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「ガウェイン!!」
倒した緑の騎士が光の粒となって天に昇って行く。まるで魂のようなその光を見送ったガウェインにアーサーが駆け寄った。そのままの勢いで、いきなりガウェインの背中に肘打ちを食らわせる。
「いてっ!何だよ!?アーサー!俺、結構重症だぞ!?」
「全く……冷や冷やさせる戦いをしやがって……」
そう言ったアーサーの顔が明るい。それを見てガウェインもようやく笑った。
「……何言ってんだよ、圧勝だったろーが!」
「嘘をつけ!」
「お疲れ、ガウェイン」
「お疲れ様。ガウェイン殿」
「ガウェイン卿!素晴らしい戦いでした!!」
「お前らも……大げさなんだよ」
ガウェインの周囲に他の騎士が集まり、労う。
ガウェインは軽口を叩きながら仲間からの賞賛に答えている。そんな中、離れて立っていたラグネルがおずおずとガウェインに歩み寄った。
それに気付いたガウェインがアーサーやランスロットとふざけ合っていたのを止め、ラグネルの姿を見て優しく目を細める。
「……ラグネル」
「……ガウェイン様、本当に……本当に……」
涙をぽろぽろと零し、ラグネルは言葉に詰まっている。
両手で顔を覆い、何とか涙を止めようとしているものの一向に収まりそうにない。
「ラグネル……お前は本当にあの老婆なのか?一体お前は何者なんだ?微かには聞こえてきたが……話してもらえるか?」
アーサーの確認にラグネルは老婆の姿の時とは違い、はっきり頷き、涙を手で拭った。
「はい、殿下。まずは数々のご無礼をお許しください……」
「それはもういい。一体お前とあの者に何が起きた?」
アーサーの問いかけにラグネルは何度か呼吸を整え、しっかりと話し始めた。その声は老婆の姿の時とは全く違う可愛らしい声だ。
「全て、お話しします。我が一族と呪われたこの二十余年の出来事を。……殿下方もどうやらご存知のようですが、アルビオン王国統一以前、ここは小さな領地でした。私はその領主の末の娘です。けれど、お父様もお母様も流行病で亡くなってしまって……それから私達兄弟は四人、力を合わせて領地を経営していく事にしました。家督は長男である兄様が継ぎ、私達は兄様をできる限り支えました。兄様はアルビオン王国統一の戦に出陣したりもしましたが無事戻って来てくれました……でも……」
そこでラグネルが一度言葉を切った。胸の前で組んだ手が震えている。
「しばらくしてから、平和に暮らしていた所にある日、フードを目深にかぶった旅人が二人、訪ねて来たんです。激しい雷雨の日でした。彼らは宿が無く、雨に降られ困っていると言っていて……兄様は快く城の一室をお貸ししました。その日は本当に酷い雷で……その音で私は夜中に目が覚めたんです。そうしたらホールから怒鳴り声が聞こえてきて……おそるおそる階下を覗き見てみるとホールで旅人二人と兄様達三人が何やら揉めていました。兄様お二人とも剣を抜いて、姉様も厳しい目で旅人を睨んでいました……」
「……もしや、その旅の者というのは銀髪に淡い黄色の目をした男か?」
「どうして、殿下がご存知なのですか……?」
じゃあ、本当にこの城とあのゴルロイスには関係がある……?
「後で話そう。続きを頼む」
「は、はい……それで、その旅人は見る間に魔術で兄様達を緑の騎士に変え、姉様を捕えてしまいました……私は助けを呼ぼうと思ってその場を逃げ出そうとしました……けれどすぐに捕まってしまい……私もホールに連れて来られました……私の命もこれまでだと覚悟を決めた時、もう一人の者が私に近寄って来て耳元でささやいたんです」
「その者は、何と言ったんだ?」
「……『私と同じ、死よりも辛い呪をあなたに贈りましょう』と」
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「……え?」
「私と同じ、死よりも辛い呪をあなたに贈りましょう」
もう一人と違いローブとフードを深く羽織ったままの旅人の顔は見えない。
けれど、震えあがるラグネルに鈴の鳴るような可憐な声で似合わない物騒な事を言った。
「ど……どういう……」
「……あなたのお兄様方二人は、この方の操り人形になりました。ただの操り人形ではありません。不死身の騎士、この方の望むままに破壊と殺戮を繰り返す」
「そ……そんな……兄様!嘘ですよね?兄様……!!」
いくらラグネルが語りかけても緑の騎士は二人ともぴくりとも動かない。既に自我を失ってしまっているのがそれだけでわかる。
私が話しかけて兄様達が無視した事なんて、一度だって無かった……。本当に、兄様達は……。
とても優しい二人の兄。両親を亡くしてから、末のラグネルのために、不慣れな事もたくさんたくさんやってくださった。とても優しくて大好きな人達。
騎士とはいえ、人を傷つけるのを好まない兄様達に誰かを殺させるなんて……。
「そして、あなたの姉も最早私たちの操り人形。騎士は女性には礼を振る舞うべき存在。もしもあなたのお兄様達が万が一にでも危機に陥った時には、彼女に盾になってもらいましょう。きっと相手の騎士も攻撃を止めざるを得ないでしょうから、それであなたのお兄様達はその騎士を殺し、生き延びる事ができます」
「……酷い……」
泣き崩れ、両手で顔を覆ったラグネルにその人物は優しくささやいた。
「ですが、あなたにチャンスをあげましょう」
「チャンス……?」
その人物の甘言にラグネルは涙に濡れた顔をあげた。その人物のフードの下の唇が微笑んだ気がした。
「ええ、チャンスです。今から魔術であなたを醜い老婆に変えます。顔はただれ、手足は枯れ木のように、いぼも大きく、見るに堪えない醜態。そして何人たりとも近寄れないほどの悪臭。誰も耳を傾ける事のできない不快な声。それでもなお、あなたが本物の気高き騎士と結婚し、この城に戻ればその時はこの者達の呪もあなたの呪も解けるようにしましょう」
「……本当に?それは本当ですか?」
「ええ、でも覚えておきなさい」
その者が突如ラグネルの胸倉を掴み、笑った。
視界がぼやけていく。
「本物の誠実な騎士など、この世のどこにもいないという事を」
そこでラグネルの意識は途絶えた。