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城の入口は大きなホールになっていた。どこか薄暗く、埃が舞っている。久しく使われていない事が一目でわかる。
「誰もいねぇみたいだな」
「確かに、人が入った痕跡は無いな。だが、油断はするな、ガウェイン」
「わーってるって!」
先陣の四人がホールの中央へと足を進める。佐和とマーリンは入口付近に立ち、城の中を見上げた。
天井高い……。綺麗なステンドグラス……。
霧が晴れていれば、もっと綺麗だろう。美しい湖を描いたステンドグラスの天窓も霧のせいで薄暗い。
佐和達の背後ではイウェインが扉付近で立ち止まり、入口に視線を向けている。背後からの奇襲対策と退路の確保のためだ。イウェインは鋭い目つきで周囲を警戒している。
けれど、佐和はどこかのんびりとした気持ちで少し進み、城の中を見物していた。
時が止まったような古城。
それこそ、ただ世界遺産を見に来たような感覚になっていた佐和の腕をマーリンが突然後ろから引いた。
「わ、マーリン、どうし」
「サワ、まずい。ここは……!」
マーリンの顔が珍しく青ざめている。
こんなに慌てているマーリンの表情は久々に見る。
うそ……!?ってことは、もしかして……!!
その緊迫した言葉は、突然の雷鳴に掻き消された。大きな音と振動が空気を、城を、身体を震わせる。
「ぎゃ!」
「うお!」
「……何だ!?」
雷は天上のステンドグラスからアーサー達の目の前に降り注いだ。
全員腕で目を覆い、その光の正体を何とか見ようと目を凝らす。
佐和は耳を押さえ、アーサー達の背中越しに雷光を見た。
大気を震わせるような振動と共に雷が壁伝いに散って行く。
音と振動が止み、雷が落ちたはずの場所に立っていたのは、全身を緑色の甲冑で覆った騎士だった。
ガウェインと同じくらいの背丈がある。かなり大柄な騎士だ。その表情は鎧と同じ緑のヘルムで全く見えない。
「何者だ!?」
「ぐうおおおおおお!!!!!」
アーサーの問いかけに返ってきた咆哮に全員、即座に剣を抜いた。
びりびりと肌を直接刺すような殺気というのを佐和は久しぶりに味わった。カリバーンの協会で、ドラゴンに足を掴まれた時と同じくらいの圧力を感じる。
何、あれ……。
鎧もヘルムも籠手も全身緑色。ヘルムの隙間から目も見えない。手には佐和と同じぐらいの大きさの大斧を持っている。
突然姿を現した全身緑色の騎士は、アーサー達に向かってすでに戦闘体勢を取っている。
けど、ドラゴンの時とは違う。相手は所詮、人間だ。
巨人も倒せるアーサー達の敵じゃ……。
そう思った佐和だったが、目の前の信じられない光景に言葉を失くした。
緑の騎士を前にしたアーサーも、ケイも、ガウェインも、ランスロットも皆、背を丸め苦しそうに立っているのだ。
「おい……ケイ、どうした……?調子が、悪そうだな……」
「そういうアーサーこそ……」
どうしちゃったの!?
緑の騎士の前にいる四人の様子が明らかにおかしい。かろうじて剣を抜いてはいるものの、四人とも構えているのも辛そうだ。その横顔から汗が流れ落ちていく。
「まさか……いや、そんなはずは無いと思うけど……」
「ああ、嫌な予感がする」
「しかも、息苦しいな……」
「ケイ卿もですか?僕もです……」
まるで見えない圧力に押しつぶされるように、四人は真っ直ぐに立つ事すらできないようだ。
四人の状態に構うことなく、緑の騎士が手にしていた大斧を振り上げた。
「散れ!!」
アーサーの合図で四人が何とか散開する。緑の騎士を取り囲むように四方に散った四人だが、その顔色はどんどん悪くなる一方だ。
けど、私は何も感じない……。
佐和は至って普段通りだ。息苦しさも気だるさも何も感じない。
佐和は感じない謎の息苦しさ。そして、あの緑の騎士が現れる前にマーリンが言おうとしていた事。
そこから導き出される答えは一つ。
「ねぇ、マーリン。これってもしかして……マーリン!?」
佐和の横にいたマーリンも膝を着いて息苦しそうにしているのに、ようやくそこで佐和は気が付いた。
急いでマーリンの横にしゃがみ込み、顔を覗き込む。マーリンもアーサー達と同じように汗を流し、呼吸が荒い。
「マーリン……!?」
「サワ、まずい。すごい魔術だ……」
やっぱり……。
佐和はすぐにアーサー達に視線を戻した。アーサー達は息も絶え絶えの状態で緑の騎士の大斧をかろうじて躱しているが、反撃できる余裕は無い。本当にただ回避するだけで精いっぱいのようだ。
「何の魔術?」
「わからない。けど、俺ですら身体にうまく力が入らない……たぶん、結界の類だと思う……ここでこのまま、あいつと戦うのは……危険だ」
創世の魔術師である彼ですら抗えない威力の魔術。
アーサー……!!
佐和は前方のアーサー達に目を向けた。