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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 ガウェインと緑の騎士
231/398

page.230

       ***



 ()()うの体で逃げ出した佐和達は、湖から少し離れた場所に野営地を設営した。


 あの緑の騎士は、追っては来なかった。


 しかし、桟橋を渡りきって戻って来た時にはすっかり陽が落ちかけていて、これから夜になるのに村を目指して移動するのは危険だと判断したアーサーが今日は野営にすると言い出したのだ。

 アーサーが野営地に選んだのは、桟橋がかろうじて目視できる湖の畔だった。あそこから騎士が追って出て来たらすぐにわかるようにだろう。

 (くさむら)の上に、持って来ていた毛布を敷き、起こした火を囲んでいる全員の表情が暗い。それは、すっかり陽が落ちたせいだけでは無かった。

 誰も何も太刀打ちできなかった……こんな事があるなんて……。

 ここにいるアーサーとその騎士たちの強さ、そしてマーリンの凄さを佐和は誰よりも知っている。その彼らが束になっても全く歯が立たない相手がこの世界にいるなんて、思いもしなかった……。

 その時、一人、輪から離れていたケイが戻って来た。


「ケイ、どうだ?」

「最初は(うな)されてたけど、今は大分落ち着いたみたいだ」


 そう言ったケイが、アーサーの向かいに腰を下ろす。

 輪から少し離れた所では、ガウェインが横になっている。ケイはその様子を見てきたのだ。

 城から抜け出した後、しばらくしてアーサー達の体調はすぐに元に戻った。しかし、ガウェインだけが、桟橋を渡り切ったところで気を失ってしまったのだ。

 アーサーが野営を選んだのは、ガウェインの事もあったからだろう。それから一向にガウェインは目を覚まさない。

 どうしちゃったんだろう……ガウェインが、あんな風になっちゃうなんて……。

 誰よりも勇気があって、一番最初に敵に突っ込んで行く。あの快活な笑顔からは想像もつかなかった怯えた表情は、今でもはっきり思い出せる。

 あんなガウェインの顔……初めて見た。


「一体何だったんだ……あの城は」

「先程も少しお話させてもらいましたが、結界の魔術だと思います」


 アーサーの零した声に答えたのはランスロットだ。


「僕の育った湖は母の―――湖の妖精の結界で守られていました。そのおかげで悪しきものは湖に近付く事すらできません。けれど、あの城の結界からは真逆の印象を受けました」

「真逆?」

「はい。何と言うか……守るための結界というより、得物を仕留めるための……そう、まるで蜘蛛の巣のような罠と言いますか」

「は、俺たちはまんまと引っ掛かった蝶々というわけか」


 アーサーが手短にあった木の枝を焚火に投げつけた。


「蜘蛛……そんな感じだ。あの城に入った途端、力が入らなくなった。そういう魔術……なのかも」


 マーリンがランスロットの言葉に付け足す。

 「かも」とは付けているが、彼はそう確信しているのだ。ただ正直にアーサー達に言うわけにはいかないだけで。


「ということは、呪われた城の噂自体は(まこと)だったという事ですね」

「そう言えば、イウェイン。どうしてお前はあれだけ動けたんだ?ランスロットは頭がおかしいからまだわかるが……」

「殿下、僕が平気だったのは頭がおかしいからではなく、慣れの問題で……」

「それが既におかしいだろうが」


 アーサーとランスロットの力の抜けるやり取りの間も、真面目にイウェインは考え込んでいる。思案していたイウェインは唐突に佐和と目を合わせてきた。


「……サワ。サワも、もしかして息苦しさを感じていなかったのではないか?」

「へ?……まぁ……うん」


 イウェインの確認に佐和は曖昧に頷いた。

 一人だけ異世界から来た人間なので魔術が効かないなんて言っても信じてもらえないだろうし、どうしてそんな事を知っているかと理由を聞かれたら答えられない。

 佐和の返答を聞いて少しだけイウェインは考え込んでから、アーサーの質問に答えた。


「……だとすれば、あの結界は女性には効かないのかもしれませんね」

「男限定か……」


 それがわかったところで何も話は進まない。

 あの緑の騎士はアーサーが言った『ゴルロイス』の名前に確かに反応した。しかし、話が通じるような相手には見えなかったし、もう一度無策で飛び込む事わけにはいかない。


「だとすれば、私にご命令を殿下。必ずや、()の緑の騎士を成敗してみせます」

「駄目だ」


 イウェインの提案をすぐにアーサーは棄却した。その声には決然とした意思がある。


「お前も見ただろう。あいつには幾ら攻撃しても効かない。不死身に近い。一対一で挑める相手では無い」

「なら、イウェイン卿と僕で」

「駄目だ!」


 アーサーがランスロットの提案に怒鳴った。怒鳴られたランスロットもイウェインも初めて見るアーサーの焦ったような怒声に目を丸くしている。

 アーサー?

 アーサーの様子がおかしい。それに、さっきから一言もケイが口を挟まない事も佐和には不思議だった。

 二人そろって表情が暗い。


「……アーサー」


 重苦しい空気の中、声を発したのは佐和の横に座っていたマーリンだ。その真摯な目が真っ直ぐアーサーを見つめる。


「何か隠してないか?俺たちに」


 マーリン?

 佐和はしっかりとアーサーを見据えるマーリンの横顔を眺めた。その表情には確信が宿っている。


「……」

「ケイも。二人ともあの騎士を見た時、様子がおかしかった。それに何かケイとアーサーがこそこそ話してるのも聞こえた。あの騎士の正体に心当たり、あるんじゃないのか?」


 アーサーもケイも俯いたまま答えない。

 この沈黙が肯定だとわからない人間はこの場にはいない。

 初めて行ったはずの場所で、あの不思議な敵に心当たりがある……?一体、どういう事?

 でも確かにあの緑の騎士を前にした時のアーサー、ケイ、そして何よりガウェインの様子は異常だった。

 訳がわからないまま、佐和は大人しく事の成り行きを見守る事にした。


「アーサー」

「……俺の一存で話す事はできない」

「……また、陛下か?」

「違う」

「なら、何だ?俺たちには言えないのか?」

「……」


 無言を貫くアーサーにマーリンが堪えきれずに立ち上がった。


「俺たちは知る必要もない?」

「……そうじゃない」

「なら何だ?」

「言えない」

「アーサー!」

「五月蠅い」

「俺たちに何で言えないんだ……そんなに頼りないか?」

「……」

「アーサー!」


 しつこく尋ねるマーリンにアーサーもかっとなって立ち上がり、マーリンを真正面から睨み返した。


「違う!お前らだから言えないんだ!」

「どういう事だ!言えないのは俺たちの事、信頼してないって事だろ!」

「違うと何度言えばわかる!この馬鹿!信頼している関係だからこそ、勝手に話す事などできないんだ!」

「マーリン殿、殿下、落ち着いてください」


 ランスロットが二人を宥めようと立ち上がる。

 アーサーとマーリンの唐突な喧嘩にイウェインは狼狽を懸命に押し殺し、三人を見上げている。ケイは静かに成り行きを見つめたままだ。

 佐和も内心動揺し、言い争うアーサーとマーリンを交互に見る事しかできない。

 何で、こんな頑なに隠そうとするんだろう?でも……アーサーは陛下じゃないって……。


「なら、俺から話せば、問題ねえだろ」


 各々取り乱している佐和達の会話に割って入って来たのは、ガウェインだった。

 起き上がった彼は、まだどこかふらふらしている。顔色も悪い。

 木の幹を支えにしながら弱々しく笑って近づいて来る。


「ガウェイン!しかし……!」

「いいって、アーサー。マーリンも、もう仲間だもんな。勿論、サワもイウェインもランスロットも。アーサーに一緒についてく大切な仲間だ」


 よろけるガウェインの側にすぐランスロットが駆け寄った。ガウェインが腰を下ろすのをそっと手伝う。


「ありがとよ、ランスロット」

「いえ」


 ガウェインが座り込んだのを見たアーサーはマーリンから離れ、自分の座っていた場所に荒く腰を落とし、腕を組んでそっぽを向いた。

 その頬は少し膨れていて、明らかに機嫌が悪くなった。というよりどこか拗ねているようだ。


「わりぃな、アーサー。気、遣わせちまって」

「ふん」

「ケイも、黙っててくれてありがとな」


 ケイはガウェインの言葉に軽く手を挙げただけだ。

 この件に関しては口を開かないと決めているらしい。

 ということは、やっぱりあの騎士はガウェインと何か関係があるんだ……。

 城でのガウェインの異常な様子から薄々感じていたが、どうやら佐和の感は当たりのようだ。

 マーリン達も、感づいていたに違いない。アーサーとケイ以外は座り込んだガウェインの一挙一動に注目している。


「さてと、どっから話せばいいかな。俺はケイやアーサーと違って、説明がうまくねえから……」


 そう言ったガウェインが天を仰いだ。今は霧は薄まり、夜空を微かに見上げることができる。


「……そうだな、とりあえず。これだけは言っとくか」


 佐和たちに視線を戻したガウェインの顔が焚火に照らされる。その瞳に、揺らぐ炎が映り込んだ。


「あの緑の騎士は不死身だ。なんせ、昔、俺がぶっ殺したはずの奴だからな」



 信じられない語り出しに、アーサーとケイ以外の全員が言葉を失った。




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