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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 ニワトコおばさん
239/398

page.238

       ***



 その景色に佐和は口をぽっかり開けたまま見惚れた。

 ……綺麗。

 霧が晴れ渡り、優しい日差しが降り注ぐ原っぱ。小さな野花が咲き乱れ、吸い込む空気もどことなく清々しい。

 だが何よりもまず目に飛び込んできたのは、その中心にそびえ立つ大きな木だった。

 幾つもの幹と枝が支え合うようにして枝葉を広げている。

 ファンタジー小説に出てくる世界樹みたい……確かあれって、北欧神話だったっけ……。

 吸い寄せられるようにその大樹に近寄って見ると、自分の置かれている状況が初めてわかった。

 この大樹を中心として霧が周囲を覆い囲っている。真上には澄んだ青空が見えているが、霧はまるで城壁のようにこの原っぱの周囲を取り囲んでいるのだ。

 不思議な所……まるで雲の渦の中にいるみたい。

 それに……マーリン達は一体どこに行っちゃったんだろう……。

 辺りを見渡しても佐和以外の人影は見当たらない。

 マーリン達は私より前を歩いてたはずなのに。どうして私だけ……。


「おや」


 そこでようやく佐和はこの場所に自分以外の人がいることに気が付いた。

 大樹の根本に誰か腰掛けている。

 黒い小さな塊のようなものがもぞもぞと蠢いた。聞こえてきた声はしゃがれ、耳をつんざくような甲高さも持ち合わせている。黒板を爪でひっかいた時のような不愉快な音階。


「どうして、あなただけ」


 大樹の根本に腰掛けていたのは老婆だった。

 黒いローブを身にまとった小さな、そして醜い老婆だ。

 いや。醜い、なんて言葉では形容できていない。

 顔はただれ、片方の目は垂れた皮膚で覆われている。皺だらけの顔や手、グロテスクな赤黒色のいぼが浮かび、髪も白く、ざんばらに垂れている。

 ローブから見えた足は歩けるとは思えないほど枯れた細い枝のような状態で、ただ年を取っただけではこうはならない。おぞましい姿をしていた。

 その異様な外見と雰囲気に佐和はおっかなびっくり老婆に話しかけた。


「あなたが……ニワトコおばさん……ですか?」


 佐和は少しだけ老婆に近づいた。その瞬間、老婆から腐敗臭が漂う。

 この清浄な場所にあまりにも似合わない腐臭。嗅げばどんな者でも我慢できず、吐き出しそうなほど強烈な臭い。

 何だろ、酸っぱいっていうか腐ってるっていうか、とにかくすごい匂い……。


「そう村の子供は呼んでいるね」


 佐和はもう一歩、老婆に近づいた。

 頭ではこの老婆の姿が見るに耐えないもので、近づくことすらできない臭いを放っていることもわかっている。それなのに。


 それなのに……私、不快に感じてない……。


 頭ではわかってるのに。感じているはずなのに。この老婆に不思議と佐和は嫌悪感を抱けなかった。

 感じている感覚と頭が切り離されているような。

 感覚が遠くなってしまったような不思議な気分だ。

 最初はその見た目に驚きこそしたけれど、今は全く怖くない。

 おかしいなー私、お化けとか苦手なはずなのに……生きてる人間だから見た目グロくても平気なのかな?

 こんなこと思うの失礼だとは思うけども……。

 だが、それぐらい老婆の見た目や臭いは佐和の人生で出会った事がないほど強烈だった。


「あの……私たち、あなたに話が聞きたくて来たんです」

「知っているのですよ」

「え?」


 老婆は佐和にゆっくりと答えた。

 杖を支えに根本から腰を上げるが、立った身長は座っていた時とあまり変わらない。


「どうしてあなただけが、ここに来れたのかはわからないけれど、求めている答えを手に入れられるかどうかは、あなた達にかかっているのですよ」


 老婆が震える手で霧の壁を指さした。

 そこに映った景色に佐和は驚いた。

 霧がスクリーンになり、映像を映し出している。映像は全部で五つ。

 アーサーとマーリン、そして、それ以外の仲間達が一人ずつ、佐和の横にいるはずの老婆とそれぞれ剣を抜いて対峙している。

 みんな……!?


「私たちにできることは、見守る事だけ」


 そう言った老婆もまた、霧に映る騎士達の姿を窪んだ目で真剣に見つめていた。




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