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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第九章 呪われた城と騎士
224/398

page.223

       ***



「結局、グィネヴィアの手紙をもみ消した犯人、わからないね」

「ああ」


 アーサーの命でアーサーの騎士たちに明日の出立を伝えるために廊下を歩いていた佐和とマーリンは、周囲に人がいないのをいい事に気がかりだったことを話し合っていた。

 闘技大会の宴の夜、グィネヴィアがアーサーに不満を持っている事を知った。そして、その原因の一つが、いくらアーサーに手紙を出しても返事がもらえず、かまってもらえないからという事だった。

 しかし、マーリンも佐和もグィネヴィアからの手紙など見た事が無い。

 確実に誰かが、アーサーの手元に渡る前に邪魔をしている。

 そしてそれは、アーサーに何らかの敵意を持っている人物の仕業だ。

 そう考えた佐和達はあれから色々と調べていたのだが、有力な情報は今の所何も得られていなかった。


「マーリン、グィネヴィアの侍女に直接聞いてみたんだよね?どうだった?」

「おかしかった」

「どういう事?」

「俺たちに渡したって言うんだ。嘘をついてるようには見えなかった。向こうが不思議がってたぐらい」

「何それ!」

「俺たちに変装した、とか」

「ありえなくはないけど…間違えるほどそっくりにできるものかなー?」


 佐和の世界ならいざ知らず、こちらの世界に特殊メイクなど無いはず。普通に考えれば無理だ。

 なら、一体手紙はどこで消えたというのか。

 益々謎は深まるばかりだった。


「うーん……何でだろう……何か途中で起きたとか?」

「八方塞」

「……逆に考えてみよっか。アーサーとグィネヴィアの邪魔をして、得する人から遡ってみるとか」


 アーサー自身、グィネヴィアと会えない事で不仲と周囲に誤解され、それを悪用する者がいる可能性を危惧していた。ということは、少なくともそういう人間がまだ王宮にいるということだ。


「カンペネットとか?」

「さすがに懲りたんじゃない?」


 マーリンの推測に佐和は苦笑した。

 次の王位を狙い、散々アーサーに嫌がらせをしていた代表貴族カンペネット卿は、ブロセリアンド―――通常暗黒の森での一件以来、げっそりと痩せ細った。

 本人は当時の事をあまり覚えていないようだが、アーサーを非難する言質を取られた事に脅えているらしく、大人しく王宮の自室に籠っている。

 時々、外を歩いている時にイウェインとすれ違うと、悲鳴を上げて逃げて行くらしい。

 どうやらイウェインの突き攻撃の恐怖だけは、身体にしっかりと刻みつけられてしまったようだ。


「でも、他にもまだいるんだな……アーサーの事、悪く思ってる奴」

「……うん」

「では、失礼いたします」


 その時、前方の部屋の扉が開いた。そこから出て来たのは、新たに仲間に加わった童顔の騎士ランスロットだ。

 部屋の中を振り返った彼はその場に片膝を着き、そっと手を差し出した。

 その手に手を重ね、ランスロットの挨拶でもある手の甲への口づけを恥じらいながら受けているのはグィネヴィアだ。とても嬉しそうに微笑んでいる。


「また、お話ししに来てくださいね、ランスロット様」

「はい、喜んで」


 にっこりと頷いたランスロットのまぶしい笑顔に佐和は両手で顔を覆った。

 もう……頭、痛い。


「ランスロット」

「あ、マーリン殿、サワ殿。こんにちは」


 扉が閉まったタイミングでマーリンが声をかけると、ランスロットは子犬のように二人に駆け寄って来る。

 やっぱり見えないよな……。

 彼はいずれグィネヴィアと不義を犯し、アーサーの王宮崩壊の原因となる。

 佐和が元の世界から持ってきたアーサー王伝説の本にはそう書かれていたが、ここ数日、彼の事を見ていても、彼がそんな後ろめたい事をする人にはどうしても見えなかった。

 しかし、実情としてランスロットとグィネヴィアの仲は急接近している。

 あの宴での一件以来、グィネヴィアはランスロットをかなり頼りにしていて、何かあればすぐにランスロットを呼びつけているようなのだ。

 そして、それを断るランスロットではない。

 彼は誰に対しても平等に優しい。

 なおかつ、主人であるアーサーの将来の相手であるグィネヴィアには、より礼儀をはらうべきだと思っているらしい。

 逆効果だっての……。

 ランスロットの甘やかしに、グィネヴィアはすっかりやみつきだ。

 アーサーがここ最近ランスロットの事で悩んでいる理由の一つに、この他人との距離感の取り方がある。

 ランスロットは佐和の前まで来ると手を取り、甲に口づけようとした。それをマーリンが頭を鷲掴んで止める。


「や、め、ろ」

「あはは、マーリン殿、言い方が殿下にそっくりですねー。ただの挨拶ですよ」

「誰彼構わずにやるな」

「それも殿下と一言一句同じですね。さすが殿下の従者です!」


 ランスロットは心から褒めているつもりかもしれないが、言われたマーリンは嫌悪感で顔をしかめられるだけしかめている。

 マーリン、ひどい顔……。


 そう―――ランスロットは、誰にでも優しい。


 特に『騎士は女性に優しくあれ』が彼の心情で、所構わず、誰彼かまわず、女性が困っていれば駆け付け、助け、そしてこの甘いマスクと純真な言葉を無意識にばらまく。

 王宮の大半の女性が既に彼の毒牙にかかっていた。グィネヴィアもその一人にすぎない。

 そんな誤解を招く振る舞いを、アーサーが見つけては物理的に引っ張って()めさせているが、彼は気付くとふらふらとどこかに行ってしまっているのだ。


「……ランスロット、もうちょっと抑えようか」

「何をですか?サワ殿」


 わかっていない。

 純粋に首を傾げるランスロットを見て、溜息をつく。

 初めてウーサーの判断は正しいと佐和は思った。

 これ、放置しといちゃいけない人だよ……。アーサーを見張りにつけて正解。


「それより、ランスロット。アーサーから伝言」

「何でしょうか!?」


 ランスロットの瞳が途端に輝きだす。彼のアーサーへの忠誠と尊敬だけは本物だ。

 悪い人じゃぁ……無いんだよねぇ……。

 だから、余計始末に負えない。アーサーが本気でランスロットを放り出せないのも、これだけ懐かれていればしょうがない。


「明日、雨があがり次第、国王陛下からの命でキャメロットより外れにある村に行く。そこに呪われた城があるらしい。ゴルロイス一味が潜伏してるかもしれないから、調べに行くんだ」

「畏まりました。初めての公務ですね!」


 意気揚々と意気込んだランスロットに、佐和は気になっていた事を尋ねた。


「そういえばランスロット。大会の時は王宮の武具借りてたけど、今回もそれで行くの?」

「いえ、殿下が騎士になった暁に贈ってくださいました!それに、実は剣は持っているのです。大会では使いませんでしたが」

「そうなんだ」


 ランスロットの騎士就任式はイウェインの時とは違い、かなり簡素に行われた。あまりにも例外的な騎士に、例外のタイミングで、執り行える余裕が王宮には無かったのだ。

 アーサーは申し訳なさそうにしていたが、ランスロットは騎士になれただけで満足らしく全く不満に思っていない。


「じゃ、準備して明日、城門に」

「畏まりました!」


 意気込んだランスロットが意気揚々と支度をしに自室へ引き上げて行く。


「……不安になるね」

「不安だ」


 余計なトラブルを招きそうな張り切った背中を、佐和もマーリンも不安に思いながら見つめていた。




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