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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 祝福のない結婚式
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page.251

       ***



 村の外周を回ってケイ達に老婆を連れて来てもらい、村人と老婆を会わす事無く、アーサー達は協会に入った。


「本当に使われなくなって久しいんだな……」

「埃がすごいですね……」

「でも、何か素敵な雰囲気ですよねー」

「埃だらけなだけだろ」


 佐和はフォローを入れたが、すぐにアーサーに一蹴される。

 けれど佐和だってアーサーにこういった情緒が通じるとは思っていない。唇を尖らせて反抗の意志だけはとりあえず表しておく。


「俺は、すごく、良いと思う」

「マーリン、お前あからさまな点数稼ぎは止めたらどうだ?」

「本気で言ってる」

「そんなわけあるか、こんなぼろい所、サワの感性がおかしいだけだ」

「お前の方がおかしい」

「何だと!」

「まぁ、まぁ、二人とも落ち着けって」


 ケイが仲裁に入った途端、マーリンとアーサーは互いに腕を組んでそっぽを向いた。動きがシンクロしている事に本人達だけが気付いていない。

 最後尾で控えていたガウェインはそんな二人の様子に構わず協会を物珍しそうに見物している。


「アーサー、結婚式って何やればいいんだー?」

「本来なら神父にしてもらう物だが……神父がいないからな……どうしたものか……」


 ガウェインとアーサーが相談しているまさにその時、祭壇の右手奥の部屋から騒がしく物が落ちる音が響いた。微かに開いた扉から埃が舞ってくる。


「うわ!何だ!?」


 身構えたガウェインや、驚いた他の面子の視線の先、舞う土埃の中から出て来たのはランスロットだ。思いっきり咳き込みながら埃まみれで出て来る。


「ごほ、ごほっ、すごいですねー埃。びっくりしてひっくり返しちゃいました」

「……ランスロット、お前は何をやっているんだ?」


 アーサーは呆れているが、ランスロットは気にした様子もなく手にしていた本をアーサーに差し出した。


「何だ?これは?」

「結婚式の際に使う書物です。これを読み上げれば、流れ通りに行えるかと思いまして。探してみたら奥の部屋に置いてありました」


 その本も埃にまみれているが、破れたりしているわけではない。しっかり本の形を保っている。


「……その形式でも構わないか?」


 アーサーが確認したのは、後ろの方で待機していたガウェインと佇んでいるだけの老婆だ。ガウェインはあっさりとアーサーの提案に頷いた。


「俺はラグネルが良いなら、何でもいいぞー」

「私は構いません」

「なら二人とも祭壇の前に並べ」


 アーサーの言葉でガウェインと老婆が祭壇の前に並んだ。ガウェインは倒れてしまわないように多少距離を開けているが、違和感があるほど離れているわけではない。

 アーサーはあっさりと少し離れた席まで下がった。同じ列の通路を挟んだ席にイウェインとケイも向かう。


「席も埃だらけだな……」


 文句ばかりのアーサーを余所に、戸惑いながらも座ろうとしたイウェインにケイが自分の上着を脱いでイスに敷いた。


「ほら、この上座れば?」

「いや!しかし、それでは貴様の上着が……」

「もう敷いちゃったし、汚れたから関係ないって」


 うわぁ……!かっこいい……!!

 思わず佐和はケイのイウェインへの態度に見惚れてしまった。完璧なエスコートだ。


「敷く前に一言言えば良いだろうが!それに私は汚れなど気にしない!!」

「そりゃ、そうだろうけど、お尻だけ真っ黒になるぞー、は!もしかしてぷりぷりのぷりぷりをより目立たせて注目を浴びる作戦だったのか!?」

「破廉恥な事を言うなああ!!」


 イウェインが真っ赤な顔でケイの頭を叩いた。

 ケイに言われた事が恥ずかしいのか、それともケイの気障な仕草に照れているのか。

 多分……両方だなー……イウェイン、可愛い。顔、真っ赤。

 本当にぷりぷりと怒りながらもイウェインは、小さく「ありがと」とケイに言って上着の上にちょこっと腰を下ろした。その俯いた顔が赤い。


「良いって、良いってー」


 そう言いながらケイがイウェインの隣にあっさりと座った。その瞬間、イウェインの肩が跳ねる。

 ちょ……!何あれ!もどかしい!萌える~!止めてぇ!

 隠した二人の気持ちを知っている佐和からすれば、もうにやけそうになる口角を抑えられない姿だ。微笑ましすぎる。

 その様子を見ていたアーサーが自分の横にやって来たマーリンの方を向いた。


「おい、お前も上着を脱げ」

「嫌だ」

「主君の座る場所だぞ、従者の上着ぐらい貸すのは普通だろうが」

「汚れる」

「俺の服が汚れる事に比べたら大した事じゃないだろうが」

「……俺の上着はサワに使う」


 そう言ったマーリンがきらきらとした瞳で佐和を待ち構えている。その眼差しの輝きに佐和は喉がつまった。

 うっ……!すっごく期待して待ってる……!


「ふざけるな。サワより俺だ。寄越せ」

「お前こそふざけるな。おい」


 アーサーが無理矢理マーリンの上着を脱がせにかかる。マーリンは本気でアーサーに抵抗している。


「貸せ!」

「絶対、嫌だ!」

「殿下~、僕の上着で宜しければお貸しいたしますよ~」

「お前のは何となく気色が悪い」

「酷いです!」


 ランスロットはアーサーに罵声を浴びせられたというのにどこか嬉しそうだ。

 その態度がアーサーに気味悪がられている原因だと本人だけが気付いていない。


「俺の上着はサワのだ!」

「ならシャツで我慢してやる!」

「上半身裸で結婚式に出る馬鹿がどこにいるんだよ」

「お前が初だ!良かったな!馬鹿で」

「馬鹿はお前だ!馬鹿」

「何だと!?お前の方が馬鹿だ!馬鹿!」

「おーい、早くやろーぜー」


 さすがに耐えかねたガウェインがのんびり割り込む。状況をようやく思い出したのかアーサーもマーリンもその一言で大人しくなった。


「ちっ……」

「死守した……。サワ、ほらこれ」

「え?あ、うん……」


 マーリンはすごく誇らしげに佐和に上着を差し出している。


「殿下、それで誰が神父役をやりましょうか?」

「ガウェイン、お前の好きにしろ」

「えー、誰でも俺は大丈夫だぞー、ラグネル、何かあるかー?」

「……もし、宜しければ、サワさんにお願いしたいのですが」

「え!?私ですか!?」


 まさかの指名に驚いて、マーリンから上着を受け取ろうとしていた佐和は慌てて振り返った。

 老婆―――ラグネルが小さく頷く。


「いいな!それ!俺からも頼む、サワ」

「ええ!ガウェインまで!?」

「では、はい。サワ殿」

「ランスロットまで!」


 ランスロットはあっさりと佐和に書を手渡して、アーサーの後ろの列に腰掛けた。わくわくしながら式の開始を待っている。


「や、そんな大役、私には……!」

「良いから、早くしろ。どうせお前以外できないんだしな」

「え?」


 そこまで言われて初めて佐和は気付いた。

 アーサー達はガウェイン達から離れた列に座っている。結婚式の参列者として本来ならあり得ない距離。

 ……そっか……臭い……。

 恐らく、あそこで座っているのもアーサー達にはきついのかもしれない。普段通りに振る舞っているのは、単に彼らの優しさなのだ。

 でも、神父役の人は二人の傍に行かないといけないもんね。

 それなら確かに佐和にしかできない。佐和だけはラグネルの臭いを嗅いでも平気だ。


「……わかりました。ガウェイン、ラグネルさん。私で良いですか?」

「おう!」

「はい、サワさんが良いです」

「俺の上着……」

「自分でその上にでも座ってろ、マーリン」


 ごめんねー、マーリン。

 せっかく佐和のために用意してくれたのに。しょんぼりしているマーリンは可愛い。それをアーサーが横で意地の悪い顔で見ている。

 苦笑しながら上着を返して、佐和は祭壇に上った。


「……私、この国の読み書き、ちょっとまだ苦手で、しどろもどろかもしれませんし、途中多少適当解釈とかしちゃうかもしれないけど、良い?」

「ああ、頼んだ」

「お願いいたします」


 佐和は深呼吸をゆっくりとしてからランスロットから手渡された書物のページを開いた。くすんだ青色の表紙を開くと、古い紙の匂いが漂ってくる。

 懐かしい匂い……。

 佐和の大好きな図書館の匂いだ。その匂いを嗅いだ瞬間、不思議と心が静まった。


「……それではこれより婚姻の儀を執り行います。まずこの結婚に意義のある者は今申し出なさい。異議が無いのであれば今後、何も言う事はならず、二人の平和を破ってはなりません」


 誰も何も言わない。全員こちらを―――ガウェインとラグネルの背を静かに見つめている。

 あれほどふてくされていたはずのアーサーすら、真っ直ぐガウェインの背中を見守っていた。


「……異議無しと、認めました。それではこれよりガウェイン……」

「……サワ?どうした?」


 そこで止まった佐和に、ガウェインが不思議そうに佐和の様子を伺ってくる。


「……ごめん、私、ガウェインの家の名前聞いてなかった……」

「おい……お前なぁ……」

「はは!そういや言い忘れてたな!アンブロシウスだ」


 アーサーが呆れ、ケイやイウェインまで脱力している。

 ……恥ずかしい。

 火照る頬をこらえつつ気を取り直して、続きを読み上げた。


「では、改めてガウェイン・アンブロシウスとラグネルの結婚を執り行います。夫ガウェイン、あなたはこの者ラグネルを妻とし、(いにしえ)からの教えに従って夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助け、変わることなく、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、死が二人を分かつまで、命の続く限り、生涯、互いに愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

「では、妻ラグネル、あなたはこの者ガウェインを夫とし、古からの教えに従って妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助け、変わることなく、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、死が二人を分かつまで、命の続く限り、生涯、互いに愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 佐和の言葉にガウェインもラグネルも力強い瞳と声で答えてみせてくれた。

 それを確認し、佐和はあらかじめ祭壇に置いておいた指環の入ったケースを開け、二人に向けた。


「では、指環の交換を」

「これは……」


 ラグネルが佐和の差し出した指環に驚いている。


「間に合わせで悪りぃな。既製品だからサイズが合うかもわかんねぇし。この村にある指環はこれだけらしくて。キャメロットに帰ったら式も指環もきちんと改めてやるから」


 ガウェインの優しい言葉に、ラグネルはただガウェインの顔を見上げている。窪んだ目の奥に何かが(よぎ)ったように見えた。


「……いいえ、充分です。ガウェイン様。お心遣い感謝いたします」

「奥さんのために何かすんのは、ま、夫の務めだ!」


 明るく太陽のようなガウェインの笑顔。

 もうラグネルを自分が守るべき妻として、迎え入れる事を覚悟し、吹っ切れている。

 ガウェインらしい。

 先にガウェインが小さい方の指環を取った。ラグネルが差し出した細い手を取り、逃げ出しそうになる身体を懸命に押さえつけながら素早く薬指に指環を通した。

 通し終わった瞬間、すぐに手を引く。倒れないようにだろう。


「ガウェイン、大丈夫?」

「おう!気合いで乗り越えられたぜ!あともう一回だな……よっしゃ、かかってこーい!」


 戦うわけじゃないけど……。

 苦笑する佐和の前から老婆が手を伸ばし、大きい方の指環を手に取る。

 それを見たガウェインが左手を差し出した。ラグネルもガウェインが倒れてしまわないように、なるべく触れる事なく指環を通した。その間、逃げ出さないようにガウェインが踏ん張って留まっている。


 情けない光景。どこか滑稽で、でも―――どこか愉快で。


 ラグネルの小枝みたいな指には指環は少し大きい。ガウェインの方はたまたまサイズが合ったみたいで、ぴったりだ。

 それもまた、この夫婦のちぐはぐさを表しているよう。


「よろしくな、ラグネル」

「……はい、ガウェイン様」


 けれど、互いを見つめ合う瞳にもう嫌悪や諦めの色は無い。

 ガウェインは既にラグネルを自分が守るべき存在として、受け止めていた。


 誰からの祝福も無い。

 代わりにステンドグラスから射し込む淡い陽光だけが、二人を暖かく包み込んでいた。




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