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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 ガウェインと緑の騎士
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page.231

       ***



 それはガウェインがアーサーの騎士になってすぐの出来事だったらしい。


「キャメロットの城に侵入者が出た事があってな。すごく強くて、幾ら傷つけても止まらないってんで、何人も兵と騎士が命を落とした。そいつは―――不死身だったんだ。それでその侵入者を止められなくて、奴はついに謁見室にいた叔父上とアーサーの所まで来た」


 それを聞いて佐和は戦慄を覚えた。

 キャメロットの城には何人もの兵士と騎士が常駐している。謁見室まで護衛を切り倒して行くなんて、バリンのように人外の力でも持たない限り無理だ。


「そいつは鎧もヘルムも盾も全身緑色で覆ってた。だから、キャメロットでは、そいつのことを緑の騎士って呼んでる」


 緑の騎士……。

 さっきの城にいた騎士と特徴が一致する。


「そのような話、私は聞いた事も無いのだが……」

「当時の事を知る者には箝口令が布かれている。イウェインが知らないのも無理は無い」

「付け足しありがとなアーサー。そんでそいつは籠手を叔父上に投げつけたんだ」


 籠手……?

 佐和以外はその言葉に驚愕しているが、理由がわからない。そんな佐和の様子を見かねたケイが説明を付け足してくれた。


「籠手を投げるっていうのは、騎士が決闘を申し込む時の作法だよ、サワー。拾った相手は必ず相手の挑戦を受けなきゃならない。まぁ、拾わなかったら拾わなかったで騎士の恥と言われるから拾わざるをえないんだけどね」

「それを国王相手に……!?」

「しかも、相手は不死身の謎の騎士。偶々謁見室に居合わせた騎士、全員びっくりしてたぜ」


 びっくりしたなんてもので済むはずが無い。それは驚愕とも畏怖とも取れる光景だったはずだ。そして同時に―――国家の危機でもある。


「叔父上はやばいって顔してたな。そんで、それを見たアーサーが叔父上が動くより先に籠手を取ろうとしたんだ」

「え!?」

「……当たり前だろう。そんな得体の知れない相手と父上―――国王を決闘させられるわけがない」


 驚いた佐和に対して、腕を組んだアーサーは至極当然のようにそう言っているが、でもそれはアーサーにも言える事だ。

 一国の王子が得体の知れない怪物みたいな騎士を相手にして、どうして今、アーサーが無事でいるのか。

 勝っちゃったとか……?それとも、もしかして……。

 佐和の思考を読み取ったアーサーが佐和を睨みつけた。


「言っておくが、サワ。俺は亡霊じゃないからな。結局、俺は闘わなかったんだ」

「そ。アーサーが取る前に、俺が横から籠手を拾った」

「何でそんな事したんだ?」


 マーリンの質問にガウェインは寂しそうに笑った。


「ま、アーサーにそんな事させられねえっていうのもあったし、俺はちょうどアーサーの騎士になったばっかりで、意気込んでたっていうのが、一番でけえかな……。そんで後日、俺と緑の騎士は決闘する事になった。場所は、この前の大会じゃ使わなかった方の空き地だ」


 この旅に出る前に、ガウェインが一人で見ていた場所……。

 あの時の頼りない背中と今、目の前にいる沈んだ様子のガウェインの姿が重なる。


「本当に不死身だった……いくら斬っても、斬っても全然倒れなかった。死闘っていうのはああいうのを言うんだなって感じだ。そんな甘っちょろいもんじゃなかったけど……俺も傷だらけで―――文字通り、命がけの闘いだった」


 ガウェインはどこか懐かしそうにその時の事を語っている。

 最期の言葉にアーサーとケイが目を伏せた。当時の事を知っている二人も、その時の事を思い出しているのかもしれない。


「このままじゃ、殺される。そう思って熱くなった俺は、いくら相手が不死身でも立ち上がれないくらいの攻撃をしてやろうと思って、渾身の力を込めた一撃を奮った」


 ガウェインの力を、佐和は何度も目の前で見ている。あの力で剣を振るえば、いくら不死身の騎士相手でも、どれほど厚い鎧を纏おうと致命傷を与えられるだろう。

 だが、佐和の期待とは反対にガウェインの声が沈みこんでいく。

 その声が、ここからが本題なのだと告げていた。


「その瞬間、アーサーの制止の声が聞こえたんだ。でも、腕が止まらなくて。そん時の事はすげえ、はっきり覚えてる」


 ガウェインは、広げた自分の両手を見つめた。


「客席からその緑の騎士に向かって女性が一人、会場に飛び込んで来たんだ。そんで俺と緑の騎士の間に割って入った。俺は――――――両手を広げて騎士の前に立った女性ごとその騎士を貫いた」


 悔しげに顔を歪め、ガウェインは自分の左手で右腕を握りしめた。


「止まらなかった……!止められなかったんだ……!!俺は騎士なのに、守るべき女性を殺した!しかも、無抵抗な相手を、だ……!」


 今にも泣き出しそうな、怒っているような。ガウェインの顔に後悔と懺悔と憤怒が入り混じる。

 自分自身への怒りからか震えるガウェインの拳。その震えを治めようとガウェインは強く自分の腕を掴んでいる。徐々に震えが治まったところで、その手が力無く垂れ下がった。


「……結局、緑の騎士は動かなくなった。俺は勝った。……その女性を犠牲にして」


 ガウェイン……。


「でも、それは……言いにくいけど、その女性が悪いと思う。闘技場に入るなんて」

「マーリンの言う通りだ。俺もガウェインにはそう言った」

「けどな、マーリン。俺は自分が許せなかったんだよ。あん時、彼女は何か叫んでた。俺は、完全に目の前の敵をぶった斬る事しか頭になくなってて、頭に血が昇って……巻き込んだんだ。もっと冷静に戦ってりゃ、あんな事には、ならなかったかもしれない」


 誰も何も言わない。

 いつも明るくて、優しくて、誰よりも勇敢なアーサーの騎士。

 彼が時々見せる寂しげな笑顔の元は、この事件にあったのかもしれない。


「……彼女を貫いた時、彼女が何か俺に言ったんだ。でもあの時、降ってた雨の音しか今は―――思い出せない。血にまみれた彼女の唇が動いて……でも、何を言ってるのか、わからない。きっと、俺に呪いの言葉を吐いて、死んだんだろうな…………その証拠に、それ以来俺は女性に触れなくなった……。呪いだと、俺は思ったよ。これは……報いだって。あの時、名前も知らない彼女を斬った俺への」


 まさか、女性に触れない事にそんな理由があったなんて……。

 彼は出会った当初、その事を「ただの持病みたいなもんだから、気にすんな!命に別状はねえし!」と明るく言い放っていた。

 そう言えるようになるまでに、どれだけの時間を要したのだろう。


「……もしかして、ガウェインが王宮にいなかったのって……」

「そ。呪いを解く方法を探して、旅しててな。まぁ、ぜんっぜん見つからなくて、一回帰って来たわけだけど」


 そんな理由があったんだ……。

 ケイは当初、アーサーのもう一人の騎士は旅に出ていると言っていただけだったが、多分事情を知っていたに違いない。

 今も昔の事を語るガウェインの横で、アーサーとケイは暗い表情でうつむいている。


「俺は騎士を辞めようと思った。でも、アーサーが引き止めてくれた」


 ガウェインがちらりとアーサーを見た。アーサーはふんと腕を組んで顔を逸らしている。

 そう言えば以前、ガウェインにマーリンが『どうしてアーサーの騎士だったのか』と聞いた時、ガウェインは『騎士になったばかりの頃に許されないような大ポカをやらかして、その時アーサーに言われた一言に救われたから』というような事を言っていた。

 それは―――この時の事だったんだ……。


「そんで俺は今、ここにいる。そういうわけだ」


 ガウェインはそう言うと(おもむろ)に立ち上がった。


「……あの城に行って、あいつが現れた瞬間、びっくりしちまったよ。俺がぶっ殺したはずなのに、何で?ってな。しかも、二階の廊下に……その時の女性が……立ってたんだ……俺を、ただ見てた。」

「ガウェイン……」

「……幻だって、わかってるよ。ランスロットの話、少し聞こえたけど、あれ魔術なんだろ?なら、死んだ人間の幻を見せるぐらいできるわな。それなのに、俺……立てなくなっちまって……さ……。責めてるんだ。顔も見えねえけど、彼女、俺を責めてた。俺を見てたんだ……」

「ガウェイン……お前……」

「……わりぃ、アーサー。余計な事までしゃべっちまったな!俺、先寝るわ!じゃ」


 それだけ告げたガウェインがいつも通り手を挙げて、少し離れた寝床に戻って行く。その笑顔と様子があまりにも普段通りにしようと努めているのが痛々しくて、見ていられない。


「おやすみなさい」


 気の利いた言葉は何も言えない。かろうじて佐和の口から出せた言葉はそれだけだった。

 それに対しガウェインは振り返らず、手だけをひらひらと振り返してくれた。




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