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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 望まれる騎士であれ
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page.244

       ***



 アーサーの剣は、地面に突き刺さっただけだった。

 見れば、ガウェインが老婆を片手で抱えて、アーサーの刃を躱している。

 小柄な老婆はガウェインの腕に座るようにして持ち上げられ、されるがまま抱えられた状態でガウェインは着地した。


「ガウェイン!?何を!」


 アーサーがガウェインに剣を向ける。マーリンはアーサーの背中越しにガウェインの様子を伺った。ガウェインも自分の剣をアーサーに向ける。


「アーサー、聞いてくれ!この人は助けを求めてる!話を聞いてやってくれ!」

「いいから早くそいつから離れろ!気絶するぞ!」


 アーサーの言う通り、ガウェインの体がぐらりと傾いだ。だが、ガウェインは剣を地面に突き刺し、何とか倒れるのを堪えている。


「ガウェイン!」

「アーサー……頼む……」


 小柄な老婆はガウェインの片腕に乗っかったままだ。老婆に触れているガウェインの腕に見る見る発疹が浮き出てくる。息もあがりはじめ、顔からは冷や汗が流れ出していた。

 どう見ても、ただ女性に触れられない女性恐怖症等の類いの症状などでは無い。尋常じゃない汗と発疹が老婆に触れている部分からみるみる広がって行く。


「ガウェイン!お前こそ、早くそいつを離すんだ!」

「離さない!!」


 ガウェインの啖呵にアーサーが怯んだ。


「助けてって、言ってるんだ。俺には聞こえたんだ!」

「だが、そいつは実際に俺たちを襲い、問いかけには答えない!これが敵だという証拠以外の他に何がある!?」

「言えない事情があるのかもしれないだろ!」

「だから無抵抗でやられろと言うのか!?」

「そうは言ってない!でも、剣を持ったまま話し合うなんて無理だろうが!どっちかが譲らねえと!始まんねぇだろ!」

「それがこちら側である必要がどこにある!?そいつが攻撃を止めればいいだろうが!」

「アーサー!!」


 ガウェインはアーサーの言葉を遮り、大声で制した。息も絶え絶えのその表情がアーサーを見つめる。

 その顔にまで発疹が広がってきている。いや、すでにそれは発疹と呼べるようなものではなかった。重度の火傷のように老婆に触れている部分からガウェインの肌が焼けただれ始めている。

 その顔と気迫に全員、息をのんだ。


「あの日……俺が無抵抗の女性を殺しちまった時、お前、言ってくれたよな……『誰よりも勇敢に仲間の命を救ったガウェイン卿のままであれ。失う悲しみと重みを知った女性に優しい騎士であれ』って」


 ガウェインはもう一度体に力を込め、立ち直した。その表情にいつもの快活さは無いが、穏やかで優しい笑顔を浮かべている。


「俺、嬉しかったんだ……いや、嬉しいなんて言葉じゃ、足りねぇな……。あの時、お前がああ言ってくれてなかったら、俺は…………」


 ガウェインは一度そこで言葉を切った。


「王位継承権を捨てて王族でも無くなった。女性を殺して騎士でも無くなった。呪いで女性に触れられなくなって、貴族として生きる道も絶えた。そんな俺に、お前は騎士として生きる道を残してくれた……。あの時、お前のあの言葉が無かったら、俺はここにいない」

「……ガウェイン」

「だから、あの日のお前の言葉を体現する事が、俺が生きていられる唯一の方法なんだ……確かに、敵に一番始めに突っ込んでって勇猛って言われるの、悪くねえよ……でも」


 ガウェインは剣を支えに老婆を抱えたまま、アーサーの目を真正面から見据えた。


「敵かもしれない奴を信じて、自分から先に剣を置くなんて馬鹿な事―――1番勇気のいる事、俺にやらせてくれよ。俺がお前の騎士の中で一番勇敢だって、胸を張らせてくれよ。女性に優しい騎士であれって、お前の言葉のままに生きさせてくれよ。こいつを信じなくてもいい。でも、俺を、俺の生き方を、認めてくれ。アーサー」

「ガウェイン……」

「アーサー」


 マーリンはアーサーの後ろから歩み寄った。


「俺も、ガウェインの言う通りにすべきだと思う」

「マーリン、何を言っている!お前だって見ただろう!?奴が俺たちに先制攻撃で魔術をしかけてきた事を」

「だけど、ガウェインが守るようになってからしてこなくなった」


 マーリンの断言にアーサーの顔色が変わる。他の騎士も言われてみればと周囲の霧を見ると、先ほどまで自分たちを取り囲んでいた霧の槍はどこにも無くなっていた。


「ガウェインの言う事、あながち間違いじゃないのかもしれない」


 というより、言えないだけでマーリンには確信があった。

 あの老婆には共感魔術の縁が複雑に絡み合っている。けれど、ガウェインが彼女を庇った途端、その糸にも似た縁が一つ、解けた。

 あの老婆を取り巻く縁は幾重にも厳重で、まるで老婆の身体を縛り付けているようにも見える。彼女の体も自由も縁によって縛られているのなら、アーサーの問いかけには答えなかったのではなく、答えられなかったのかもしれない。


「アーサー」

「頼む……アーサー」


 マーリンとガウェインの真剣な言葉を聞き、アーサーが押し黙った。

 そして、悩み抜いた末に出した結論にアーサーは髪を掻きむしった。


「……あぁ、もう……!!わかった!!」

「アーサー!?」

「殿下!?」


 やけくそ気味に剣を腰にしまったアーサーに、後ろにいたマーリン以外が驚く。

 アーサーは「全く……」などとぶつぶつ文句を言っていたが、剣をしまい、ガウェインが抱えたままの老婆に向かって一歩、歩み寄ると不意に片膝をついた。


「数々のご無礼をお許しいただきたい。ご婦人。私の名はアーサー・ペンドラゴン。呪われた城に関して、あなたならば何かご存知かもしれないとの噂を聞き、ここまでやって参りました。どうか数々のご無礼のお許しを」

「……アーサー……」


 アーサーが頭を垂れたのを見て、ガウェインが安堵の溜息をついたその瞬間、


 周囲を覆っていた霧が霧散した。



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