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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 祝福のない結婚式
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page.249

       ***



 翌朝、ニワトコの大樹から佐和達は村へと戻った。

 早朝には出発したはずだったが、村に着いたのは陽も高く昇ってからだ。老婆のあの足では歩く事も中々困難で、霧が晴れたとはいえ、じりじりと森を抜けるしかなかった。ようやくたどり着いた村の入口に、老婆と見張りと護衛を兼ねてケイとイウェインを残して残りのメンバーは協会を探しに村に入る事にした。


「俺、ラグネルと一緒に残るべきだったんじゃね?」

「逆だ。馬鹿。急遽とはいえ、お前の式だ。俺が何でもかんでも決めるわけにはいかないだろうが」


 一晩経ち、ガウェインの症状はすっかり良くなっていた。もう普段通り立ち上がって歩けている。

 それにどこか吹っ切れたように表情も少し明るい気がする。


「殿下!」


 村に入ってすぐ、男性が一人、佐和達に駆け寄って来た。

 あ、最初にこの村に来た時に話しかけたおじさんだ……。

 あの時のしかめっ面の人と同一人物とは思えないほど興奮した様子でこちらに向かって走って来る。アーサーの前まで来た時には息がすっかり上がってしまっていた。


「で……でんか、良かった。お話ししたい事が……!」

「どうした?何かあったのか?」

「あったも何も……見てください!この数十年、晴れなかった霧が晴れたんです……!それも殿下方が森に入ってからです!もしかしてこれは殿下の御業なのですか!?」


 この質問にアーサーはこっそり眉を寄せた。

 その様子を見ていたランスロットが、佐和にこっそり話しかけてくる。


「殿下の御力といえば御力ですし、ガウェイン卿の英断と言えば、そうですし……この場合って、あの質問にはどのようにお答えするのが正しいのでしょうか?」

「いや、私に聞かないでよ、ランスロット。そもそもこういう時は全部正直に話しちゃ駄目だって」

「何故ですか?」

「余計に混乱させちゃうでしょ」


 ランスロットは真実をありのままに話さない事が理解できないらしい。首を捻って考え込んでいる。

 これはランスロットの美徳だけど、欠点でもあるよなー。

 本当に彼は正直だ。だが、正直すぎる。

 長々と村人に話している余裕は無いし、事情を話すのも難しい。相手にわかりやすく伝えるために話を短く纏める事やわかりやすく言い換える事は社会人必須スキルだ。


「その事に関して、ちょうど村の者に頼みたい事があって来た。例の城の呪を解くために行わなければならない事があって、村にある協会を貸してもらいたい。可能だろうか?」

「も、勿論です!さっそく村長に言ってきます!俺の家の前でお待ちください」


 アーサーは質問には正面から答えなかったが、男性はうまい具合に(ほだ)されてくれたようだ。意気揚々と駆け出して行く。

 佐和達は男性の仕事場兼自宅の前まで移動し、男性の帰りを待った。

 男性は本当に急いで話を通してきてくれたらしい。待ったのはほんの少しで、すぐに帰って来た。


「村長から許可が下りました。あの呪を解いてくださるなら、村は協力を惜しみません!ただ……その協会なんですが、この村にある協会は使わなくなって久しく……建物は残っていますが、司祭などはいらっしゃらないのです」

「ガウェイン、どうする?キャメロットまで戻るか?」

「んー、俺は良いぜ。戻ってる時間もねえし、ラグネルが良いって言ったらどこでも」

「……わかった。助かった。感謝する」

「いえ!殿下ならば必ずあの城の呪も解けましょう!村の者皆、応援しております!!」


 よほどあの霧はこの村を苦しめていたようだ。物理的に霧が晴れたからだけではなく、どこか村自体が明るい気がする。


「それでは、私はこれで……」

「あ、待ってくれ」


 意外にも男性を呼び止めたのはガウェインだ。呼び止められた男性が振り返る。


「他にも何か?騎士様」

「ちょっとな、すげえ急なんだけど、どうしても指輪が欲しいんだ。この村に店か、もしくは、たまたま行商人が来てたりとかしてないか?」

「それってもしかして……」


 続きを言おうとしたマーリンの言葉をアーサーが目で止めた。

 村人に正直に話せば混乱させてしまうかもしれないし、アーサーはきっとガウェインの外聞の事も気にしている。

 意図が伝わったのかわからないが、マーリンは押し黙った。


「はぁ……指輪ですか……?」

「そ、できればペアのやつ」

「……ここは昔、金属加工で栄えた技術者の集まる村だったというのは、殿下には少しお話ししましたね。ですが、例の霧が出るようになってから、食糧難や行商人との通商が難しくなって皆、村を出て行ってしまいまして……」


 そう言えば、この人も職人なんだったけ……。

 今いる場所は男性の家の前でもあるが、開けた作業場でもある。

 昔は貴金属の加工で栄えたと言っていた。所狭しと並んだ道具が彼の職人人生を物語っている。


「残ってるのは、俺ぐらいのもんですけど……」

「もし、残ってたりしてたら、売ってくれねえかな?値段はそっちの納得いく額でいいからさ、頼む!」


 ガウェインが両手を男性に合わせた。貴族らしからぬガウェインの親しみの込められた頼み方に男性は面食らっている。


「……それも、呪を解くために必要なのですか?」

「……それもそうだけど、ちゃんと贈りたい相手がいてな。ま、両方だ!」


 ガウェインの言葉に戸惑っていた男性だったが、しばらくガウェインとアーサーを見比べた後、「少しお待ちください」と言って作業場の奥へ消えて行った。

 戻って来た男性の手にはこの村には似合わない綺麗な箱が乗っている。


「……この村に唯一残ってる指輪です。結婚指輪として作りました」


 箱の中には綺麗なピンクゴールドのリングが二つ収められている。片方は大きめで太目の物、もう一つは細めで小さいが、どちらも同じデザインで、飾り気が無くシンプルで曲線だけで形作られているが、それ故に綺麗だった。


「……誰かに渡す物だったんじゃねえの?」

「ええ、でも……その人達はあの城の関係者で、行方知らずになってしまいましたので……ただ、俺の技術の結晶、生涯の最高傑作で、幾ら生活が苦しくなっても、これだけは手放せなくて……」


 そう言いながら男性は、ガウェインに指輪を差し出した。


「……良いのか?別に無理にとは」

「いえ、良い機会です。買ってください。殿下の名高い騎士様の物となれるのならば、こんな職人冥利に尽きる事はありません。ぜひ」

「……ありがとな」


 ガウェインが男性から箱ごと指輪を受け取った。ガウェインが自分の荷物からありったけの持ち金を手渡す。その巾着の中を見た男性が目を丸くした。


「こんなにはいただけません!」

「これでも足りねえくらいだよ、ありがとな。お前の最高傑作、大事にすっから」

「……ありがとうございます」


 男性が受け取ったのを確認したガウェインが笑う。アーサー達が出て行く間も、男性は深々と頭を下げ続けていた。




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