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『死闘っていうのはああいうのを言うんだなって感じだ』
騎士になり立ての頃の事件を語った時のガウェインの言葉を佐和は思い返していた。
そう、目の前で繰り広げられるそれはまさに―――死闘だった。
「ガウェイン……」
ガウェインは傷だらけで、息も切れ、それでもその闘志に燃える瞳が緑の騎士を見据えている。
そして、対する騎士もアーサー達と対峙していた時とは比べ物にならないほどの猛攻でガウェインに相対していた。しかし、ガウェインの腕力によって既に動くのに支障をきたすほどの深い傷を負わされている。
「俺たちの時と違い、不死身ではないのか……?」
「……はい、最早不死身ではないのです。ですが、決してその生命力が全て元の人であった時の状態に戻ったわけではないのです……。限りなく不死身に近い生命力です……」
アーサーの問いに答えながらラグネルがその両手を胸の前で組み祈っている。その左手に光る指輪は老婆の姿の時とは違いぴったりとはまっている。
ラグネルの言う通り、何度も何度も何度も何度も。普通の人間なら致命傷になっているはずの攻撃をガウェインは緑の騎士に浴びせ続けている。
しかし緑の騎士は決して倒れず、その度にガウェインがカウンター攻撃を食らう。その一撃もまた、普通の人間ならば耐えられないような威力だった。
やがて緑の騎士の様子が変わり始めた。まるで鎧が錆びたように動きが鈍ってきている。
どうやらその限りなく不死身に近い生命力の底が見えてきたようだ。
「どっちが先にスタミナが切れるかだな……」
アーサーの呟きに佐和も胸の前で両手を組んだ。
スタミナなんて言葉では言い表せられない。文字通りこれは『命の削り合い』だ。
その時、ガウェインが剣を構えなおした。その腕に以前にも見たことのある膨大な炎のようなエネルギーが迸り始める。
「次で決める気だ……」
「ガウェイン殿……!」
ケイもイウェインもガウェインの背中を真摯に見守っている。
決着は、近い。
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やべぇ。くらくらしてきた。
何度も殴られ、蹴られ、斬りつけられ、さすがに限界が近い。
だけど、それは相手も同じだ。
ガウェインは目の前の緑の騎士を見据え剣を構えなおした。身体中のエネルギーを腕に集める。
この一撃で、決める……!
チャンスは一回きり。しくじれば、相手の斧が力尽きたガウェインを襲う。
それでも、負けるわけにはいかない。
緑の騎士も限界を迎えている。ガウェインと向かい合いながら間合いを取っているその足がほんの少しだけ、よろけた。
その一瞬をガウェインは逃さず一気に駆けよる。
これで―――決める!!
不死身でもなんでも立ち上がれなくなる攻撃でぶっ倒す!!
ガウェインは剣を引き、緑の騎士の胴体を貫くべくありったけの力を込めて斬りかかった。
「もらった!!」
アーサーが拳を振り上げる声が聞こえる。
その瞬間、ガウェインの耳にあの時の雨音が聞こえた。
「……!?」
緑の騎士と自分の間に『彼女』がいた。
あの時と同じ。両手を広げ、緑の騎士を背に庇い、何かを叫んでいる。
思わず腕に込めた力を抜いてしまいそうになる。
―――駄目だ!!
こいつは幻だ!俺が創り出した幻の亡霊!
あの時の罪悪感から逃れられず、ともすれば忘れてしまいそうになる自分への戒め。
ただ、それだけだ!
しかし、ガウェインの意思と反して腕から、力が、エネルギーが、潮のように引いて行く。
駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。
斬るんだ。斬るんだ。
倒すんだ。
倒せ、こいつを―――!!
頭に血が昇り、身体中の感覚が研ぎ澄まされる。あの時と同じ。今まで出した事の無いほどの力が出せる前の感覚。
……でも、本当に『彼女』を斬る事は正しいのか?
無抵抗の人間を亡霊とはいえ、もう一度殺す人間を騎士と呼べるのか?
アーサーを守っても、『彼女』を殺した事に変わりはない。
いや、違う。
本当はそんな事を悔いていたんじゃない。
本当に俺が悔いていたのは―――湧き上がる血の衝動のままに彼女を斬った事だ。
冷静に戦えていれば、苛立ちに身を任せて剣を振るっていなければ、間に合ったかもしれない。
でも、間に合わなかった。
それは俺が馬鹿だったから。馬鹿でどうしようもなくて、こうと決めて突っ走ったから。
俺は獣みたいに他人を蹂躙した化け物だと、自分を認めたくなかっただけだ。
なら、やっぱり今この湧き上がる衝動のまま亡霊でも何でも『彼女』を斬る事はやっぱり正しくないんじゃ……。
「……ガウェイン様!!」
その時、雨音が消えた。
聞こえてきたのはこの数日、たった二日間共にしただけの妻の声。
「お願いです……助けて……!!」
そうだ。俺は、今。
ガウェインは剣を持つ手に力を込め直し―――亡霊ごと緑の騎士を貫いた。
「……ごめんな」
そして、安らかに。
俺は、『あんた』を殺した事を忘れない。
二度と、本能にただ任せるまま人を傷つけたりなんてしない。誓うよ。
それであんたの命に見合う行いができるとは思えないけれど。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
あの時と同じように亡霊がガウェインに血まみれの手を伸ばしてきた。その手が頬に触れて消える。
緑の騎士と『彼女』の姿が光の粒となって、天へ舞い上がっていく。
それを見送りながらガウェインはようやく剣を下ろした。
雨音はもう聞こえない。
けれど、やっぱり『彼女』が最後に何を言っていたのかは、聞き取れなかった。