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アーサー達は一度村の外に戻り、老婆――ラグネルに協会の確認などをしてから来るという事で、一足先に佐和とマーリンがその協会に行って様子を見る事になった。
村の外れにあるその協会は、外はぼろぼろで使われなくなって長い事が一目でわかる。
協会っていうよりは、遺跡みたい……。
どちらかというとベージュの石で建てられた協会は、佐和の中の結婚式を挙げる協会よりも遺跡などに雰囲気が似ている。だが、優しい色合いのせいかどこか暖かい印象のある建物だ。
「入ってみよう」
マーリンが古びた扉を開けると思いっきり軋んだ音が響く。中は思ったよりも綺麗だった。
使われていなかったせいで埃が雪のように積もっているし、所々蔦も生えているが荒れてはいない。長椅子が並べられ、奥にはきちんと祭壇も形を保っている。
祭壇上部のステンドグラスはすすけて蜘蛛の巣も張っている。けれど、むしろ差し込む陽光が柔らかくなって、協会内部を淡く照らしている。舞っている埃がちらちらと光った。
「意外と使えそうだな」
「うん、これなら大丈夫そうだね」
中に足を踏み入れ、建物を吟味しているマーリンの横顔はいつも通りだ。
そこから何を考えているのかは、読み取れない。
「……ねぇ、マーリン。どう思う?」
「どうって?」
「あの―――ラグネルさんって、敵かな?味方かな?」
ずっとアーサー達が側にいたので、魔術関係の事をマーリンに聞きたくても中々聞けなかった。けれど、今は二人きりだ。
佐和の質問にマーリンは少し困っている。
「敵か、味方かは……俺にもわからない。だけど、あの人の言う通りにすると、魔術が解けてるのは本当」
「魔術?」
「うん。あのラグネルって人には共感魔術がかかってる。それも、かなり複雑な。俺の目には何重にも糸で縛られてるみたいに見える」
「糸?」
「たぶん共感魔術の縁だ」
共感魔術は似たもの、関係のあるもの、その間に存在する縁を結んで発動させる魔術だ。
その縁が何重にも……?
「もう……あれは、呪いって呼んでも良いと思う。それぐらい複雑な共感魔術が幾重にもあの人にはかけられてる。たぶん、あの人とあの城の魔術は縁で繋がってる。その証拠に、あの人が最初に言った『剣をしまって欲しい』って願いが叶った瞬間、村中を覆ってた霧が晴れた。その時、あの人から縁の糸が一つ解けたように見えた」
「……って事は、ラグネルさんの言う通りにして、彼女にかけられた共感魔術を解いていけば、あの城の魔術も解けていく……って事?」
「多分」
「でも、何であの人が?」
共感魔術で使えるのは『似ているもの』または『関係のあるもの』だ。あの醜い老婆と湖上の城に関係があるとは考えられない。
「それは俺にも……でも、今はあの人の言う通りにするのが一番だと思う……」
「……マーリン?他に何か気になる事でもあるの?」
マーリンは何かそれ以上に難しい事を考えているように見える。少し佐和の顔色を窺ってから言いにくそうに切り出した。
「……あの、森の時。俺もアーサーもあの老婆を敵だ、倒すべきだって考えに支配されてた気がする」
「え?アーサーは元からじゃない?」
魔術師と聞けば冷静でいられなくなり冷徹になるのは悲しいかな、まだアーサーの一面でもある。残念だとは思うが、意外だとは思わない。
「いや……それはそうなんだけど……それ以上にあの老婆には敵意をむき出しにさせられたというか、そういう風に『持って行かれた』気がする。俺やアーサーだけじゃない。ケイもイウェインもランスロットも」
「それって……」
「あの霧は幻覚を見せるだけじゃない。俺たちの感情を操る魔術だったのかもしれない」
「そんな事……できるの?強制収容所の時の洗脳魔術みたいなもの?」
「あれよりもかなり高度な魔術だ。不特定多数の人間を操るなんて、少なくとも今の俺にはできない」
そこまで聞いてマーリンが何を危惧しているのか佐和にもわかった。
ラグネルが自分で自分に魔術をかけたのではないとすれば、ラグネルに魔術をかけた魔術師は―――マーリン以上の力を持っている。
「……サワ、俺から離れないで。何があるかわからないから」
「わかった……」
未だ佐和達の行く末の霧は晴れていない。
どんな不意が訪れても不思議ではないのだ。