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結果、大会は中止。ゴルロイスの一味も現れなかった。
アーサーの私室に先に戻るように言われた佐和とマーリンは、部屋でアーサーを待っていた。
「あの人も……被害者だったんだね」
「……ウーサーの政治はおかしい」
憤っているマーリンの言う事は最もだ。
確かに彼は異民族と帝国からアルビオンを守った英雄なのかもしれない。しかし、最早その猛々しい姿はどこにも見当たらない。
自分に都合の良いことだけを見て、分の悪いことには武力で蓋。
魔法の話になれば過去の過ちを知られた事で逆上し、周囲を圧迫する。
汚い言葉を投げつけたくなるような王様。
でも、そんなの……この世界だけの事じゃない。
そんな人間はいくらでもいる。
自分の地位を高めるために、ゴルロイスを闇討ちしたウルフィン卿も。
復讐に憑りつかれ、自分の正義と大衆の正義を同義としたネントレスも。
剣も魔法も無い世界に戻れば、それこそごまんと同じような人間が。
そして―――そんな理不尽な世界に生きて、理不尽な事に遭っている人達がいる事を知りながら何もできず、自分には何もできないからと見て見ぬフリをする佐和のような弱者も。
皆、都合良く生きている。
都合良く思い込んでいる。
私は違う。私は違うんだと。
そんな誰も彼もが罪深い。
「……勿論、私だってウーサーはどうかと思うよ。少なくとも国を導く人がやっていい事じゃない」
「……アーサーなら、変えられる」
「マーリン……」
「そうだろ?」
……本当にそうなのだろうか。
希望を瞳に灯し、佐和を見つめるマーリンの姿を見て、初めて佐和の中にその疑問が浮かんだ。
確かに彼は人の上に立つべき人間だ。
だけど、彼が王位に着くことで何が変わる?
国民は何も変わらないのに、彼の立場が変わるだけでこんな世界が本当に?
何もかもが新しくなる。そんな時代が訪れるのだろうか?
「おい、何を話しているんだ。おしゃべりさせるために先に返したわけじゃないんだぞ」
いつも通り、偉そうな態度で部屋に入って来たアーサーに佐和は少しだけ安堵した。
あんな話聞かされて……ボーディガンの時みたいに荒れちゃうかと思った……。
どうやら少しは大人になってくれたらしい。アーサーの態度はいたって普通通りだ。
通常運転のアーサーの嫌味を聞き流そうとしたところで、佐和は、アーサーの背後の人物に思い切り目が釘付けになった。
「あ……あの、アーサー?何で、ここにその人が……?」
「お久しぶりです。サワ殿」
アーサーの背後から部屋に入って来たのは、ランスロットだった。
アーサーを避けて佐和に跪き、手を取ると―――突然、お姫様にするように手の甲に口づけられた。
「ぎゃああ!!」
「何をしている!?」
「何するんだ!!?」
マーリンとアーサーの怒声が綺麗に重なる。
慌ててマーリンが佐和をランスロットから引き剥がし、アーサーがランスロットの後頭部を思い切り叩いた。
叩かれたランスロットは、後頭部をさすりながらも相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままだ。
たぶん、なんで殴られたのかわかってない。
「貴婦人への礼は怠るな、と母から教えられていまして」
「それは貴族女性に対する礼儀の話だ!侍女にする事じゃない!」
「アーサー、何でこいつが!」
今までランスロットに対して特に何の感想も抱いていなかったマーリンだが、この一件で完璧に彼を敵と認識したようだ。佐和の横から刺すような視線でランスロットを睨みつけている。
「……今日からこいつは俺の騎士になる」
「「はあ!?」」
今度はマーリンと佐和の非難が綺麗に重なった。
言われたアーサーも眉間を揉んでいる。
「お前らの気持ちもよくわかる……しかし、父上がな……」
「陛下に何言われた?」
「……例え、多少ユニークな性格をしていたとしても、この者がキャメロットの逆賊を処したのは事実。恩賞を与えないわけにはいかぬ、と……」
「それがアーサーの騎士にするってことですか!?でも、騎士任命権は完全に別離してるんですよね?断れたんじゃないですか?」
「勿論、法に則ればサワの言う通りだ。しかしだな……あの事件を目撃した民衆の中にはランスロットを称える声も多い。そこで父上が自分の騎士にしようとしたのだが……」
「僕は国王陛下の騎士になるつもりはありません」
「……こいつがこの一点張りでな」
何の悪びれもないランスロットをアーサーが親指で指し示した。
「確かにこいつは常識外れなところが多すぎる。だが、この者を放置すれば、父上によからぬ事を企んでいる謀反人たちの旗印にされかねん。そこで……」
「見張りも兼ねてアーサーが引き取った」
『引き取った』というマーリンの表現が適切すぎて、もう佐和は苦笑いするしかない。
まさに『押し付けられて』『引き取った』騎士だ。
「それに……育ちの話は不可思議な事を言っているが、こいつの出自は他国の王子。それだけは確実だ。身分を示す物も持っていた。まず間違いない。そうなれば、後ろ盾が必要な事は事実だ」
どうやらアーサーもランスロットから身の上話を聞いたらしい。
湖の妖精あたりのくだりを信じているかどうかは怪しいが。
「サワ殿、マーリン殿、不束者ではありますが、改めてどうかよろしくお願いします」
「……」
「よ、よろしくお願いします」
「おい、マーリン。きちんと礼をしろ」
不満そうなマーリンにアーサーの雷が飛ぶ。
さらににぎやかになった部屋に、浮かぶ感想はたったの二文字。
不安だ……。
本当に大丈夫なのかな……これ……。
いずれ、ランスロットはグィネヴィアと不義を犯し、アーサーの王宮を崩壊させる。
その通りの未来が訪れるのか否か。
それは傍観者である佐和にわかる事では無い。
それでも、マーリンの、アーサーの、彼ら『新しい時代を導く』人達が選んだ選択の結果、今がある。
私はそれを―――見守るだけだよね。
胸に灯る一抹の不安を振り払い、佐和も輪に加わった。
第八章完結です。
明日より第二部最終章ーーー第九章、開幕いたします。