも……私達の身体はあの時、呪をかけられた時から一秒も進んでいないのです……それが今戻ってきました。そんな時間の急速な流れを受け止められるわけがない……ですから、呪が解けても……私達の命はもう……」

「そんな……」


 ラグネルの見た目は二十代、呪にかかった時のままの姿だとすれば本当なら彼女は五十過ぎになる。この世界の基準ならかなりの年だ。呪の反動に耐えられるような若さではない。

 やっと……やっと自由になれたのに、死ぬしかないってのか……?

 俯いたガウェインの頬に、宙に浮いたラグネルの手がそっと触れた。

 一瞬反射で逃げそうになったが、ラグネルは静かに首を振っている。


「ガウェイン様、もうガウェイン様は女性に触れます」

「え……?」


 言われてみればさっきもラグネルに触れる事ができた。

 予想外の言葉にガウェインは眼前のラグネルの顔をまじまじと見つめた。


「私もガウェイン様の呪がどうして起きたのかはよくわかりません……でも、もしかしたら私のために姉様がガウェイン様に残してくれたのかもしれません……」

「お前のお姉さんが?」


 あの時、激しい雨の中ガウェインが貫いた『彼女』。

 『彼女』が残してくれた呪。


「はい……ガウェイン様の今までの苦しみを思えば、本来ならこんな事言うべきじゃないのはわかっています。ですけど……私には……私に出会うために、私の呪を解くために、姉様がガウェイン様が他の女性と結婚してしまったりしないように、してくれていたようにしか思えないんです」

「ラグネル……」


 頬に触れたラグネルの手におそるおそるガウェインは自分の手を重ねた。


 ―――発疹も、発作も、何も起きなかった。


 ただ光に変わっていく手は暖かく、どこまでも優しい。

 久しぶりに触れる温もりだった。


「ずっと、ずっと苦しめて、ごめんなさい。ごめんなさい。ガウェイン様、どうか、これからはお幸せに」


 そう言いながらラグネルの手が離れて行く。

 まるで光に導かれて天に昇って行くように。

 彼女自身が光になって天に昇って行くように。


「―――ラグネル……!」


 ガウェインは離れそうになるラグネルの手を掴んだまま、彼女を見上げた。彼女はぎりぎりまで放そうとしないガウェインの手を見て、瞳に涙を浮かべ、微笑んでいる。


「ガウェイン様、こんなラグネルに優しくしてくださって、本当に嬉しかったです。言葉に耳を傾けてくださって、嬉しかったです。嫌な顔一つせず信じてくださって、嬉しかったです。何よりも―――私の願いを受け入れてくださった……ありがとうございます……」


 次から次へと、笑うラグネルの目尻から涙が溢れて

頬を伝っていく。

 その微笑みを見た瞬間――――ガウェインは『彼女』の最期を思い出した。

 雨の音。

 紛れて思い出せなかった声。

 確かに聞いていたはずの彼女の声。

 その表情。

 そうだ。


 彼女は―――ラグネルの姉は、最後ガウェインに微笑みかけていたんだ。


 笑って、血に塗れた手をガウェインの頬に添えてただ一言、言ったんだ。


「―――っ!」


 離れて行くラグネルの手を力強く握り返し、渾身の力でガウェインはラグネルの手を引いた。


「ガウェイン様……!?」

「おい!ガウェイン!何をしている!?」


 目の前のラグネルも背後にいるアーサー達も驚いている。

 無理も無い。ガウェインがしようとしている事はこの世の、世界の真理に背く事だ。


「―――死なせるかよ!もう二度と!」

「ガウェイン様…………それは……」

「俺は認めねえ!こんなの認めねえ!」


 両手でラグネルの左手を引っ張る。けれどラグネルの身体は在り得ないほどの力で上へ上へと引き上げられていく。

 ガウェインの力ですら抗えないほどの力。それは腕力とは次元の異なる力だ。

 くそ……!さっきの戦いに力を使い切っちまったから踏ん張れねえ……!


「ガウェイン様!どうか手をお放しください……!」

「嫌だ!」

「ガウェイン!」

「アーサー!まずい!ガウェインを止めないと!このままじゃ、ガウェインまで連れて行かれる!!」


 アーサーに忠告するマーリンの声が聞こえる。

 俺まで連れて行かれる?上等だ。


「連れて行けるもんなら、連れて行ってみろよ……!」

「ガウェイン様!駄目です!放してください!」


 ラグネルの周囲の淡く浮遊していた光が閃光のように弾けた。その度に剣で切りつけられるようなぴりぴりとした痛みが腕を刺す。

 それでも決して掴んだ手から力は抜かない。

 不安がるラグネルにガウェインは笑いかけた。


 もし、もしも本当に彼女と出会うために、この呪に苦しめられた時間があったのだとしたら。

 釣り合ってねぇーっつーの!!


「ラグネル……!俺は、まだお前に何もしてやってねえよ!」

「そんな……ガウェイン様、ガウェイン様は充分に……」

「全然だ!!」


 ガウェインの叫び声にラグネルが言葉を詰まらせた。

 今にも泣き出しそうなラグネルにひたすら笑いかける。


「まだ俺、ラグネルの事全然知らねえし、どこかに一緒に出掛けたりとかもできてねえし、結婚式だって、もっとすげーやつ、やんないと!」

「……ガウェイン様……」

「それから、今まで寂しがらせた分埋め合わせてやんねーとなんねえし。誓いも立てちまったしな!」

「ですが、それは……」

「死が二人を分かつまで?だろ!まだ別れちゃいねえよ!それに俺は夫として、お前にまだ何もしてやってない!」

「ガウェイン様……」

「……言えよ、ラグネル。さっきみたいに。俺に何をして欲しいか」


 腕が痛い。今までこんな刺すような痛み味わった事無い。気を抜けば気絶する。

 それでも掴んだ手は温かい。


『誰よりも勇敢に仲間の命を救ったガウェイン卿のままであれ。失う悲しみと重みを知った女性に優しい騎士であれ』


 知ってる。

 失う悲しみ?重み?

 そんなもん、ずっと感じて生きてきた。

 だからその言葉の通り、その重みを胸に、女性をただ助けるだけじゃない。女性の望みを叶える騎士であろうとしてきたんだ。

 誰よりも先に他人の願いを受け入れる勇気を持った女性の願いを叶える騎士。

 それがガウェインが、生きていられた理由。

 だから。


「言ってくれ!何がしたい!?俺に何をして欲しい!?どうしたい!?お前の一番の望みは何だ!?」


 ガウェインの呼びかけに、堪えていたラグネルの涙が零れた。


「…………………………です」

「ちゃんと言ってくれ……!」

「……ま…………たい………」


 ラグネルの涙がはじけ飛ぶ。


「……ガウェイン様のお傍に、もっといたいです……!!」

「それぐらい、叶えてやるに決まってるだろ!!」


 ガウェインは笑って、思い切り彼女の腕を引いた。




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