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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第一章 魔術師強制収容所
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       ***



「さて、それではアンノンクラスの皆さん。私が皆さんの担当をするヤガーです」


 一時間目の共通授業を終えた後はミルディンと別れ、アンノンクラスの授業だ。

さっきの教室と違い、アンノンクラスの教室は佐和の通っている学校とほとんど変わらない大きさとつくりだった。

 違うのは謎の幾何学模様の書かれた紙やドライフラワーなどの魔術に使うと考えられるものが壁の至る所にかけられていることだけだ。しかし、そのせいかなんだか教室には圧迫感がある。

 その中で横一列に並んで座らせられたのは佐和を含めて全部で六人。

 全員そわそわしながら視線を教室内のあちこちにさ迷わせていたが、教師が入って来た途端、浮足立ったメンバーの浮ついた空気は一気に沈殿した。

 担当する魔術師は老婆だった。しゃがれた声に杖をついて曲がった腰で歩き、黒いローブを引きずる。これぞまさしく魔女といわんばかりのいでたちに、クラスメイト全員がひいていた。


「まず皆さんには魔術とはなんたるかを知ってもらいます。Dクラス以上の人間は本能的に魔術とは何かというものを理解していますが、あなたたちは違います。まずは魔術の基本的知識を学びましょう。実践はその後です」


 そこまで言ったヤガーはついていた杖を振り上げた。その杖の動きに合わせて黒板に置いてあったチョークが宙に浮くと、何か文字を書き始める。


「それではまず、この中で字の読み書きができない者はどれだけいますか?」

「え?」


 予想外の質問に固まった佐和は焦って左右を見まわした。恐る恐るブリーセンと他にももう一名が手を挙げたのを見て急いで手を挙げる。


「なるほど、読み書きのできない生徒には選択の授業も用意してありますから、あとで職員室に申込みに来なさい。とりあえず、今回は口頭で説明をします」


 そうか。日本と違って義務教育とかがあるわけじゃないから、読み書きできない子もいるのか……。

 選択授業まで用意されているなんて、至れり尽くせりだ。勉強すれば、この世界の字も読めるようになるだろう。何てありがたい話だ。

 文字が読めない生徒がいることを確認したヤガーは杖を振り下ろし、用済みになったチョークを元の位置に戻すと、そばに置いてあった椅子に腰かけた。


「さて、それでは。まず魔術には大きく分けて二種類あるということを理解しましょう」

「二種類?」


 端っこに座っていた生徒の呟きにヤガーは緩やかに頷いた。


「そうです。二種類、それは意志魔術と共感魔術です。皆さん、初めに水晶を触りクラス分けを行いましたね?あの時、皆さんはどう思って水晶に手をかざしましたか?」

「ええっと……う、動けです」


 目線だけで答えるよう促された二番目に座っていた生徒が、どもりながら出した答えにヤガーは頷いた。


「そうです。そして魔術の才或る者はその「動け」という意志のみで物を動かすことができます。これが意志魔術です」


 解説を加えながらヤガーは目線だけで今度はチョークを宙に浮かせて見せた。


「この意志魔術は才能の差が如実に表れます。どれだけの現象を意志のみで行えるのか。それは魔術師によって異なります。大抵は単純な作業ができるくらいですがね」

「じゃあ……俺たちが水晶を動かせなかったのってやっぱり才能がないんじゃ……」

「それは違います。あなた方は意志の使い方を知らないだけです。もちろんどれだけの力を発動できるかは今後の努力と元からの才能にもよりますが」

「意志の使い方?」


 始めはむすっとしていたブリーセンも興味が出てきたのか口を開いた。見れば佐和以外の生徒は話を聞く姿勢がだんだん前のめりになってきている。


「そうです。そもそも、なぜ頭の中で『思う』だけで不思議な力が使えると思いますか?」


 言われてみれば不思議だ。ただ魔法が使える。それだけで他の人とは違うから何でもありな気がしていたけれど、理屈は?と聞かれたら全くわからない。


「それはですね、この世界全体と人間の身体というものが似ているからなのです」

「……」


 理解できない。

 唖然としたのは佐和だけではない。他の生徒も皆ぽかんとしている。


「それを説明するためにはもう一つの魔術を理解する必要があります」

「それはなんなんですか?」

「それは共感魔術と呼ばれるものです」


 共感魔術。

 佐和は頭の中でその言葉を繰り返した。

 『意志魔術』というのはなんとなくわかる。いわいるサイコシネキスとか超能力とかはこれに当てはまるんだろう。でも、『共感』という言葉の意味がわからない。


「共感魔術とは世の中に存在する見えない糸―――簡単に言えば似ている物や関係のある物。つまり縁を持つ物を使って行う魔術です。これが何かわかりますか?」


 そう言ってヤガーがポケットから取り出したのは藁人形だった。定番中の定番アイテムの登場に佐和は思わず突っ込みそうになった。

 定番すぎるでしょ!!


「これはいわゆる藁人形です。呪いたい相手の髪を埋め込み使用します。ここに共感魔術の肝があります。それは相手の髪を使うという点です。世の中には見えぬ糸――『縁』が存在します。そしてその縁というのは『似ている物』や『関係のある物』から繋がっています」


 ここら辺で何人かが付いていけなくなったようで頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。


「例えばこの人形を使って呪いたい相手に呪をかけるとしましょう。そこで相手の髪の毛つまり呪いたい相手と『関係のある物』を呪いたい相手と『似ている』形である人形に埋め込みます。これで相手と人形の『縁』を結ぶわけです。そして『縁』で繋がった状態の人形にしたことが相手の体にも現れる。これが共感魔術です」

「相手に『関係ある物』と『似ている物』両方そろわないとできないんでしょうか?」

「いえ、そういうわけではありません。『似ている物』もしくは『関係のある物』またはその両方を駆使し、行うのです。意志魔術の強い魔術師は藁人形など使わずとも相手を呪えます。しかし、能力の低い魔術師ほど相手により近い縁を持つ『媒介』を使って魔術の効果を高めるわけです。いわば『共感魔術』とは補助的な魔術なのです」


 そこまで説明したヤガーは宙に浮いていたチョークを黒板に移動させると大きな丸を上下に二つ書いた。


「簡単にいえば魔術の根源は全て意志魔術。下の丸です。それでは足りない力を補ったり、威力を強めるのが共感魔術です。ここでいう上の丸ですね」

「それが私たちが自力じゃ意志魔術を使えないこととどう関係してくるのですか?」


 交互に質問をする生徒たちは昨日までの表情とは違う生き生きとした様子でヤガーに質問している。


「先ほど『似ている物』を使用することで魔術が発動するというメカニズムを説明しましたね。あなたたちは最初に言った通り、自分たちが世界と『似ている』ものなのだということを理解できていないのです。この世界の縮図が私たち―――人なのです。つまり私たち魔術師は世界を縮小した小世界なのです。それを本能的に理解している魔術師ほど、自分の内で起こる変化と世界に起きる変化を結びつけることができ、意志魔術として実際に魔術を発動させることができるのです」


 つまり世界と似ている人間の頭の中で起きたことは似ている世界にも影響を与えるということか。

 佐和は腕を組み直して考え込んだ。

 確かに人間の身体は小宇宙とも例えられる。それを世界とみなすならヤガーの言ってることは筋が通っているような気がした。


「でも、俺たちは意志魔術が使えない……それはどうすればいいんでしょうか?」


 1人の発言に浮足立っていた他の生徒の空気も停滞した。意志魔術が魔術の根幹なら、ここにいるメンバーは全員基礎が全くできていないということだ。


「まず意志魔術に必要なのは具体的なイメージです。自分の中に具体的なイメージを練り上げ、目の前の現実に投影させる。そのために必要なのは成功経験です。幼い頃から魔術が使えた他の生徒は無意識下でこのステップをクリアしていますが、あなたたちは違います。まずは成功のイメージを掴むことが必要です」

「でも、できないんですよ?どうやって成功しろっていうんですか?」


 ブリーセンの言葉に他の生徒もうんうんと同意した。ヤガーは長い杖で黒板の上丸を叩いた。


「そのための共感魔術です。さっき言った通り共感魔術は意志魔術を強める、もしくは補強する役割があります。共感魔術を使って成功し、そこから意思だけで成功するイメージを脳と身体に刻み込んでいくのです」

「じゃあ、私たちにいきなり誰かを呪えってこと?」

「いいえ、他人に影響を与える術は難度が高いので、まずは単純な魔法にしましょう。練習のためにさっきの藁人形のように、共感魔術をするための『縁』を結ぶアイテムを『媒介』と呼びます。さあ、それでは、あなたたちが一番手軽に用意できる媒介が何か、わかりますか?」

 ヤガーの質問に生徒は互いに顔を見合わせると慎重に一人ずつ手を挙げて答えて行った。

「髪の毛?」

「メイク?」

「薬?」

「相手の身に着けてた物とか?」

「杖?」

「杖は確かに正解ですね。魔術師の杖は縁をかき寄せやすくする効果がありますが、この場合の答えは違います。わざわざ用意する必要もなく、かつ起こしたいことと必ず関係しているものです」


 そこまで聞いた佐和の脳裏に一個だけこれかな?という答えが浮かんだ。

 起こしたいことと必ず関係があって、わざわざ用意する必要がなくて、どんなものにでも対応できるもの。それは。


「それは言葉です」


 答えが出ないと判断したヤガーが答えを伝え、説明を再開した。

 佐和の考えは当たっていた。言葉は必ずそのものを表すし、わざわざ用意する必要もない。そもそも日本には『言霊』という言葉も存在するぐらいだ。言葉には力があると民族的な意識がある。

 ただ、当たっていて嬉しいけれど、わざわざ手を挙げて発言するタイプでもないので、佐和も周りの様子に合わせて話に耳を傾ける。


「言葉には力があります。そして必ず言葉と現象の間には『縁』が存在します。ですから多くの魔法は『呪文』を媒介として発動するのです。まずはあなた方は簡単な呪文を使って単純な魔法を使いましょう。そして感覚を養い、最終的には意思のみで術を使えるようにするのです」


 ヤガーは椅子から立ち上がるとテストでも使った水晶を取り出した。


「それでは、まずこの水晶を動かせるようになる所から」




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