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ミルディンについて入った教室には、昨日この施設に入った新米ばかりが座っている。
講堂で見た他の魔術師が着ていたローブはこの後の実力クラスで配布されるらしいので、教室の中の人は皆まだバラバラの服装だ。
教室の造りは中央に教卓があって、それを囲むように半円の座席がひな壇になっている。ミルディンは教室の奥、後ろの方の端っこの席に腰掛けた。
佐和も悩んだが、今さら離れるのもおかしい気がするので、ミルディンの隣に座る。するとミルディンがぎょっと目を見開いた。
「……ごめん違うとこ座ったほうがいいよ……ね」
やっぱし、嫌だったかな。いきなり男女で並んで座るなんて。
佐和は大学でも男友達と講義を受けることなどざらにあるが、こっちの世界だとそういう習慣はないのかもしれない。
そう思って席を少しずらしてミルディンと距離を取ろうとすると、その途端ぱっと手首をつかまれた。
「ミルディン?」
佐和の手首をつかんだミルディンがつかんだ自分の手を見てなぜか驚いている。
「ミルディンってば」
「……悪い」
そう言ったミルディンだが、佐和の手を離そうとはしない。
「どうしたの?どっか具合悪い?」
「いや……その……そこでいいのか」
「ここ?確かに中心じゃないけど、黒板が見えないってわけじゃないし、いいんじゃない?」
こういう授業で決まった席に座る生徒もいるが、佐和はそうはこだわらない性格なので気にならない。
「席の話じゃ……いや、席の話だけど」
やたらとぶつぶつ何かミルディンが言っているが、佐和には聞き取れない。聞き返そうとした瞬間、教室のドアからコンスタンスが入ってきた。
「えー、みなさん、昨日はよく眠れたでしょうか。それではオリエンテーションを始めさせていただきます。まずは当施設の説明から」
結局引かれる手のままミルディンの隣に腰掛ける。ちらっと横を盗み見ると、ミルディンはまたそっぽを向いたままだ。
それにしてもこんなイケメンに手を握られるとやっぱりドキドキしてしまう。
座った瞬間ミルディンは手を離してくれたが、やけに落ち着かない。
「昨日、イグレーヌ様からお話があった通り、この施設は魔術師強制収容所とは表向きの姿です。はい。実際には、魔術師の保護施設であります。はい」
コンスタンスの後ろの黒板にチョークが勝手に施設の間取り図を描き始めた。
これもきっと魔法だと思うと、なんだかわくわくする。
コンスタンスの説明を聞きながら、佐和はマーリンに関する情報はないかと集中力を高めた。
コンスタンスの話はこの施設の設立経緯に始まり、現在の教育機関としての姿などを黒板に魔法のチョークで図説しながら進めていく。
説明を聞いている限り、昨日のイグレーヌの話は本当らしく、ウーサー王はここを処刑前の魔術師たちの収容所だと信じているらしい。
実際には魔術師たちが生活し、日中は共通授業として基礎的な魔術やこの施設のことを学び、午後は能力別のクラスに分かれて研鑚を行うとのことだった。死刑は行われたことにして、実際には生きたままこの施設で過ごしていることでウーサーから秘匿された施設。
ただ、この施設の事はわかっても、マーリンに関わる情報はなさそうだとあきらめかけたその時、佐和の耳に有力な情報が飛び込んできた。
「なお、昨日貴様たちが分けられたクラスですが、上からA、B、C、D、アンノンです。しかし、出だしのクラスに関わらず優秀な成績を収めたものにはSクラスが用意されています。Sクラスの魔術師はこの施設で暮らすだけでなく、陰ながらこの国のために働いている者もいます。皆さんもイグレーヌ様への恩返しとして、ぜひSクラス進級を目指して頑張ってください」
Sクラス。
その言葉が佐和の中で引っ掛かった。
確か日本から持ってきた本の中でマーリンについては「創世の魔術師」と呼ばれるほど魔法に秀でた人物と書かれていたはず。
それならばSクラスにマーリンがいるのではないだろうか。
そこですでにこの世界のために動いているのかもしれない。
「なお、Sクラスに進級する方法ですが、授業内での成績優秀が必要不可欠となります。」
そこになら、マーリンがいるかもしれない。
ぐっと拳をテーブルの下で握りしめた所で、大きな落とし穴があることに気が付いた。
て!私は魔法が使えないんだからSクラスなんて無理じゃん!
コンスタンスの言葉に内心盛大に突っ込む。
まあ、でも、佐和自身がSクラスに入るのが無理でも、Sクラスのカリキュラムがわかれば、校舎の中で出会える可能性はある。
気を取り直して机の下で拳を握り直した。
「最後に、イグレーヌ様からのお言葉を映像で見せます。注目するように」
コンスタンスは教卓の下から水晶を取り出し、教卓の上に置いた。昨日クラス分けに使ったものよりもかなり大きい。
机の上の台座に置かれた水晶が光りだし、空間にイグレーヌの顔が浮かびあがった。同時にコンスタンスが杖を振るい、教室の窓のカーテンを閉めていく。薄暗い空間に浮かびあがったイグレーヌは昨日も見せた柔らかい笑顔を浮かべた。
「皆さん、昨日はよく眠れましたか?」
当たり障りのない、佐和の感覚で言えば校長の挨拶のようなイグレーヌの演説に思わず欠伸が出そうになる。
話の内容は、どれだけあなたたちが大変な思いをしてきたかわかりますとか。それに胸が痛みますとかだ。佐和は正確には魔術師ではないので、迫害されたこともないし、話に共感できる部分はほとんどない。半ば他人事のようにイグレーヌの話を聞いていた。
けれど、欠伸を噛み殺そうとして横を向いた佐和の目に信じられない光景が飛び込んできた。
佐和以外の全員が、イグレーヌの映像に感じ、見入っている。
中には号泣している人もいれば、涙を堪えている人もいた。
何、これ。
そんなに泣くこと?
確かに魔術師が今までどんな境遇に会ってきたのか佐和にはわからない。
わからないが……それにしても、こんな風になるものなのだろうか。
もし、本当にそうなら、どれだけ、この人たちは辛い境遇だったんだろう。
そう思うと佐和の胸も締め付けられる。でも、それで佐和が泣くのは違う。そんな形の同情は失礼だ。
ふと、隣に座ったミルディンを見ると泣いてはいなかった。それでも感情の起伏がわかりづらいミルディンですら表情が苦しげなのは伝わってくる。
どうやらイグレーヌの話はよほど魔術師の心を揺さぶるらしい。
けれど、なんだろう。
全員が全員同じ反応をするなんて。
……変な感じ。
感じてしまった失礼な感想を悟られないように、その後はなるべく映像を見ないようにして、意識をそらすことに全力を尽くした。
本日は二話投稿です。