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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 ニワトコおばさん
235/398

page.234

       ***



「わりぃな、ケイ」

「気にするなって」


 ガウェインはケイと二人、町中を歩いていた。さっきからケイは情報収集を行うのにガウェインに口を挟む隙を与えず、全て一人でこなしている。


「おまえは温存しておけって。こういうのは向き不向きがあるからなー」

「……そうだな」


 返事をしながら、ガウェインの心はすでにここには無かった。

 あの時―――あの城に入って、緑の騎士に会った瞬間の事が蘇る。


 最初はそんなわけが無いと思っていた。殺したはずの人間が生きているなんて、そんな事。

 けど、考えるより先に身体が感じていた。

 あいつは同じだ。

 俺が殺した―――あいつと。あの時の緑の騎士と。


 誰にも止められなかった王宮への侵入者を倒したガウェインはその後、王宮中の誰からも褒め称えられた。国家の危機を救った英雄として。


 でも、そんなものはただ空しいだけだった。


 その時ガウェインの心を支配していたのは、女性の聞こえなかった最後の言葉ただ一つだった。

 いくら思い返してみても、あの時、彼女の最後の言葉が思い出せない。

 聞こえなかったはずはない。確かに自分は彼女の声を聞いた。

 でも、どれだけ思いだそうとしてもあの日の雨音にかき消されて聞こえない。


 その彼女も、あの城にいた―――まるで亡霊のように。


 ……いや……案外、本物の幽霊だったのかもな……。

 彼女が自分を恨んで化けて出たとしても何も不思議は無い。それだけの事を自分はしでかした。

 守るべき貴婦人を、無抵抗の相手を、貫くなんて。

 そう思った瞬間、身体中から力が抜けていた。アーサー達は戦っているのに、自分は彼女の表情をただただ見ることしかできなくて。

 でも、結局彼女の顔も黒い靄がかかったように思い出せない。

 俺は……一体、どうすれば良いんだ……。

 薄く霧がかかる曇天の空をぼんやりとガウェインは見上げた。



       ***



「……すみません」

「何だ?余所者か?」


 アーサーの命令で仕方なく村人に声をかけたマーリンは睨みつけられて、完全に怯んだ。何か作業をしているところを邪魔された男性の顔は渋い。


「はい」

「ここにゃ、なんもねえよ。立ち寄るだけ無駄だな」

「あの……そうじゃなくて……」


 アーサーには強気で物言えるのに、マーリンってば。

 佐和まではらはらする。元々マーリンは村人から忌み嫌われる人生を送って来た人だ。こんな風に誰かに話しかける事自体、未体験の事だろうに。

 それを無理矢理……。

 佐和は横でふんぞり返っているアーサーをこっそり睨みつけた。


「……アーサーの鬼」

「おい、サワ。小声のつもりだろうが、聞こえているからな。それにしても、俺にはあんなに食らいついてくるくせに……全く」


 見かねたアーサーが顎で佐和を煽った。

 助けてやれか、何とかしろか。どっちの合図なんだか……。

 後者だよね…………私だって、そんなに初対面の人と話すの得意なわけじゃないのに……。

 だが、そんな事を言っていても仕方が無い。

 腹をくくった佐和は、マーリンの後ろからおじさんの作業をのぞき込んだ。


「お忙しい所すみません」

「何だ、あんたもこれの連れか」

「はい、あ、今何してるんですか?」

「は?これか?見りゃわかんだろ、家中ひっくり返してなんか金に換えられる物がないか探してるんだよ。見ての通り、ここは年中霧ばっかで農作物も育たねえし……昔は貴金属の加工でそれなりにやれてたんだが……こいつらの出番ももう無いのかねぇ……」


 よく見れば、どうやらここは作業場のようだった。鍛冶屋に似ているが、どちらかというとそれよりも細かい装飾を行う工房らしく、細かい道具がたくさん置いてある。


「王都に謁見しに行った奴が持ち帰った金でしばらくは何とかなるかもしれねえが……やっぱ、売るしかねえのかな……こいつらは、俺の魂同然だってのに……」


 男は手に道具を持ち、愛着のある目で悲しげにそれらを物色している。他人に構っている余裕は無い。そこからマーリンに対しても、あんな態度を取ってしまったのかもしれない。

 佐和は頭の中でさっと話を持っていく方向性を定め、慎重に言葉と態度を選んだ。


「それについて実はお話が……」

「何だ?」


 大げさなぐらい、しおらしい様子でおじさんに語りかける。佐和の同調する声におじさんの耳が多少こちらに向いた気配を感じ、佐和は言葉を続けた。


「実は今回、こちらの方々が苦しんでるとの噂を聞いて、自ら村人の声を聞きたいといらっしゃっているんです。―――あちらにいらっしゃるのが、アルビオン王国王子アーサー殿下です。私たちは王子の従者です」


 芝居がかった佐和の台詞に、外で腕を組んで待っていたアーサーと、佐和が話しかけていたおじさん、両方の目が同時に見開いた。


「は?」

「で、で、でんかああああ!!???」


 はい、ざまあ。

 たまには自分で何とかしろ。

 佐和はしれっとした顔で脇に下がった。

 おじさんはアーサーに驚き、あっという間に駆け寄って行く。すでにアーサーは王子としての顔で接しているが、笑顔の隙間と眉間に怒りで変な皺が寄っている。話の合間合間に佐和の方を睨みつけてくる。

 しーらない。

 あっさりアーサーの視線を無視した佐和を見て、横にいるマーリンの肩が震えているような気がした。




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