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魔法の試験など佐和にできるはずがない。一般市民Aの自分が魔法なんて使えるわけがない。
海音は使っていたけれど、佐和には使えない。となると、もし魔術師でない場合ここを追放されてしまうんではないだろうか?
そうするとマーリンに会えるチャンスがなくなってしまう。
ど、ど、どうしよう……!
「私、魔術師なんかじゃない……!!」
その呟きは自分ではないかと思うほどシンクロしたタイミングで聞こえた。
言ったのは横にいたブリーセンだ。どうやらブリーセンも魔法が使えないらしい。
「中には無自覚や才能の目がまだ出ていない者もいますので。その場合それ用のクラスがあるから安心してください。それに見た所あなたはまだ才能に目覚めていないだけのようですし、はい」
よし!助かった!!
心の中でガッツポーズを決めた佐和は何食わぬ顔を装った。
「それでは一人ずつ、この水晶に触っていただきましょう。ではニーナあなたから」
コンスタンスは壇から降りると小さな杖で机を端から寄せた。そうして足元に置いていたカバンから人の頭より少し小さいくらいの水晶を取り出し、乗せると、さらにボードにおいた紙をめくり、さっきイグレーヌと手を繋いだ少女を呼び出した。
恐る恐る水晶に触ろうとした少女の手の中でかすかに水晶が浮く。
「はい、結構。あなたはDクラス」
その次もコンスタンスは身近な人間を読んでは名前を聞いてボードに書く。水晶に触らせる。水晶に訪れた変化を事細かに記す作業を繰り返した。
水晶の変化は様々で、浮くだけの場合もあれば、動くときもある。燃え上がるときや逆に水晶から水が滴るなんて場合もあった。
聞いている限り、どうやら能力別にB、C、Dクラスがあるようだ。アルファベット順に優秀なのだろう。
Bクラスと言われた数人は水晶玉に起きた変化が他の人よりも大きかった。大抵はほんの少し動いたり、ほんの少し水晶からなにかが出てくるぐらいだ。それはほぼCクラスに入れられている。
「とと、止まれ。止まってくれ」
今審査されている男の人は自分の頭の上でふらふらと舞う水晶を懸命に追いかけまわしている。言うことを聞かない水晶はずっと同じところを行ったり来たりだ。
「ふむ。アンディ・ルイソン。貴様もDクラス」
そしておそらく最初のニーナという少女やこの男性のように自身で能力をコントロールできないメンバーはDクラスだということが見ていてわかった。水晶が言うことを聞かなくなるたび、コンスタンスが杖を使って水晶を元の位置に戻している。
「次」
全員の視線が今度はミルディンに注がれた。ミルディンは居心地が悪そうに水晶の前まで行き、手をかざす。
「名は?」
「ミルディン」
「ファミリネームは?」
「ない。……孤児院で育った」
そう言ったミルディンの顔が一瞬曇ったが、すぐにいつもの無口な顔つきに戻り改めて水晶に手をかざした。
その途端、水晶が眩いほど光輝き始める。
「な……!」
驚いたコンスタンスの前で水晶はミルディンの目線の高さまで上がると、眩しいほど光だし、最後に勢いよく粉々に割れた。
「す、素晴らしい!!Aクラス!」
今まで誰も割り振られていなかったが、さらに上のクラスがあったらしい。周りの歓声も気にせずミルディンは暗い表情のままだ。
用は終わったと言わんばかりに水晶から離れ、佐和の横に来たミルディンの表情はこれだけの賞賛を受けているとは思えないほど平然としている。
「す、すご。ミルディン」
戻ってきたミルディンに拍手を送るがこちらをちらりと見ただけで、ミルディンはそっぽを向いてしまった。
「次はその横の貴様」
「え?」
何かミルディンに気に障ることを言ってしまったかと、そればかり考えていた佐和は突然コンスタンスに呼ばれたせいで、間抜けな声を出した。
呼びつけたコンスタンスは新しい水晶をカバンから取り出して机に置いているところだ。もちろん、佐和は魔法など使えないので、無駄に終わる準備なわけだが、けれど……。
もし、もしかして万が一ということもあるんじゃないんだろうか。
ごくりと唾を飲み込んでから、佐和は水晶に手をかざした。
もしかして実は隠れた才能が眠ってるとか。意外とできちゃったりとか。奇跡が起きたりとか。海音だって魔法、使えてたわけだし……。
―――もちろんそんなことはなく、水晶に変化は何も起こらなかった。
「……貴様はアンノンクラスです」
「何ですか、それ!?」
アルファベットじゃない!
思わず心の声が叫びになった佐和を見るコンスタンスの目は冷ややかだ。
「さっきも説明しましたが、自身の能力に無自覚な人間や、才能がまだ芽生えていない人間の入るクラスです。貴様はそこです」
「どぅえ……」
追い出されないよりましか。そう思いながらも少しだけ落胆する。
やっぱし、才能なんてないか。普通こういうときは隠れた才能が出たりするのが王道の展開なんじゃ……。などと心の中でぶつくさ言いながら元の位置に戻ると、横にいるミルディンがじっとこちらを見ていることに気が付いた。
「な、何?ミルディン」
「……本気?」
当たり前じゃ!!と叫びそうになるが堪える。
本気も何も佐和には何もないのだから何も起こるわけがないのに、まるでミルディンの言い方だと佐和が手を抜いたみたいだ。
「ま、私はこんなもんだよ……」
「でも、それじゃ、クラス……」
「クラスがどうかした?」
「いや……何もない」
「ん?」
何か言いたげな様子のミルディンだが、言うつもりはないらしい。気になりはしたが、佐和は頭を切り替えて残りのクラス分けを見守ることにした。
結局そのあとはミルディンと同じAクラスに進める魔術師はおらず、アンノンに選ばれたのは佐和とブリーセンとそれから数名だった。
「授業は明日からです。各自配られた書類に目を通し、行動するように。男性は私に続いて寮に向かいます。女性はあちらの教師について寮に向かってください」
出口に立っていた女性が顎をしゃくる。性格のきつそうな釣り目の女性だ。
「ミルディン。とりあえず、安全そうだし。良かった。また明日ね」
「え、ああ……」
佐和のために捕まってしまったミルディンと、寮で寝るためとはいえ別れるのは心苦しいがどうしようもない。とりあえずの安全は保障されているようだし、佐和は気持ちに整理をつけるとさっさと寮に向かった。