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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 望まれる騎士であれ
240/398

page.239

       ***



「……サワ!どこにいるんだ!?サワ!」


 一歩踏み出した瞬間、マーリンの視界からサワの姿もアーサー達の姿も見えなくなってしまった。濃く深い霧だけがマーリンの視界を覆っている。

 この気配……。

 やっぱりそうだ。この森に入った瞬間から薄々感じていた。


 この霧は魔術だ……。


 ただの霧なら、こんな簡単にはぐれるわけがない。おそらく人を惑わすような効果を持った魔術に違いない。

 サワ……。

 一番心配なのはサワだ。

 アーサー達は自分の身は或る程度自分で守れる。けど、サワにそんな事はできない。

 しかも、モルガン達に一番狙われているのは、アーサーとサワなのだ。

 早く……合流しないと……。

 その時、マーリンの前方に黒い人影が現れた。敵かどうかこの霧の濃さでは判別がつかない。

 そっと懐の杖に触れたまま、一歩一歩慎重に近づいて行く。向こうもこちらの気配を伺っている。

 最後の一歩は互いに一気に距離を詰めた。


「……アーサー!?」

「マーリンか!?」


 アーサーがこちらに向けていた剣を下ろした。とりあえず敵では無かった事にお互い安堵して、身体から力を抜く。


「なぜお前が俺の進行方向から現れる?俺の後ろを歩いていたはずだろう?」

「俺も真っ直ぐ進んだはずだったのに……」

「何だと?」


 アーサーがマーリンの言葉に考え込む。

 どうやらばらけさせるだけでなく、方向感覚まで狂わせる魔術のようだ。


「この霧も魔術なのか?」

「……たぶん」


 そう答えるしかないが、確実にそうだ。

 そうなると、他のメンバーと合流するのも一筋縄ではいかない。アーサーと合流できたのは奇跡に近い。

 でも……本当にこの魔術はモルガンのかけた魔術なのか……?

 この霧やあの呪いの城の魔術はかなり強力だが、モルガンの魔術とはどこか雰囲気が違うような気がする。

 考えこみ始めたマーリンの横でアーサーが歩き出した。


「まぁ、いい。とにかくこの霧を抜けなければ。もしくは早く合流しないと」

「それはあなた様次第です。騎士様」


 突如現れた声の主にアーサーもマーリンも驚いて振り返った。

 そこにいつの間にか立っていたのは、見るに耐えないほど醜い小さな老婆だった。



       ***



「何者だ!」


 アーサーがしまっていた剣を抜いた。マーリンも老婆に向き直る。

 黒いローブに全身を包んだ老婆。そのフードからのぞく顔は皺だらけで、垂れた皮膚が片目にかかり、大きないぼがいくつもある。髪もざんばらに生えていて、手足は枯れ木のよう。

 語りかけてきた声は、耳を思わず塞ぎたくなるほど、甲高くキィキィと不快な高音でありつつ、しゃがれている。


「お答えできません」

「貴様が村の子供が言っていたニワトコの老婆か?」

「……」

「答える気は無い、か」


 老婆は黙ったまま、こちらに一歩歩み寄った。その途端、老婆から耐えられないほどの悪臭が漂って来る。

 何かが腐ったような、ツンとする(にお)い。

 思わずマーリンはローブの袖で鼻を覆った。横にいるアーサーも片手で剣を構えながら、もう片方の腕で鼻を覆っている。

 見ているだけでも不快な気持ちが湧き起こされるのに、(にお)いまで……。

 老婆の動き、見た目、(にお)い、声。

 全てがまるで無理矢理頭の中に嫌な物を擦りつけられているような不快感を感じる。


「……なら、問いを変えよう。貴様、呪われた城について何か知っているか」

「ええ、騎士様」

「お前は魔術師か?」

「お答えできません」

「あの呪われた城に魔術をかけたのは貴様か?」

「お答えできません」

「貴様はあの城と無関係という事か?」

「……」

「無関係では無いようだな」


 アーサーの推測はたぶん合っている。

 共感魔術はあらゆる物の縁を結んで発動させる。この老婆には―――今まで見た事が無いほど複雑なそれこそ蚕の繭のように共感魔術の縁が絡みついていた。

 あの呪われた城とは限らないが、魔術と無関係とは到底思えない。


「この霧もお前の仕業か?」

「お答えできません。しかし、どうか騎士様。剣をしまっていただきたい。このような無抵抗の老婆を斬るおつもりですか?」


 それはその通りだ……けど。

 マーリンは鼻を押さえたまま、横にいるアーサーを見た。


「本当に貴様が無害なアルビオンの民ならば非礼は詫びよう。だが、それがわからぬうちに剣をしまうことはできない」


 アーサーの目は鋭い。魔術の力が無くとも、おそらくこの老婆の異様な雰囲気を感じ取っているのかもしれない。

 もし……この老婆が魔術師だったら……アーサーは躊躇無く斬る。

 そんなのは見たくない。

 魔術師というだけで何の罪も無い人が殺されるのは嫌だ。

 ずっとそう思ってたし、それは今も変わらない。

 でも……モルガン達は違う。

 悪意を持って、魔術を使い、人に害を成している。それをそのままにはしておけない。

 魔術師というだけで蔑み、罪を着せる事は腹立たしい。だからといって、魔術師であればどんな事をしても許されるわけじゃない。

 そして、おそらくこの禍々しい空気を持つ老婆も、また。


 ……できるだろうか。アーサーに自分が魔術師だとばれぬように、この老婆に罪を認めさせ、殺さずに正す事が自分に……。

 アーサーの背後でマーリンは拳を握りしめた。


「最後に問おう。貴様は……我らに協力できるアルビオンの民か?」

「……」


 老婆は答えない。

 無言の否定にアーサーが剣を構えなおした。

 次の瞬間、周囲を覆っていた霧が形状を変え、アーサーとマーリンを貫こうと襲いかかってくる。


「アーサー!!」

「な……!」


 マーリンの忠告でアーサーは間一髪、霧の槍をかわした。槍はうごめきながら老婆の前に移動し、こちらに狙いを定めている。


「それが貴様の答えのようだな、魔術師……!」


 アーサーが剣を老婆に向けた。




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